24話 読図カードと混合樹林
「このカードは先輩達の読図練習用のカードだよ。先導している先生が課題を設定して置いているんだ。回収は最後尾を歩いている先生が回収するよ。読図はこの後も君達にやってもらう予定だ。でもここは簡単過ぎるから、あまり時間は取らないよ。じゃあ、一分だけ取ろう」
野原先生はピンク色のカードがある場所まで歩くと俺達の方を振り返ってカードの解説をして登山道の端に寄って止まった。ここは確かに簡単だ。
大きな谷と、急な傾斜の始まり……。ここだな。
俺は地図を開き、傾斜の始まりの地点を指そうとして思い留まる。待てよ……だが、あの読図カードは少し地点を意図的にズラして配置されている。と言う事は……傾斜の始まりから少し進んだ所か!
「ここだ」
「お、惜しいな」
俺が地図を指差すと俺の読図の様子を見に来た鬼登先輩が、少し驚いた様子で俺の顔を見る。その表情は、いつもの怖い表情とは違って少し嬉しそうだった。
「傾斜の始まりの所指さなかったのは、良いな。だが、目安が甘い。ここで見るべきポイントは傾斜が第一なのは勿論なんだが、尾根や谷の合流だ。今いる場所の左右を見てみろ、小さくはあるが、あの読図カードがぶら下がっている場所の左右の谷が二つこの登山道で合流しているだろう?」
「本当だ!」
鬼登先輩が言った通り、読図カードがぶら下がっている場所を見るとそこは二つの小さな谷が合流していた。だが、それも小さな起伏だ。意識していないと、中々見つけるのは難しいだろう。だが、地図だけを見て考える方がもっと難しいのは明確であった。倉尾先輩が言っていた、『小さな地形ではなく大きな地形で実際に自分の目で確かめろ』と言う意味が少し分かった気がする。
「だが、今回は上出来だ。教えた日にこれだけ出来るのであれば、これからが楽しみだ」
鬼登先輩は顔を綻ばせた。
俺は怖いと思っていた鬼登先輩に褒められた事で嬉しくなった。しかし、ここで俺はある点に気付く。あれ?この読図カードって確か、高校生の先輩達の為のものだよな……。でも先輩達はさっき猛スピードで走り抜けて行ったぞ……。俺が顎に手を当て、考えを巡らせた所で野原先生の出発の合図が出た。
「よし、じゃあ。進もうか。これくらいの読図だったら一瞬見ただけで判断できる様にはなって欲しいね。特に三年生は」
野原先生の言葉に三年生の口は固く閉じた。だが、ほぼ全員が挑戦的な表情をしていた。俺はこの一言で察した。高校生達にとってこの程度の読図行為は余裕。
つまり、足を止めなくても解読できる程度のものと言う事だ。俺は再び戦慄を覚える。あと三年であの高みまで行ける気が全くしないのだ。人外の体力にカリスマ性、卓越した読図能力。その全てが遠く感じた。
「はぁ、はぁ」
休憩をとった上、少し身体が慣れて来たとは言え、急な坂は身体に堪える。急な坂を登りきると次の主要地点である『山天狗の相撲場』に到着する。そこは大きく開けた鞍部になっており、そこで大昔に天狗が相撲を取り合ったと言う逸話がある場所だ。
正直、俺は逸話に無理があるとは思うのだが、昔の人が山中にある大きく開けた場所をそのように例えたと言うのは非常に面白い。現代のヒトでは中々思いつかない発想であろう。
坂を登りきると、左には『山天狗の相撲場』の解説が施された大きめの看板があった。右の少し小高い丘には大量の倒木が転がっている。右側のピンクテープが巻かれた杉の木の周囲の植物はイヌツゲなどの低木が群れていた。
他にも『山天狗の相撲場』付近にはアカマツなどの植物が生えており、植生が大きく変わった事が窺える。イヌツゲは葉が小さく、住宅街でも生えている事の多い植物だ。丸い葉が密集している様は赤子の様で可愛くも思えてくる。
『山天狗の相撲場』を過ぎ、俺達は大きな左カーブを曲がった。カーブが割と急な為、前方から来る登山客などにも注意だ。カーブを曲がり、トラバースを行うと左右には笹が群生していた。その笹は山頂付近まで続いている様だった。
『山火事に注意』
と記載されている看板を横目に俺は坂道を登る。
あと少しだ。
俺はすぐ側にまで近づいている空を見上げて思う。今までは木々に囲まれて見えなかった青い空が、俺の頭上に姿を見せていた。
『獣王山』この山は木場山一帯のルートの中に含まれている山である。標高は1225.8メートル、日本の古事記にも記載されていた山で、木場山の御陵まで参拝するのに使われていたと言われている。木場山は国生みの神である『伊邪那美命』を祀っていたと言ういわれもある山の為、昔から信仰されているかなり神聖な山らしい。
『獣王山』からは広島県内の景色を一望出来る。広島県内だけでなく、他県まで一望出来る山である。
森林の中に光が入る様になり、ブナなどの陽樹達も姿を見せ始めた。ここはまだ遷移の途中なのか、混合林に近い形で植物が混在している。『獣王山』の山頂に近づくにつれ、山の傾斜は急になって行く。
くねくねと曲がる道を俺は必死に登る。だが、不思議と先程までの様な疲労感はあまりなかった。山頂が近づいている。そう思うだけで身体は軽くなるのだ。周囲の森が明るくなったと言うのも気持ちに関係しているのだろう。
しばらく傾斜を登り続けると、道は緩やかになった。そして、スギ、ブナ、アカマツなどの混合樹木は多少はあるもののかなり数を減らす。
まるで、荒地である。
誰も使っていなさそうな小屋が何軒か隣接しており、荒地を爽やかな風が駆け抜ける。空気が違った。木場山一帯はジメジメとしている。だが、今俺の近くを通り過ぎた風は清涼感を思わせる冷風であった。
読図カード……大会位でしか使わないと思います。ただこのカードを掛ける時は何かしら読図で読み取って欲しいポイントの意図があります。Iなどの数字とアルファベットの読み間違えやすそうな番号は基本欠番です。大会では先頭の大会幹事の人が設置して、最後尾の大会幹事の人が回収する事が多いです。
混合樹林……暗い森と明るい森が合わさった形です。植生遷移の途中ですね。
荒地……山の山頂付近は低木が多いです。視界も開けている事が多いです。風などで帽子やゴミが飛んでいかない様に注意しましょう。帽子にはキャップキーパーを着用する事を推奨します。メガネなどを止めるバンドもスポーツ用品店で売っているのでおススメです。




