99話 肉体の使い方
道の駅から出発し、ビーチを過ぎてすぐ。橋の辺りに二年生の先輩達の姿が見えた。15分程前に出発したのだろうか?俺達が橋の上を見上げると先輩達は俺達に対して手を振っていた。
振り返す元気など殆ど残っていないのだが、俺は手を振りかえした。と言うことはあと15分位あれば橋に達する距離か。あと少しでゴールだ。頑張ろう。もう目の前に見えている橋だが、俺は知っていた。橋を渡る手前には必ず曲がりくねった長い道があると。
俺のその予想は当たっていた。
「そこそこ!そこ左折ね」
道の駅から10分程歩くと伯方、大島大橋の手前には左折の看板があった。疲れて下を向いて歩いていた俺達はその看板を見落としかけたが、俺達を追いかけて来た内山先生が俺達に指示を飛ばしてくれたお陰で俺達は看板に気がついた。
内山先生はそのあと道をUターンして、道の駅の方へと再び戻っていった。
伯方という言葉で勘付いた人もいるかもしれない。伯方の塩という商品を聞いた事が無いだろうか?そう、その商品名の由来になった地がここの伯方島なのだ。ただ塩の原産地が伯方島という訳では無い。伯方の塩と言う商品名は聞いた事あってもその名前の由来の地がこの愛媛県にある事を知っている人は多そうに見えてあまりいない印象を受ける。
福岡の博多と勘違いしている人もいるくらいだ。しまなみ海道には渦潮とレモン、みかん。その三つのイメージが根強くあるが、それ以外にも観光ポイントは多いのである。
橋に入る手前で道を左折した俺達は坂道を登る。先輩達が15分程で進んだ道だ。然程長く無いと信じたい。ここの橋へと続く道は割と静かな雰囲気を受けた。今までの薄緑のミカン賑わう畑とは全く違う印象だ。静かな道を俺達は特に会話も無しに進んだ。
既に殆どのメンバーが体力を消耗し、顔を俯けていた。その影響で先程、左折する標識を見落としかけたのである。ここまで歩いて来て先輩達よくあんなに遊ぶ元気があるものだ。荷物も当然先輩達は余計な物を沢山持って来ている為、明らかに重い。
それなのに先輩達はまるで初日であるかの様にしまなみ海道縦断を楽しんでいた。木場山登山の時から思っていたが、やはりこの部活の先輩達は狂っている。しばらく、コンクリートの壁に囲まれた道が続いた。
10分程坂道を歩き、更に10分程平地を歩く。可笑しいな。脚が重い。普通ならば20分もかかる筈の無い距離。それなのに俺達は明らかにペースダウンしており、橋に辿り着くまでに通常の2倍近く時間がかかってしまった。うーん。
それじゃあ、あの橋の上にいた先輩達は俺達の二つ前に出た隊だったのかな?俺達が道の駅からここに来るまでにかかった時間は30分ちょっと。先輩達が走っていない限りは辻褄が合わない。
道路の横にはいつの間にかハイウェイである自動車道路が隣接していた。大島大橋と合流するのだ。道は自転車が通る道と歩行者が歩く場所が路側帯として分離されている。当然自動車道とはフェンスで分離されている。その為、道幅はかなり広い。
大島大橋の長さは約1キロメートル。本当にあと少しだった。それ故に道中の展望台で休まずにここまで歩いたのだ。道の駅でそこそこ長めの休憩を取ってから数十分しか歩いていないのだが、休んだ事によって筋肉が硬直したのだろう。俺の脚は今にも攣りそうな痛みに襲われていた。特に太腿の裏。ハムストリングスの辺りが痛い。
山を登る時とは痛くなる場所が全然違う。山登りの時は太腿の前側である大腿四頭筋や脹脛を針で刺す様な痛みが流れるのに対して、こちらは太腿裏のハムストリングスや膝裏脹脛の上部を攣りそうなじわじわとした痛みが襲う。
足を動かそうとしてもキリキリとゼンマイ仕掛けの機械の様に俺の脚は硬く固まってしまい、ぎこちない動きをするだけだ。そして、痛いのは筋肉だけでは無い。股関節、膝関節などの関節を繋ぐ筋が損傷を受け、足を動かす度にパキッと筋が物理的に折れてしまいそうな程の痛みに襲われていた。
「んぁっ!!」
一歩、一歩歩く度に喘ぎ声の様な声が上がる。口を締めていても自然と出る声。俺の身体は限界を迎えていた。足裏の施術も虚しく、足の裏に新たに出来た水疱は潰れ、靴下の中は雨の日に水溜りを踏んでしまったかの様にグジュグジュになってしまっている。
そして、地面を踏み込む毎に襲う、足裏の針で刺す様な鋭い痛み。息が切れていないのが唯一の救いだろう。だが、口から発する吐息からは全員嗚咽が漏れていた。
普通に歩けば股関節が痛む為、自然と歩き方は振り子の様に身体を揺さぶって歩く方式に変わっている。橋から砂浜にいる先輩達を確認しようと思ったが、もう既に先輩達は道の駅を出発しておりいなかった。
そんな状況で景色を楽しめる訳も無く、俺達は二十分かけて大島大橋を渡りきった。尚、橋の途中で、砂浜で遊んでいた筈の先輩達は俺達を追い抜かした。
橋を渡り終えると、再び蛇の様に曲がりくねった道が姿をあらわす。だが、橋の麓に伯江先生の輸送車が見えた事で俺達は安心した。輸送車は先に到着した先輩達を先に宿へと送り届けた。
俺達がその後宿に着いたのは16時30分を過ぎてからの事であった。
主人公達はあんまり激しい練習もしていない中学一年生なので、結構疲れると思います。
ですが、本当にヤバくなると痛い!が熱い!に変わっていきなり糸が切れた操り人形の様に脚が動かなくなります。脳が動け!って命令して身体が動いている内はまだ本当の限界ではありません。




