三十七、式神の同調
三十七
まどかが顕現したのは風の九十九神の式神である。
対して、晴明が出したのは馬のような、空を飛ぶ式神だ。
空中戦には空中戦を。
「まどかどの、いきますよ」
「は、はい!」
構える。
まず先に、晴明の式神が風をきって走った。目にも止まらぬ速さでまどかの式神に体当たりをする。
風の式神が後方に吹き飛ばされるも、空に舞い上がり、晴明の式神から逃れる。
「こ、攻撃を……」
「甘いですね」
まどかの式神が空気を切り裂いてかまいたちを起こすも、それより先に晴明の式神の風の壁の防御が展開される。バリバリっとかまいたちが空中で霧散して、このときまどかは、ようやく自分の選択の間違いに気づいた。
「危な……かった……」
一歩間違えば、かまいたちはまどかのみならず、黒雲や康仁にまで及んでいたに違いない。
式神を操るのは一筋縄ではいかない。
「どうすれば……」
意識を集中させる。式神にまどかの意識を向けると、チリッと式神の霊力がまどかに流れる。
そうだ。
「集中……集中……」
まどかの意識が徐々に徐々に式神のなかに溶けていく。
ジリジリ。チリチリ。
バンッ!
弾けた視界の先は、果たして式神の『なか』である。
『うまくいった……?』
式神のなかから自分の姿を見る。かくんと体が倒れ、それを晴明が支えている。
今後は、式神と同調する場所を選んだほうがよさそうだ。下手をすれば、意識が抜け落ちたまどかの体は隙だらけになる。
『え、と』
「行きますよ。まどかどの」
シンクロしているからといって、式神の力を使いこなせるとは限らない。だが、式神を介して敵を見れば、少なくとも味方を傷つけることはなくなる。
『かまいたち……いや、風の壁!』
まどかに向かい来る晴明の式神を風の壁で防いで時間をかせぐ。さて、どう攻撃に繋げようか。
『かまいたちを……刀のように出来ないかな……』
思考は形に、形は実践に。
思ったことが形となって現れる。まどか――風の式神の右腕に、かまいたちの刃が出現する。そして、流れるように身体が動く。
風のような滑らかな動きで、まどかは晴明の式神に切りかかる。
『う、わ』
考えが動きになる。それは強みでもあり。
傷つけるの? 晴明さんの式神を?
迷いを見せた心に呼応するように、まどかの体は寸前で止まった。
晴明の式神の首元に刃をピタリと当てて、まどかの体は動かなくなった。
「参りました」
負けを認めたのは晴明である。パチン!、と指を鳴らすと、晴明の式神がふっと消えた。
まどかの体から力が抜ける。
『どうやって戻るんだろ』
一難去ってまた一難、まどかはどうしたらいいのかわからない。
わからないながら、地面まで降りて、晴明に話しかける。
『晴明さん。どうすれば体に戻れますか?』
「念じればいいのです」
「おい、晴明。そなたはこれの言葉がわかるのか?」
傍にいた康仁も、黒雲でさえも驚いた様子で晴明を見ている。
「黒雲。そなたにもわかりませんか?」
「私……ですか……?」
黒雲はまどか――風の式神のほうを見る。いくらそのなかにまどかの精神があるからといって、その言葉を理解するなどというのは、晴明が並外れた陰陽師だからできることだ。
黒雲はそう思ったのだが。
『黒雲さん……?』
「……え。まどかさん……?」
聞こえた。今確かに、まどかの声が。しかしそれは、耳からというよりは、頭のなかに聞こえた。穏やかであたたかい、まどかの感情である。
「黒雲。そなたは気づいていないかも知れませんが」
黒雲はほうっとまどか――風の式神を見ている。
「まどかどのと触れ合い、心通わせる事で、そなたの霊力も自ずと成長したのですよ」
果たして、晴明の言葉が黒雲に届いたのかはわからない。
『集中、集中』
そしてまどかは自分の体へ意識を集中する。ジリジリ、ジリ。チリチリっと音がして、やがてふわっと宙に浮く感覚。
「う、わっ!?」
「まどかさん!?」
式神のなかにあったまどかの気配が消えたかと思えば、黒雲たちの傍で眠っていたまどかの本体が目を覚ます。
「あ。戻れた?」
「まどかどの。やはり貴女はすごいかたです」
晴明が平伏し、まどかにこうべを垂れた。倣って、黒雲までもがそうするものだから、まどかは気が気じゃない。
「わ、私はそんな大層なものじゃ……」
「まったくだ。俺ならともかく、なぜコイツに平伏する?」
今の今まで黙っていた康仁が、嫌味たっぷりに言う。そしてまどかを見ながら、
「俺はオマエに平伏なんかせん」
「あ、はい」
「オマエはオマエだ。単なる料理番で、一巫女にすぎん」
「……! はい!」
特別扱いされない事が、妙に嬉しい。まどかはにっこりと康仁に笑顔を向けた。




