五十二、うどんと天然酵母を作ります
五十二
鼻歌交じりにくりに戻ると、正盛が昼食をとっているところであった。
「まどか。皇子さまとの食事はどうだった?」
「え? ま、まあ……楽しくはないですけど……」
しかしまどかの顔は笑っている。正盛は「ふうん」と唸りながら、
「しかし。暑くて食欲も失せるな」
「またまた。そんなに食べておいてそんなことを言うんですか」
クスクスと笑いを漏らすまどかは、やはり上機嫌だ。
「まどか。暑くても食べられる料理はないのか」
「そうですねぇ」
くりを見渡す。確かに、毎日白米とおかずでは、飽きてきてもおかしくはない。
ふと、目にとまったのは小麦粉である。
「うどんとパンにしましょうか」
「お。なになに。うどん? パン?」
まどかはくりに立つ。
まず最初に、すももを皮付きのまま適当に切り分けて、ひたひたの水につける。本当ならば、煮沸消毒した瓶に入れたいところだが、瓶はないため熱湯に潜らせた茶碗で代用した。
「果物を水につけてなんになる?」
「はい。三日から一週間ほどで天然酵母ができます」
「天然酵母……?」
「はい。まあ、要はイースト菌の代用品……パンを膨らませるためのものです」
まるで検討もつかず、正盛はただただ唸るばかりだ。
次に、中力粉に塩をといた水を混ぜて捏ねる。
それを晒しに巻いたら、十五分から一時間休ませる。その後晒しに包んだまま足で踏んでコシを出す。
「この生地を三ミリ程に伸ばして切れば、うどんの完成です」
「これが……」
麺つゆを作りたかったが、みりんがないため別の方法で食べることにする。
シンプルにひしおをかけて、付け合せに甘辛く煮たイノシシの肉と、大根おろしと刻んだ野菜を添える。
「パンはまだ出来ないのか?」
「はい。パンは酵母が無いとできないので」
「膨らむ……と言っていたな。どんな食感なのか楽しみだな」
パンは工程が多い。材料を混ぜ合わせて発酵、ガス抜きして小さく丸めてまた発酵。そのあと成形したら最終発酵。
牛乳はヤギの乳で代用するとして、バターも作ろう。
「忙しくなりそう」
小麦粉があれば、餃子やワンタンも作れる。冷やしたワンタンスープは夏にもってこいであるし、餃子の香ばしい香りも食欲をそそる。
「これはなんだ……?」
「はい。うどん、にございます」
夕餉になって、手打ちのうどんを茹でて、水でしめたものを康仁に出す。案の定、驚きに染まった康仁の顔を見て、まどかは満足気だ。
「夏なので、さっぱり食べられるものを作りました」
具材は栄養面を考えてあえて肉にした。
食欲がない時は梅肉で味付けてもいいし、釜玉うどんにするのもいい。
「ささ、食べてください。晴明さんも黒雲さんも!」
未知の料理に、三人とも恐る恐る箸をつける。が、口に入れた瞬間のツルッとした喉越しに、三人が三人、ほうっと息を吐き出した。
「すごい……これならするする食べられますね」
「わたしもかような食べ物は初めてです」
するすると箸が止まらない。それは晴明や黒雲だけでなく、康仁も同じだ。
「気に入っていただけて嬉しいです」
「まどかさん。今度私にも教えてください」
「もちろんです。あ、あと」
まどかはもったいぶるように、
「数日後になりますが、パンも作りますので楽しみにしていてください」
聞きなれない単語にも期待しか抱かないのは、それ程まどかを信頼している証である。
心底楽しそうに料理の説明をするまどかを、康仁はばれないように横目で見ていた。




