二十、味噌づくりと黒雲になつかれました
二十
くりではすでに大豆を茹でてある。朝食を作りながら鍋を火にかけること四時間ほど、小指と親指で大豆がつぶせる固さまでゆでるのがみそづくりのコツだ。
直仁に桂向きを見せ終わり、くりにもどれば晴明と黒雲の姿が見えた。
「晴明さん! 黒雲さん! およびたてしてすみません」
「いえ。ところで、この大豆はなにに使うのですか?」
一度の料理に使うしては明らかに大量に茹で上がった大豆を見て、晴明が問う。その傍らで、黒雲もまた、まどかの答えを待っている。
「はい、味噌を作ります」
「味噌……?」
晴明も黒雲もきょとんとしている。
味噌ならば、平安時代にも存在する。だというのに、まどかはなぜおのずから味噌を作ろうというのだろうか。
「平安の味噌はペースト状――大豆をすりつぶさずに味噌にしてあります。それだと、味噌汁にするにも溶けないので、大豆をすりつぶした味噌を作ります」
「すりつぶす……その発想はなかったですね。さすがまどかさん」
「あ……黒雲さん、初めて名前で呼んでくれた」
「べ、別に。アナタを認めたわけじゃないですから!」
にっこりするまどかに、黒雲はやや早口でまくし立てた。
最近の黒雲はどこか楽しそうだ。ずっと傍で見守ってきた晴明にはわかる。黒雲にとってまどかの存在はいい刺激になる。年も近い、同じ巫女という立場も相まって、黒雲はまどかに興味津々なのである。
もとより、それはまどかのふわふわした性格のなせる業でもある。どこか放っておけない雰囲気が、まどかにはある。未来で言えば、『どこか抜けてる』性格ともいえる。
「それで、この茹でた大豆を俺たちにすりつぶさせるってわけか」
「はい……あ、でも、皇子さまはあちらでお休みになっていて構いませんが?」
「いい。どうせ暇だ。俺も手伝おう」
妙に素直な康仁の視線の先に、黒雲がいることにまどかは気付いた。さては。
「皇子さまもいじらしいところもあるんですね」
「なんだその言いかたは。まるで俺に下心があるとでも言いたげだな?」
「ないんですか?」
ないといったらうそになる。思いを寄せる黒雲の前では、少しでもかっこつけたいといったところなのだろう。まどかはすぐに康仁の内心を察した。
康仁にとって黒雲は、特別な存在である。
晴明との付き合いも長いが、黒雲との付き合いもそれなりに長い。
その付き合いの中で、康仁は、つかみどころのない黒雲に振り回されてきた。
黒雲は康仁の言うことはなんでも聞くし、なんなら星読みだってしてくれるが、本心を見せたことはない。
「大豆をつぶすのは私と晴明さんがやりますので、皇子さまと黒雲さんは、こうじと塩を手ですり合わせるように混ぜてください」
まどかが見本を見せる。
米こうじと塩を、両手の掌でこするようにして混ぜ合わせる。
皇子はまどかに倣ってこうじを混ぜた。黒雲も同じように。
「ふたりともさすがお上手ですね。私の仕事もはかどります」
こうじと塩はふたりに任せ、まどかは大豆のすりつぶしに取り掛かる。
今回の味噌はやや甘めの味噌にした。大豆とこうじは同割合で、塩は大豆の五十パーセント。
すりつぶした大豆をこうじと塩を混ぜたところに加えていって、よく混ぜ合わせる。
「混ざったな。この後はどうするんだ?」
手際よく康仁と黒雲が混ぜ合わせたそれに、晴明とまどかがすりつぶした大豆を入れていく。
よく混ぜ合わせながら固さを見る。まとまらないようであれば、適宜大豆のゆで汁を加えるが、今回は必要なさそうだ。
「混ざったかな。そしたら、この種をこぶし大に丸めてください」
混ぜ合わせるだけで汗だくである。それほど大量に大豆を茹でたし、すり鉢ですりつぶした。
このあとは、種をこぶし大に丸めてから、味噌の桶に詰めていく。あらかじめ丸めてから桶に詰めるのは、空気が入らないようにするためだ。
四人でせっせと種を詰めていく。
大きな桶に三つ、詰め終ったところでようやく種がなくなった。
「表面にカビ防止の塩を少し振ったら、和紙でふたをして半年ほど。涼しい場所で発酵させます」
本当は、味噌づくりは冬の仕事とされている。
夏場は温度調整が難しいからだ。冬に仕込んで夏に食べごろを迎える。それが味噌づくりの理想であるが、今回は致し方ない。
ペースト状の味噌ができれば、料理の幅はさらに広がる。
「あ。もうこんな時間。晴明さん、黒雲さん、夕ご飯、一緒に食べていきますよね?」
まどかの誘いに、ふたりとも快くうなずいた。
康仁の勧めもあって、夕飯にはがんもどきが出された。
それから、黒雲と晴明には肉料理も出した。ひしおと甘酒で味付けた、西京味噌風でる。
「これは……!」
感嘆の声を上げたのは黒雲である。はくっと小さな口で西京漬けの肉を食べると、目を爛々と輝かせた。
「甘くて柔らかくておいしい……臭みもない」
「味噌にはマスキング効果……臭みを覆い隠す効果もあるんです」
「へえ。未来ではそのようなことも習うのですか?」
「えーと……私みたいな料理人は習いますけど。一般のひとは知らないかもしれないですね」
「へえ。まどかさん、あとこの料理はどのように作るのですか?」
先ほどから黒雲はまどかを独占している。
料理のあれこれを質問攻めにしたかと思えば、ほめちぎる。
どうやら『なつかれた』のだと、まどかは思った。まどかだけじゃない、晴明も康仁もまた、黒雲が明らかに『いつもとは違う』ことに気づいている。
「晴明。やはり黒雲はアイツの影響を受けたんだろうか」
「そうですね。いい意味で影響されたのでしょう」
「……そうか」
康仁の顔が嫉妬にゆがんだ。
自分だって、黒雲のことを変えたかった。
こんなにころころと表情を変える黒雲は初めて見る。それが悔しくもあり、ほほえましくもあるものだから、康仁は自分の心がわからなくなった。
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