二十二、二体目の九十九神と式神の使役
二十二
ふわりとした浮遊感に、これが夢だとまどかはすぐに気づいた。気づいたのだが、さて、まどかはどうして眠っているのだろうか。
晴明たちとの夕げまでは覚えている。だが、その先が思い出せない。
『――て!』
呼ばれている?
『――きて!』
誰に?
「起きて!」
バチバチバチっとまどかの体に電気が走った。それは今までのどれよりも強烈な『霊力』で、まどかは重たいまぶたを無理やりこじ開けた。
「まどかさん、まどかさん!」
黒雲が、まどかを背中にかばいながら、呪符で結界を張っている。しかしそれは一時しのぎで、もう間なく壊されるだろう。
黒雲の向こう側には晴明がいる。ひゅっと何枚もの呪符を飛ばし、ありったけの式神を顕現している。
しかし、式神のほとんどが切り裂かれて、見るも無惨に地に伏せていた。
「黒雲さん、これは……」
「九十九神……睡眠を司ることから、時間やその類いの九十九神かと」
睡眠を司る。
そんな九十九神もいるのか。
まどかは眠気をようようさまし、黒雲の隣にたつ。
「あまり言いたくありませんが」
黒雲が状況を説明する。
「九十九神はまどかさん、貴女の力に引き寄せられ、暴走します」
「え……」
「ですが、それはわかっていたこと。そのうえで、貴女を巫女として呼んだのですから」
黒雲が新たな呪符を懐から取り出した。
ぼっと爆ぜたかと思えば、式神が一体現れる。
「まどかさんと皇子さまは、これに乗ってお逃げください」
「待って。それじゃなんの解決にもならない」
まどかは考える。まどかが巫女であるというのなら、この場を収集する術があるはずだ。
そもそも、九十九神がまどかに引き寄せられるのだとすれば、まどかが康仁と一緒に逃げるのは得策ではない。
「あっ」
「どうしました?」
ふいに思い出したのは、スマホである。あの九十九神を封印したスマホ。
封印した式神は使役できるのだと晴明がいっていた。ならば。
「起動して、はやく……!」
懐にしまっていたスマホを取り出し起動する。その時間が果てしなく長い。
ようやく起動したところで、スマホに浮かんだ文字に、まどかは目を見開いた。
『使役しますか?』
はい。
いいえ。
疑問を抱いている場合ではない。すばやく『はい』をタップする。
バリバリバリバリ!
雷鳴に近い。
けたたましい音とともに現れたのは、先日まどかが封印したあの九十九神だ。
まどかの前に平伏して、命令を待っている。
「あ。せ、晴明さんを助けて!」
『御意』
しゃべれたことに驚くも、瞬く間に式神は移動して、晴明と九十九神の間にわって入る。
ここでようやく、晴明にもまどかたちを振り返る余裕ができる。
まどかが叫ぶ。
「その九十九神の動きをとめて!」
『御意』
九十九神が吠える。まるで、同じ九十九神なのに、なぜオマエは人間に支えているのかと嘆くように。
ガッと九十九神の口がさける。しかし、まどかの式神のほうが速かった。
瞬時に間合いを詰めたかと思うと、九十九神と同じく口を大きく開き、九十九神に噛みつく。三本の手で九十九神をがんじがらめにして、あっさりとその自由を奪ったのだ。
「か、カメラ……カメラを起動して……!」
黒雲も晴明も固唾を飲んで見守る。
果たして、カメラを起動したまどかは、先日のように、九十九神を写真におさめて、
「ぎぃあぁぁっ!」
断末魔とともに、九十九神をスマホへと封印した。
カメラフォルダのなかには写真がふたつになる。ひとつはさきほどまで使役していた式神、もうひつは、今さっき封印した九十九神だ。
一息つきたいところだったが、なぜこの場所――天皇陛下の御殿――に九十九神が現れたのか、問い質されるのがさきだった。
晴明が張った結界で天皇陛下を守り抜いたとはいえ、下手をしたら命はなかった。
「晴明。御殿の結界はなぜ破られた」
「それは……」
「よもや、晴明。そなたは裏切り者か?」
天皇陛下の詰問に、晴明は言葉をにごすしかなかった。
九十九神のここ最近の暴走は、なにを隠そうまどか由来である。だが、それを口にしてしまえば、まどかの命はない。
それはまどかにもわかっていたのだが、あまりにも天皇陛下が晴明を責め立てるため、まどかの口は開いた。
「私のせいです」
「……そなたは黙っていろ。わたしは晴明と話している」
「ですが。九十九神が結界を破った理由を知りたいのでしょう?」
許可なく面をあげた――なんなら、視線すら伏せなかった――まどかに、天皇陛下はまどかをにらむ。そばに控える家臣が、腰の刀に手をおくも、天皇陛下がそれを目で制止する。
一触即発の状況である。
じりじりとひりつく。空気が、まどかの霊力が。
端から見ていてもよくわかる。まどかは『怒っている』。
まどかのひりつく霊力は、やがて天皇陛下も気づくこととなる。ごうっと外に風がまきあがり、なにより、まどかのただならぬ威圧に気圧された。
こいつとかかわったら、死ぬ。
「九十九神を討伐するのが私の役目です」
「……だった、ら。九十九神が侵入する前に片付けるのが筋だろう?」
「それは私の力不足です。でも、晴明さんは関係ないです」
ビリ、ビリっ、と肌に突き刺さるなにか。霊的な力を使えない天皇陛下ですら、まどかの霊力を感じるにはじゅうぶんである。
息があがる。
天皇陛下は、ひゅうひゅうと肩で息をしながら、「さがれ」と、ようやくその言葉だけを絞り出した。
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