二十一、九十九神討伐の決意
二十一
「そういえば」
と、まどかは不意と思い出したように晴明に視線を送る。
「昨日の夜、火の九十九神が、皇子さまのもとに現れたんです」
その言葉に、場の空気がぴりつくのが分かる。
楽しい夕餉は、一瞬にして緊張に包まれた。
「それで、なにかかわったことは?」
晴明が問う。
「ええと。皇子さまの左手のあざ以外には、なにも」
「いや、あっただろ」
まどかの言葉を補足するように、康仁が口をはさむ。
「コイツの体に力が入らなくなった」
「まどかどのの……?」
「あ、いえ。なんだったんでしょう、寝起きだったからでしょうか」
しかし、晴明の顔は険しいものへと変わっていく。
黒雲もまた、黙り込んでいる。
「話しておくべきかもしれませんね」
ふうっと一息吐き出して、晴明はまどかと康仁に向き直る。
「火の九十九神……いえ。火の神はを生み出したのがなんなのか、わかりますか?」
「え……? 九十九神だから、物にひとの念が宿って生まれたものではないんですか?」
「普通の九十九神はそうですね。しかし、まどかどのにしか討伐できない九十九神は、そうとは限りません」
晴明の言葉に康仁も、耳を傾けている。どうやら康仁も初耳のようだ。
しかし、黒雲に至っては、知っていたかのように、表情をゆがませている。
「神生み……いざなみによって生み出された神々が、日本に成ったといわれています」
「神生み……?」
「はい。そして、火の神を産み落としたことにより、いざなみは死ぬこととなったのです」
だんだんと話が見えてくる。
つまり、いざなみの生まれ変わりであるまどかには、火の神に対抗する力がないのかもしれない。
果たして、まどかの推測は確証に変わる。
「ゆえに、いざなみの生まれ変わりは、火の神を前にするとうまく立ち回れないと聞きます。やはり、まどかどのも同じでしたか」
「『聞きます』? 晴明さんは、私以外のいざなみの生まれ変わりに会ったことがあるのですか?」
まどかが訊き返す。
晴明は静かにうなずくばかりで、はっきりとは答えてくれない。
しかし、言葉から察するに、会ったことがあるのは確実であるし、そもそも、そうだ。
晴明は言っていた、まどか以外のいざなみの生まれ変わりは『死んだ』と。
いざなみの生まれ変わりが千年に一度現れるとして、まどかは何代目なのだろうか。
「晴明、俺に黙っていたな?」
「申し訳ありません、皇子さま。皇子さまをいたずらに不安にさせるわけにはいかず……」
「ふん。それで、俺のこの左手のあざの感じ。あとどのくらいだ?」
まるで死期を悟っているかのような物言いに、まどかは言葉を失った。
じわじわと命を削り取られていくというのは、いったいどれほどの恐怖だろうか。
「わたしが見るに、五年はないかと」
「はっきり言うか。そうか、五年か」
しみじみとした様子で康仁が反芻する。
あきらめているようにも見えるし、満足しているようにも見える。
「ダメです!」
まどかが立ち上がる。
ふうふうと肩で息をしながら、しかし康仁も晴明も黒雲も、目を丸くしてまどかを見上げる。
「あきらめないでください。あと五年なんて短すぎる!」
「待て、なんでオマエが怒る」
「だって、だって……!」
まどかの目に涙が見えた。ぎょっとして、康仁は言葉を失った。
言ってしまえば、康仁はまどかをぞんざいに扱ってきた。だから、自分が死のうがどうなろうが、まどかが悲しむとか、もっと言えば、感情をとり乱すなんてするはずがないと思っていた。
しかし、まどかは泣いた。「あんまりだ」と康仁の身を案じて。
「まどかさん、私の存在を忘れていませんか?」
今まで黙っていた黒雲が、優しい声音でまどかに言った。立ち上がった黒雲は、そっとまどかを抱きしめて、ポンポンと背中をたたいて慰める。
「私は言いましたよね? 皇子さまは長く長い生を全うする。それは紛れもなく、まどかさんが九十九神を討伐することを指しているんですよ?」
「でも、でも。私じゃ火の神に対抗できないって」
「だから私たちがいるんじゃないですか。晴明さまと私で、火の神に対抗する策を考えます。だからまどかさんは、九十九神討伐に集中してください」
黒雲の言葉に、まどかはようやく涙をぬぐった。
目が真っ赤にはれ上がっている。
そんなまどかを見て、康仁は少しだけ胸が熱くなった。
人間も捨てたものじゃないとさえ思った。呪いを受けた康仁は、幼いころからぞんざいに扱われてきた。だから、今更誰かに心配されたり、まして自分が他人に対して温かい感情を抱くとは思いもしなかった。
これが『巫女』としてのまどかの力なのだとすれば、なるほどどうして、まどかは『特別な巫女』に違いない。
「まどかどの。私も火の神については調べていますゆえ」
「はい」
「まどかどの。一応の確認ですが、次の新月で、未来に帰るというお話はどうしますか?」
晴明にの言葉に、だがまどかに迷いはなかった。
「私、皇子さまの呪いを解きます。それで、天皇陛下に皇子さまの存在を認めてもらって、皇子さまには幸せに生きてほしいです」
切なる願いだ。
未来に帰るのはまだ先でいい。
最悪、何年先になったっていい。
まどかにしかできないことがあるのだというのならば、まどかはこの時代に残ってでも、それを成し遂げたいと思ったのだ。
巫女だとか九十九神だとか。正直まだまだ分からないことばかりだ。
それでも、まどかは思う。
「皇子さま。私は全力を尽くします。だから、安心してください」
だから、まどかは九十九神に対峙する。そうすることですべてが解決するのならば、ほかの道を選ぶ気など毛頭なかった。




