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もしも『源氏物語』の姫君たちが、幸せを選べたなら  作者: くるみ


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5/19

蝉衣

【原作では】

空蝉は、父を亡くしたのち、年老いた伊予介の後妻となっていました。

方違えで紀伊守の邸を訪れた光源氏に寝所へ忍び込まれ、拒みながらも一夜を共にすることになります。

その後は源氏を避け続け、再び忍んできた源氏から、薄衣だけを残して逃れます。

夜が深くなるほど、蝉の声は近くなった。

紀伊守の邸を囲む木々は、昼の熱をまだ抱えている。


風はない。

葉は一枚も動かず、暗い梢の奥で、無数の蝉だけが競うように鳴いていた。


じじ、と一匹の声が途切れる。

そのあとの静けさに、遠い廊を踏む足音が聞こえた。


伊予介の妻である女君は、几帳の内で顔を上げた。

のちに人々から空蝉と呼ばれる女だった。


「どなたか、お越しになったのですか」


そばに控えていた弟の小君が、妻戸の外をのぞいた。


「方違えのため、こちらへ立ち寄られた殿方のようです」


「このような夜更けに?」


「紀伊守殿のお客人です」


小君の声には、隠しきれない弾みがあった。

やがて、女房たちの囁きから、その客人が光源氏であることが分かった。


帝の御子。

光る君。

姿を一目見ただけで、女は心を奪われるという男。


空蝉は、脇息の上へ扇を置いた。


「私たちは、早く休みましょう」


「せっかく源氏の君がお越しなのに?」


「私には関わりのない方です」


小君は不満そうな顔をした。


外では、蝉が鳴いている。

声は近い。


けれど、どこにいるのかは見えなかった。


◇


光源氏から最初の文が届いたのは、その翌日のことだった。

小君が懐へ隠して持ってきた。


「お返事を」


「なぜ、あなたがこのようなものを預かるのです」


「姉上のことを、お知りになりたいと」


空蝉は文を開かなかった。

紙からは、夏の夜に似合わぬ華やかな香が漂っている。


「お返しなさい」


「読まないのですか」


「読む理由がありません」


「源氏の君ですよ」


小君は、声を潜めた。


「姉上をお見初めになったのです」


空蝉は弟の顔を見た。

まだ幼さが残っている。

光源氏に声をかけられ、頼みごとをされたことが、よほど嬉しいのだろう。


「私は、伊予介の妻です」


「けれど、あの方は」


「どなたであっても同じです」


空蝉は文を折り直した。


「人の妻へ、弟を使って文を届けることが許されるわけではありません」


小君の顔が曇った。


それでも、その夜、光源氏は几帳の内へ入ってきた。

どうやって女房たちの目を逃れたのか。

誰が妻戸を開けたのか。

空蝉には分からなかった。


気づいたときには、暗がりの中に男の姿があった。


「お騒ぎにならないでください」


穏やかな声だった。

人に拒まれることなど、考えたこともない者の声だった。

空蝉は夜着を胸元へ引き寄せた。


「お帰りください」


「そのように怯えなくとも」


「怯えているのではありません」


「では、なぜ私をご覧にならないのです」


空蝉は、男の顔を見なかった。

見れば心を奪われるからではない。

美しい顔を見たというだけで、拒むべきでないような気持ちにさせられることが恐ろしかった。


「見る必要がないからです」


光源氏が息を止めた。


「私が誰か、御存じでしょう」


「存じております」


「ならば」


「御名を知っていることと、私がお会いしたいことは別でございます」


外で、蝉の声が急に大きくなった。

幾重にも重なり、空気そのものが震えている。

光源氏は、しばらく何も言わなかった。


「あなたは、変わった方だ」


やがて、かすかに笑った。

その言葉には、拒まれた怒りよりも興味が滲んでいた。


空蝉は胸の内が冷えるのを感じた。

彼にとって、拒絶さえも恋の始まりなのだ。


「お帰りくださいませ」


もう一度、空蝉は言った。


「今宵のことを、誰にも話すつもりはございません」


「私をお嫌いですか」


「好きでも、嫌いでもございません」


それは嘘ではなかった。


「私は、あなたを存じ上げないのですから」


◇


それでも、光源氏は諦めなかった。


文が届いた。

小君が取り次いだ。

空蝉は返事を書かなかった。

返事がなければ、悲しげな歌が届いた。

それにも答えなかった。


光源氏は、空蝉の拒絶を慎み深さだと思っているらしかった。

強く求められることを、心のどこかで喜んでいると。

そう思われていることが、空蝉には何よりつらかった。


ある蒸し暑い夜。

空蝉は、紀伊守の妹である軒端荻と碁を打っていた。

燈台の火が、盤上の黒石と白石を照らしている。


軒端荻は明るい女だった。

石を打つたびに笑い、空蝉が迷えば、早くと急かした。


「姉君は、考えすぎなのです」


「あなたが考えなさすぎるのでしょう」


「碁も、殿方も、迷っているうちに誰かに取られてしまいます」


「殿方を碁石と同じにしてはいけません」


「けれど、姉君をお慕いする方がおられるのでしょう?」


空蝉の指が止まった。


「小君から聞きました」


「余計なことを」


「光源氏様ですって?」


軒端荻は、声を弾ませた。


「なぜ、お会いにならないのです」


「お会いする理由がありません」


「私なら、一度くらい」


軒端荻が言い終えるより先に、廊の板が鳴った。


一度。

わずかな間を置いて、もう一度。

空蝉は顔を上げた。


女房の足音ではない。

重さを殺しながら歩く、男の足音だった。


「姉君?」


「灯を消して」


空蝉は立ち上がった。

几帳の向こうに、人影が差した。

光源氏だった。


前よりも迷いのない足取りで、こちらへ向かってくる。

空蝉は軒端荻の手をつかんだ。


「裏の妻戸から出ます」


「なぜ。お会いすれば」


「あなたも来るのです」


空蝉は、急いで薄い袿を脱いだ。

衣が几帳の端へ引っかかる。

直している暇はなかった。


軒端荻を先へ押し出し、自分も暗い渡殿へ出る。

背後で、衣の擦れる音がした。


光源氏の手が、残された袿をつかんだのだろう。

けれど、その中には誰もいない。

二人は息を殺し、物置に使われている小部屋へ身を隠した。


外では蝉が鳴いている。

昼と夜を取り違えたような、狂おしい声だった。


軒端荻の手が震えていた。

空蝉は、その手を強く握った。


「申し訳ありません」


「姉君が謝ることでは」


「私のことで、あなたまで巻き込みました」


几帳の内から、光源氏が空蝉を探す声が聞こえた。

怒ってはいない。

むしろ、逃げられたことを面白がるような響きさえあった。


空蝉は目を閉じた。

残してきたのは、衣だけだった。

その衣を、自分自身だと思われたくはなかった。


◇


翌朝、空蝉は一通の文を書いた。


昨夜お残ししたのは、衣だけにございます。

その中に、私の心まで残っていたとはお思いになりませぬよう。


返事はなかった。

代わりに、小君が泣きそうな顔で戻ってきた。


「源氏の君は、姉上を本当にお慕いなのです」


「あなたに、それが分かるのですか」


「衣を、大切に持っておられました」


空蝉は窓の外を見た。

木の幹には、蝉の抜け殻が残っていた。


薄く透けた背。

空になった腹。

そこに蝉の姿はない。

残されたものをどれほど大切にしても、中身が戻ることはなかった。


「伊予へ参ります」


空蝉が言うと、小君が顔を上げた。


「夫が、迎えを寄越しております」


「姉上」


「都に残る理由はありません」


光源氏から逃げるためだけではなかった。

自分の言葉が届かない場所を、離れたかった。


◇


伊予の海は、都で想像していたよりも広かった。


日が昇る前は、海も空も同じ鈍い色をしている。

やがて東の端が白み始めると、波の一つ一つに光が宿った。

都の夏を満たしていた蝉の声は、ここでは遠い。

代わりに、朝から晩まで波の音が聞こえた。


伊予介は、空蝉よりずっと年上だった。

若い妻の心を知ろうとする男ではなかったが、乱暴な人でもなかった。

空蝉へ美しい衣や香を与え、家の奥に置いた。

それが妻を大切にすることだと考えているようだった。


空蝉も、初めは何も求めなかった。

求めても届かないと思っていたからだ。

だが、伊予へ下って二年目の秋、大きな嵐が来た。


三日三晩、雨が降った。

川はあふれ、田畑を水が覆った。

倉へ入るはずの米は半分も集まらず、役人たちは互いに責任を押しつけた。


伊予介は病に伏していた。

空蝉は、几帳の向こうで役人たちの話を聞いていた。


「都へ納める分を先に確保しなければ」


「民へ配れば、足りなくなります」


「来年の種籾まで使うことになる」


男たちの声が、行き交った。

誰も、どの村にどれほどの米が残っているのかを知らなかった。


空蝉は、女房へ命じて帳面を持ってこさせた。

夫が病に伏してから、ひそかに目を通していたものだった。


「東の三村には、まだ昨年の米が残っております」


几帳の内から言うと、外が静かになった。


「西の倉へ移せば、海辺の村へ配る分は足ります」


一人の役人が、戸惑ったように言った。


「しかし、道が」


「北の山道は崩れておりません」


「なぜ、そのようなことを」


「昨日、炭を届けに来た者から聞きました」


空蝉は帳面をめくった。


「都へ納める米は、今すぐ分けずともよいでしょう。まず種籾を残し、その次に食べる分を配ってください」


「勝手なことをすれば、都から咎められます」


「民が飢えれば、来年納める米もございません」


男たちは黙った。

そのとき、外から別の声がした。


「奥方様のおっしゃるとおりです」


伊予介のもとで働く、藤原季遠という男だった。

都の中流貴族の出で、数年前に妻を亡くしているという。

年は空蝉より少し上だった。


「私が責任を持って、都への文を整えます」


「しかし」


「咎めを受けるなら、私も受けましょう」


季遠は、空蝉の考えを自分のものとして語らなかった。

都へ送る文にも、伊予介の妻が帳簿を調べ、村ごとの蓄えを確かめたと書いた。

女の名を出す必要はないと止める者もいた。

それでも、季遠は消さなかった。


「なぜ、そのようなことを」


のちに空蝉が尋ねると、季遠は不思議そうに答えた。


「奥方様がお考えになったことですから」


「あなたの考えにしておけば、話は早かったでしょう」


「早ければよいというものではございません」


季遠は穏やかな声で言った。


「誰が考えたのかを残すことも、大切です」


空蝉は、返す言葉を失った。

自分の言葉を、言葉のまま受け取られたのは、初めてのことだった。


◇


嵐のあと、飢える者は一人も出なかった。

伊予介は、空蝉へ家のことを相談するようになった。


「おまえは、思っていたよりも物を知っている」


ある日、夫が言った。

空蝉は少し考えてから答えた。


「知らなかったのは、あなたのほうでございましょう」


伊予介は目を丸くした。

それから、大きな声で笑った。


「そのようなことを言う女だったのか」


「今まで申し上げなかっただけです」


夫婦の間に、恋が生まれたわけではなかった。

けれど、以前よりも言葉を交わすようになった。

伊予介は空蝉の意見を聞き、空蝉も必要なことを隠さず伝えた。


数年後、伊予介は病で亡くなった。

最期に、空蝉の手を握った。


「おまえには、世話になった」


飾り気のない言葉だった。

それでも空蝉は、夫が初めて自分自身へ告げた言葉のように感じた。


夫の死後、周囲は空蝉へ出家を勧めた。

夫を失った女が、一人で生きるのは難しい。

髪を下ろし、仏へ仕えるのが穏やかな道だと。


空蝉は断った。


「まだ、世を捨てたいとは思っておりません」


「何をなさるおつもりです」


「これから考えます」


今までなら、誰かが示した道へ黙って従っていただろう。

けれど、空蝉はもう、自分の行く先を他人の言葉だけで決めたくはなかった。


◇


都へ戻ったのは、その翌年の春だった。


伊予で得たわずかな財をもとに、空蝉は小さな邸を整えた。

夫を亡くした女や、家の事情で文を書くことのできない女たちのために、手紙や訴えの文を代わりに整えた。

伊予で帳簿を見ていた経験を生かし、家の財を守る方法も教えた。

大きな名声を得たわけではない。

けれど、訪れる女は少しずつ増えた。


光源氏から文が届いたのは、その頃だった。

空蝉が都へ戻ったと聞いたらしい。

昔のことを忘れてはいない。

今なら、以前よりも力になれる。

そのようなことが、美しい歌とともに書かれていた。


空蝉は、文を最後まで読んだ。

かつてなら、手が震えただろう。

今は、懐かしいと思うだけだった。

返事は短くした。


あの夜、私が残した衣は、とうに朽ちてございましょう。

私は、あの衣の中にはおりません。


文を送り返すと、胸の内に残っていた最後の蝉の声が、遠ざかっていくような気がした。


◇


藤原季遠が都へ戻ったのは、初夏のことだった。

空蝉の邸を訪れたのは、日が高いうちだった。

先に使いを寄越し、訪ねてもよい日を尋ねた。

約束した時刻よりも少し早く着き、門の外で待っていた。


「お入りになればよろしいのに」


空蝉が女房を通して伝えると、季遠は答えた。


「約束の刻限には、まだ少しございます」


空蝉は思わず笑った。


「伊予におられた頃と、変わりませんね」


「奥方様は、変わられました」


「もう、奥方ではございません」


「失礼いたしました」


季遠はすぐに言い直した。


「では、何とお呼びすればよろしいでしょう」


空蝉は少し考えた。


「お好きなように」


「それが最も難しいのです」


季遠は真面目な声で答えた。

それからも、季遠は時折訪れた。

空蝉が整えた文を読み、意見を求めた。

季遠自身も、地方の争いを調べる仕事をしていた。

二人は、昔のように帳面や書状を間に置いて話した。

話が終わっても、季遠はすぐに帰らなくなった。


庭の木のこと。

伊予の海のこと。

亡くなった妻のこと。

空蝉も、伊予介との暮らしについて話した。

光源氏のことだけは、話さなかった。

季遠も尋ねなかった。


ある日、季遠は正式な使者を寄越した。


夫婦になってほしいという申し出だった。

空蝉は一度断った。

季遠は、哀れに思っているのだと考えたからだった。


すると、季遠本人が訪れた。


「私を憐れんでくださる必要はございません」


空蝉が言うと、季遠はしばらく黙っていた。


「憐れんでいる相手へ、私はこれほど意見を求めません」


「では、なぜ」


「あなたと話していると、自分一人では見えなかったことが見えます」


季遠は御簾の外に座っていた。

無理に中へ入ろうとはしなかった。


「あなたは、人が聞きたくないことでも、必要ならばおっしゃいます」


「可愛げがないということでしょうか」


「いいえ」


季遠は少し笑った。


「私が間違えたときに、間違っていると言ってくださる方と暮らしたいのです」


空蝉は扇を伏せた。


「私は、誰かの家へ入り、その方に従うだけの暮らしへ戻るつもりはございません」


「では、私がこちらへ参りましょう」


「簡単におっしゃいますね」


「簡単ではありません」


季遠の声は穏やかだった。


「けれど、あなたが築いたものを壊してまで、私の家へ連れていきたいとは思いません」


「私が、お断りしたら?」


「これまでどおり、必要なときに相談へ参ります」


「つらくはありませんか」


「つらいでしょう」


季遠は正直に答えた。


「それでも、あなたの返事を変えるために困らせることはいたしません」


空蝉は、几帳の内から男の影を見た。

華やかな男ではない。

美しい歌も詠まなかった。

けれど、彼の言葉は、いつも言ったとおりになった。

空蝉の考えを尊重すると言ったときには、本当に彼女へ決めさせた。


「季遠様」


「はい」


「私は、殿方を信じることが、あまり得意ではございません」


「存じております」


「簡単には、変わりません」


「変わらなくとも構いません」


季遠は言った。


「信じていただけるよう、私が暮らせばよいのでしょう」


空蝉は目を伏せた。


「それでは、一生かかるかもしれません」


「ちょうどよい長さです」


その返事に、空蝉は笑った。

声を立てて笑うと、庭の蝉が一斉に鳴き始めた。


「では」


空蝉は言った。


「もう一度、使者をお寄越しくださいませ」


「今度は、受けていただけますか」


「使者の口上を聞いてから決めます」


「厳しいですね」


「お嫌ですか」


「いいえ」


季遠も笑った。


「そのようなところを、お慕いしております」


◇


その秋、空蝉は季遠と夫婦になった。

季遠は約束どおり、空蝉の邸へ入った。

空蝉が手伝ってきた女たちも、変わらず訪れた。

季遠には、亡き妻との間に幼い娘がいた。


初めの頃、娘は空蝉を恐れていた。

物静かで、何を考えているか分からないと思ったらしい。

ある夜、娘が眠れずに空蝉の部屋へ来た。


「蝉が、うるさくて」


空蝉は娘を隣へ座らせた。


「もうすぐ静かになります」


「死んでしまうのですか」


「ええ」


娘は悲しそうな顔をした。


翌朝、庭の木に一つの抜け殻を見つけた。

娘が取ろうとすると、空蝉は止めた。


「残しておきましょう」


「なぜです」


「生きていたものが、そこから出ていった証ですから」


娘は、透き通った殻を不思議そうに眺めた。


「空っぽなのに?」


「空になったからこそ、別の場所へ行けたのです」


娘はしばらく考えたあと、空蝉の袖をつかんだ。


「母上も?」


空蝉は目を見開いた。

娘は慌てたように言った。


「そう呼んでは、いけませんか」


空蝉は、小さな手へ自分の手を重ねた。


「いいえ」


声がわずかに震えた。


「もう一度、呼んでください」


「母上」


庭では蝉が鳴いていた。


かつては、逃げても追ってくる声のように思えた。

今は、夏がここにあることを知らせる音だった。


季遠が廊の向こうから歩いてくる。

空蝉と娘の姿を見て、足を止めた。


「何をしているのです」


「蝉の抜け殻を見ていたのです」


娘が答えた。


「父上、取ってはいけませんよ」


「なぜです」


「母上が、残しておくとおっしゃいました」


季遠は空蝉を見た。

それから、穏やかに笑った。


「では、そのままにしておきましょう」


三人で、木の幹に残った薄い殻を見上げた。


空蝉は、もう何かを残して逃げる必要はなかった。

拒むために、衣を脱ぎ捨てる必要もない。

会いたくないと言えば、誰も妻戸を開けない。

会いたいと告げれば、約束した人が明るいうちに訪れる。

言葉が言葉のまま届く場所がある。


季遠が娘の手を取り、もう片方の手を空蝉へ差し出した。

空蝉は、ためらわずにその手を取った。


木々の間から、夏の光が落ちている。

抜け殻は風に揺れたが、落ちなかった。

その中に空蝉はいない。


彼女は、自ら選んだ人々とともに、光の下を歩いていた。


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