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45話 テープ

 整地された石階段を下り、ブナの純林を俺達は進む。巨大な切り株を区切りに傾斜は大きく変化した。かなり急な下り坂であった。ここが、黄泉軍をイザナキが振り切ったとされている悦原越への道か。俺は心が弾んだ。日本史などの歴史には一切興味は無いがファンタジーや神話などの空想のモノは大好きなのだ。これは俺に取っての大きなモチベーションになっていた。


  悦原越への下りから二十歩程歩いた場所の右手にはピンクテープ、そして立煮干山への距離を示した看板が設置されている。立煮干山までの距離は看板曰く、あと1.6キロメートルらしい。かなり近付いているな。だが、それと同時に俺の中に不安がよぎった。立煮干山って立煮干駐車場の西側に見えた山だよな……。


  俺は思わず手元の時計で時刻を確認した。現在時刻は一時前か……。俺は思わず俯いた。既に登山開始から六時間以上の時間が経過していた。今回のコースは通常の登山者のペースであれば六時間半程あれば完走出来るコースだ。俺達の登るペースは中学一年生最初の登山と言う事もあって通常より少し遅いペースで登っている。その上、ランチタイムで時間を三十分取っている為この時間はある意味妥当であった。


  高校生達にとってはこのコースは四時間でも遅いくらいのコースだそうだ。勿論タイムレースの様に走る訳では無い。普通に読図をしながら登山して三時間半。それ位の時間で高校生達はこのコースを踏破する事が出来る。それだけの体力と知識を持ち合わせていた。ただ今回は大会の下見と言う事もあって、高校生達は手にノートとペンを握り、山の谷や尾根、主な植物、目立つ目印などを必死にメモしながら歩いている為、歩行速度は遅い。


  それでも俺達が追い付けない程の速度。いや、先導が早過ぎるのだろう。それだけ、彼らは山を歩くのに慣れていた。


  話を戻すが、俺は時間を逆算した。俺達は立煮干駐車場から幕営地に辿り着くまでどれくらいの時間がかかっただろうか?……。思い出したくも無い。立煮干山が近くにあると言う事は俺達の居場所はそこに近い。七ノ原は幕営地のすぐ近く。つまりだ。ここから下山するにはそれと同じ位の時間がかかる。俺はそう思い込み、顔を引き攣らせる。


「こりゃ、帰るの遅くなりそうっすね」

「何言ってんだ。悦原越えたら直ぐじゃねえか」

「そうですね」


  バスで木場山から志道学園に帰る時間も計算した俺は呑気な先輩の言葉に相槌を返した。先輩にとってはすぐかもしれないけど俺にとってはすぐじゃないんだよ!俺は痛む足の小指を曲げ、指に力を入れ悦原越への急傾斜な下り道を歩いた。


 ツリガネニンジンやアキノキリンソウなどの足元の植物には目もくれずに俺は地面に食らいついた。ツリガネニンジンの花の開花時期は秋、アキノキリンソウの花の開花時期は夏〜晩秋である。秋の麒麟草とか言う名前だが開花時期は幅広い。どちらも多年草の為どの季節でも確認する事は出来た。





  悦原越はシンプルな鞍部だった。特に代わり映えもしない。派手さも無くしんみりとした雰囲気の場所だ。目標地点や逸話に示されている。その事から俺は勝手に悦原越はもっと大きな場所かと思っていた。しかし、俺はここで気付く。悦原越は複数個の地点を繋ぐ重要な場所であったのだと。


  南はブナ林から一変し、大きな草原が広がっている。丘陵を一つ越えれば水ノ段へのルートとなっている。水ノ段の西方には大きなスキー場があり、冬場はここ一面は雪景色に染まる。だが、俺達が今回進むルートは東側。俺達から見て左側のルート。そう、七ノ原へと向かう下山ルートである。


『←公園センター 2.5キロメートル』


  ん?思っていたより少ないな。俺は分岐の看板を見て思った。この距離は展望殿地から幕営地までの距離の約二倍である。


「こっからはずっと下りだ。多分ペースちょっと上がるから気を付けろよ」

「あ、はい」


 


  悦原越から七ノ原への道は本当に下りしか無かった。周囲に尾根や谷が複数存在する為、登山道には複数の小川が流れていた。そして尾根や谷が登山道から複数確認出来ると言う事はそこは絶好の読図ポイントである。


  春にも関わらず、この場所の地面は積雪の跡がより濃く残っていた。ここは他の場所と比べ、決して標高が高い訳では無いと言うのにだ。


 雪がある場所の歩き方の基本は下り坂を下りる時のテクニックと然程変わらない。だが、二回に分けて力を入れると言う点が異なっている。雪は石以上に脆い。雪の下が空洞になっていた場合足を全力で踏み込んでしまうと足は雪の下へと吸い込まれてしまうだろう。浅い空洞であれば怪我で済むがそれが大穴であった場合は怪我では済まない。それを防ぐ為に二度確かめる必要がある。


  周囲の木々にはテープが大量に巻かれているのが確認出来た。その理由は春でも雪が濃く残っているこの地域を見れば一目瞭然であった。テープは積雪地帯において大きな意味を果たす。雪が積もり、雪の高さが増すと地面に刺さっていた看板などは完全に埋まってしまう。いや、看板だけでは無い。登山道自体が埋まってしまう。そんな時に目印が無ければ登山客は迷ってしまうだろう。


  そんな時は木の高い位置に巻き付けているテープを確認して道を再確認する事ができる。この印はとても大事なものなのだ。ただ積雪が多いと言う事は木に積もる雪の量も多いと言う事だ。その結果この周辺は不自然に湾曲した木などが多い。雪の重みで木が曲がるのである。


  あと少し。俺は左右の入り組んだ谷や尾根を眺め先を見据えて慎重に雪道に足を踏み入れた。


 



ツリガネニンジン……秋に花を咲かせる多年草。

アキノキリンソウ……夏から晩秋に花を咲かせる多年草。


積雪地帯におけるテープ……雪で道や目印が隠れた時の重要な目印になります。


雪道の歩き方……基本は足裏の表面積が多くなる様に歩く。このやり方は下りの歩き方と変わりません。最初に足を踏み込む時に一度軽く踏み込んで空洞が無い事を確認してから強く踏み込む。この確認動作が大事になります。


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