90話 民宿
アイスクリームを堪能した俺達は顧問の車で宿へと向かう。ただ、顧問の車に乗れる人数は決まっている為、数回に分けて輸送する。本日より泊まるやどはアイス屋さんから3キロ程進んだ場所にある宿だ。明日は再び、このアイス屋さんまで車で輸送してから行動が始まる。
今回泊まる宿は海岸線沿いにあるのだが、俺達のこのしまなみ海道縦断の企画ではとある美術館に行く事が義務づけられている。何しろ、その美術館は志道学園OBのとある人物の作品が展示されている美術館なのである。志道学園は普通科ではあるものの、ユニークな個性を持っている人物が多く、教育環境も自我を育てる様な教育法の為、変わった職業に就く人も多いのだ。
上の海岸線を通らないメリットは他にもあった。現在地点であるアイス屋さんから海岸線を通って次の目的地である大三島を目指す場合、少し遠回りだ。美術館を通るルートは半円を描く海岸線を通って対象に向かうのではなく、半円の直径部分を通って向かうルートだ。距離の短さは歴然である。半円の直径が2キロだとすると、半円の円周はπとなるだろう。距離にして約1.5倍の差だ。
それに生口島のもう一つの特徴である懐かしみを感じる商店街を見て回らないと言うのは損である。ここの商店街には良くテレビの取材などが来ており、有名だ。特にここの商店街にある肉屋さんのコロッケは芸能人が良く食べに来ており、美味しいと評判らしい。
「良し、部屋決めは俺たち先に決めて良いか?」
「大丈夫だと思います」
当然宿に輸送されるのは先輩達優先だ。部屋取りじゃんけんの話の提案も先輩達からあったが、ここでグダグダしてもアレなのでそこは先輩達の顔を立てて優先権を与えた。
そもそも普通は問答無用で先輩達が優先されると思うのだが、部屋の取り決めの判断を後輩に委ねてくれると言う点が先輩達の心の広さを表していた。
「悪りぃな。雨とか降ってたら先に風呂とか入れてやるんだが、体調不良者は居ないな?居たら先に連れてくぞ」
車に乗り込む直前。下級生に体調異常者が居ない事を確認した先輩達は車に乗り込んで去っていった。
一番に体調確認を行う。山岳登山者の鏡である。多分この辺りは常に生死が隣り合わせの世界。安全第一を掲げる世界で長いことやって来た先輩達にとっては習慣になってるんだろうな。先輩達の優しさもあるのだろうが半ば職業病みたいなものだろう。カッコいい。俺もあんな風に後輩を気遣える先輩になりたいものだ。
アイス屋さんでアイスを頂き、店外のロッジで荷物を纏めて寛いでいると先輩達を輸送して来た参与車が駐車場に停まった。2台輸送とは言え、一年生と二年生の人数がべらぼうに多い。一年生と二年生だけで輸送にはかなりの時間を要した。
結局俺達が宿に着いたのは5時過ぎになった。宿は民宿で老夫婦が二人で経営している宿だった。宿自体は横に広く二階建てで、本棟と別棟の二棟ある。
先輩達は先生が泊まらない別棟を取ったが、先輩達は人数が少ない為、三学年で一部屋の大部屋という割と窮屈な状態になっている。それに、風呂や食事などを行う施設があるのは本棟である。俺達から見るとあちらの方がどう見ても不便に見えた。
俺達が宿に着いた頃には上級生の先輩達は殆ど風呂を済ませてしまっていた。風呂にまだ入っていないのは二年生と一年生である。
「食事は6時半からです。入れる人は風呂に入っておいて下さい。1、2年生は6時10分位に来て配膳の準備をする事。ええと、飯までの間に前の読図講習会の用紙を部屋に持って行きます。以前の合宿のお金を払っていない人はここで受け取ります。あと明日のクリスマス会の費用もここで徴収します。両替が必要な人も来てくれたら両替致します」
宿に全員集まったところで伯江先生は全員に聞こえるように大きな声で話した。先輩達が勝手にやっている誰が一番変な物持ってこれるか選手権大会などは明日行われる為、まだ先輩達が何を持ってきたかは分からない。
「おお、思ったより広いな」
部屋には一年生全員が入った。そして、みんなが見たのはコンセントの位置だ。コンセントの穴の数はどう見ても俺達全員が使うには足りない。
「おれ延長コード持ってるよ」
「ナイスだ!山田」
だが、ここでまさかの山田が機転を効かせた。山田のバッグからは五又に分かれた延長コードが二つ出てきた。片方は技術の時間に制作した物である。彼は伊達にメインザックで来た訳ではなかった。
18時を回った頃、飯の時間になった為、俺達はキッチンへと集合して、食器などを机に並べた。
そして、18時20分。ぞろぞろと別棟からは先輩達が歩いて来る。
18時30分。誰一人として遅刻者は居なかった。少しの時間でも遅れたら大事件になる。これがワンゲル部の身に染み付いた習慣だった。いつもは遅れがちな雲井だが、みんなで行動している為、遅刻する事は無い。それに遅れがちとは言え、いつもギリギリ間に合っている為、遅刻ではない。
「ええと、誰が挨拶する?」
上級生の先輩が苦笑いで問いかける。え?一番上のリーダー格が普通やるんじゃ無いの?中学生リーダーの国背先輩とか、その他高校生の先輩とか。
「よし、山中行け」
「オレ行きますわ」
何でや!?勝手に松村先輩に推薦されて勝手にしゃしゃり出た山中先輩に俺は心の中でツッコミを入れた。
「ええと、今日はお疲れ様でした。そして、今年もここの宿に泊めて頂きありがとうございます。旅路の安全を祈りまして乾杯とさせて頂きます」
あれ?あの山中先輩が真面目な事言ってる。山中先輩は照れ臭いのか少しにやけているもののセリフは真面目だった。
「それでは、頂きますの前にオレから一言。沢山食え。そして、今夜は騒ぐぞ!頂きます!」
「「うぉぉお……?頂きます」」
最後で全部台無しだよ!山中先輩の台詞によって乾杯をして盛り上がりかけていた聴取達の声は困惑の声に変わった。あまりに文の脈略が無さすぎて反応に困ったのである。それに……。
「あまり、騒がないで下さいね。以前それで壁壊した人いたので」
「あ、はい……」
伯江先生はにやにやと笑みを浮かべながら、ビールの缶を開け、山中先輩の言葉を否定した。そりゃそうだ。先生の前で夜騒ぎますなんて事言うのは馬鹿以外の何者でも無いだろう……って以前壁壊した奴いたのか!?ちょっとカオスすぎないか?
飯はカレーや、刺身、カツだ。ボリュームがかなりあり、お代わりは仕放題。お腹が空いていた俺は明日への蓄えとして、口に食事を駆け込んだ。
民宿も良いですが、個人で行くのでしたらゲストハウスとかでも楽しいかもしれませんね。しまなみ海道沿いの宿では海の幸を堪能できる旅館なども沢山ありますので、毎回楽しめますね。




