28話 山ハ走ルナ
展望殿地に向かう際に右側に行くとルートから外れてしまうとか言っていたが、俺は後ろを振り向いて気が付いた。道……途中で合流してね……?そもそも、あれ分岐じゃなかったのでは……ないか。俺はそれに気が付いてしまった。
もしあれが分岐であったならばそもそも、分岐後に看板など置かないだろう。それに、分岐であれば必ず分岐先も記載する筈だ。そもそもあちらは登山道では無かったのだ。俺はその事に今気づき、胸を撫で下ろした。山では登山道では無い道も多く存在する。その為、何も記載が無い場所を道だと勘違いして歩き遭難すると言うパターンも少なくは無い。だから事前に登山道やエスケープルートを確認する事は大事なのだ。俺は一人で反省した。展望殿地にあった看板には
『管理センター1.3キロメートル』
と記載があった為あながち俺の残り一キロと言う予想は間違っていない。
展望殿地を出た俺達は大きく左カーブを曲がる。巨大な尾根の上だ。自分達の右側には大きな谷が見える。丸太のベンチを横目に尾根を進む。苔が生えまくったベンチ……通称苔の極みベンチを幾つか横目に平坦な道を進む事少し。地面の傾斜が一気に変わった。
かなり急な下りだ。
前の隊列の人達が、歩く。そして案の定、一年生が転けた。先導部隊の歩行ペースは上りと比べてかなり速い為、それに追い付こうとして下り坂を走る人もいる。当然俺もそれに追い付こうとして走った。
「おいバカ。走るな」
「すみません」
鬼登先輩は若干苛ついていた。
「下り坂になった瞬間、騒いで走る奴は正直苦手だ」
鬼登先輩のそのポツリと呟いた言葉に俺は背筋が凍った。そして、俺は走るのをやめて、前にある脚を横向きにして支えにし、忍び足で下り坂を下った。だが、その刹那であった。
「うわっ!?」
俺は盛大に足を滑らせて尻餅を突いた。出っ張った木の根っこが俺の足を強打し、鈍痛が響く。俺の履いていたズボンは一瞬にして黒色の泥でぐちょぐちょになった。気持ちが悪い。だが、俺は前の列に追い付く為に俺は立ち上がる。
長ズボンを履いていて助かった。もし俺が長ズボンを履いていなかったならば、出血は免れなかっただろう。
下山を始めてしばらく経った頃だった。小さな鞍部で野原先生が止まった。
「下り坂で転けた人もいると思う。そこで、登山靴の正しい使い方を教えよう」
何で今なの!?最初から教えてくれよ……。俺は泥だらけのズボンを払いながら思った。
「登山靴の裏を見て欲しい。凸凹の突起があるよね?その隆起はどちらの方向にあるかな?」
俺は登山靴に付けているスパッツをズラして登山靴の裏を確認する。登山靴の裏には普通の靴にもある様な溝がしっかりと掘られてあった。最近の新しい登山靴には踵部分に泥除けのスリットが彫られている物も多い。雨が降っている時などは大量の泥が飛び散る為登山靴に金具で取り付けるタイプのスパッツを付けるのも悪くは無い。
話を戻すが、靴の裏の凸凹の隆起に関してだ。これは登山靴に限った話では無い。どの靴も滑り防止の凸凹がある。そして、その凸凹は基本的に横向きに彫られているのでは無いだろうか?
「横向きだね?そうすれば頭の良い君達ならどの方向に力をかけたら滑りにくいか位分かるよね?あともう一つポイント。歩く時は靴裏全体を地面と接する様に歩くんだ。つまり、つま先から地面に足裏全体が接する様に足を接地させる。これだけで大きく変わる筈だよ」
納得した。確かにそうだ。当たり前の事なのだ。だが、言われるまでは気づかない。いや、意識していないと出来ないのだ。
日常で歩く時はつま先から歩くだろうか?否。走る時を除いて踵から接地させる人が多いのでは無いだろうか?走る時も踵は地面に殆ど接していない。重心は常に前に傾いているだろう。それでも前に倒れないのは下にかかる力よりも前に進む力の方が強い影響だ。それが、山だと大きく条件が変わる。地面との摩擦係数も少なければ、道も悪いし、傾斜の影響もある。
違いはたったそれだけなのだ。だが、その中で変えられる条件は地面との摩擦係数のみ。そうなればやる事は一つである。足裏と地面との接地面を増やして摩擦係数を上げる。これが最も有効な手段なのだ。
俺は足をつま先からゆっくりと下ろし、接地させる。滑らない。
一切滑らない。
「マジか」
理屈では分かっていても実際にそれを体感出来るのと出来ないのではかなり違う。俺の表情には自然と笑みが溢れた。
だが、次の瞬間踏み出した俺の右足はズルッと前に動いた。焦った俺はもう片方の足を前に出す。
「うわっ!」
「おい馬鹿。焦るな、焦るな。幾ら登山靴とは言ってもそりゃ全く滑らない訳じゃねえ、あと片足が全面接地してないのにもう片方の足出したら滑るに決まってるだろ」
後ろから鬼登先輩の怒号が飛んだ。
「すみません……」
当然、接地面は多い方が良い。片足がきちんと接地してからもう片方の足を動かすべきなのだ。あと若干滑っても焦ってもう片方の足を動かさなければ滑った足は数センチ程で止まる。常に冷静な判断を下す事は普段から必要なのである。
こうして俺達は急な下り坂のジグを下る。俺達の今いる場所の木々の隙間からは県民の森管理センターが既に見えていた。やっと休めるし、飯も食える。俺の表情は安堵に包まれた。
「お疲れさん。だが、もうちょっと頑張って貰うぞ」
最後まで気を抜くな。いつもなら鬼登先輩はそう言うと思っていた。だが、鬼登先輩の言葉は想像以上に優しかった。
下り坂や滑りやすい場所の歩き方……登山靴を地面と平行に向けて足裏全体が接地面になる様につま先から足を出す。
登山靴で歩く時は足を振り子の様にして歩くので、基本はつま先から地面に足を接地させます。なので、走ると言う行為は肉体への負荷も大きいですし、滑落の可能性もあり危険です。




