3.暴君との出会い
帝国へ来て4日目。
暇って事は無いんだけど、やることも無いから今日も庭園をお散歩する。
マルティナは3日目までは付いてきてくれたけど、もう単独行動しても大丈夫とお墨付きをもらったので一人でてくてく歩いている。二人でいると逆に目立つから、一人でふらっと歩いていれば、姫様付きの侍女だろうと勝手に誤解してくれるのだ。
ここの使用人達は教育が行き届いてるからか、ナンパとかされないしね。自分の国では……極たまにあったのよ。私の事、知らない新人に。そういえば、それから余計引きこもりになったんだわ…
(それにしても、愛し子が多いせいか、妖精があちこちウロウロしてるなぁ)
自国でも姉が愛し子だったから妖精の姿は見かけたけど、帝国は国じゃなくて愛し子に付いてきてるのね。
ただ、まぁ…
主が違うせいか、お互いにバチバチ喧嘩しあってるのがね……なかなか喧しい。
うちの子達はお姉ちゃんがぼんやりしてるからか、みんな大人しかったもんなー。あと、あれだ。私が歌ってあげるとみんな喜んで大人しく聴いててくれたりしたかも。
……うーん、やってみるかぁ。
丁度いい所にベンチがあったので、そこに腰掛けて歌うことにする。
目の前に噴水もあって、水音で歌声が掻き消されるだろうし。
誰も通らないのを確認して、すぅ、と息を吸う。久々の歌だ。イグレアでは毎日歌ってた。
「♪ ♪♪〜」
折角ゲームの世界の、その中心地にいるのだから、主題歌である私の曲を歌う。
少しケルト民族っぽい曲調がいいのよね。ファンタジーって感じで。
気持ち良く歌っていたら、うるさかった妖精たちが一斉に静かになる。大人しくなってくれて何よりだわ。
そんな風に気持ち良く歌っていて、丁度サビに差し掛かった時、頭上から大きな声が聞こえた。
「おい!そこのお前!!動くなよ?!俺が行くまでそこにいろ!!」
え?
そこのお前って………私?
恐る恐る声のした方にゆっーくり目をやると、建物の上の階の窓から身を乗り出してる人が見えた。逆光で顔まで見えないけど、声からして男性のようだ。
いやいやいや。
無理でしょ絶対逃げるでしょ。
三十六計逃げるに如かずよ―――!!!
「あっ!おい待て―――っ、ちッ!」
わぁ!
嫌な予感んんんん!!!
何か後ろから物凄い着地音がしたけど振り向ける訳もなく、とにかく走る。走った―――つもりが、今日に限ってゴテゴテしたドレスだったぁぁぁああ!!!よりによって何でこれを選んだのマルティナぁぁぁああ!
裾を踏んづけた私はバランスを崩し、コントのように噴水へ転がり落ちた。
「〜〜〜っっ!!」
「おっ、と」
水飛沫をあげて噴水に突っ込んだ私は、ジャンプーされたゴージャスな毛並みの猫のように、ドレスも髪も萎んで見窄らしくなった。
そんな私を走り寄ってきた男性が躊躇なく掬い上げて抱きかかえる。
いやっ!ちょ!離して!!
元はと言えばアンタのせいなんだけど!
お風呂嫌いの猫さながらに、男性の胸をぐいーっと押して体を捩って逃げようとしたんだけど、全くもって効果は無い。それどころか、魔法で作った蔦みたいな紐で動けないようぐるぐる巻きにされて俵抱きにされる。お米さま抱っこよ、お姫様じゃない、米俵の方。
叫ぶ暇も無く、転移の魔法陣が地面に展開されて私はそのまま拉致された。
弱小田舎国だけど、一応姫なのに!
浮遊感が消えたと同時に温かい風が吹いて、衣装が肌に張り付く感じが無くなる。
風魔法をかけてくれたみたい。
眩しさに目を閉じていたままだった米俵の私は、ドサッ、と乱暴にどこかへ降ろされた。痛くない。痛くないけどこの感触って。
「さて」
声にそろりと目を開ける。
やややややっぱりここ寝台じゃない!!
何のつもりでここに下ろしたのか知らないけど、何のつもりがなくても駄目ですよ!私達お互いに名前も知らない出会ったばかりなんだから!!
って………え??
私をお米にしたこの男の顔。よくよく見たらとんでもなく顔面偏差値高かった。
そして物凄く見覚えがある。
あるったらある。
何となーく距離が近付いてきてる気がして、ジリジリと後ろに下がっていく私。
うん、距離感って大事よね。ね?
そんな私の動きを見て、目の前のイケメンは目も眩むようなキラッキラの笑顔を見せた。殺す気か?
「そもそも魔法で追跡かけてるから無理だけど、逃げたらコレ」
男性は親指を首元に持ってきて横にすーっとずらす。
あっ。殺す気でしたか。はい。
降伏宣言の代わりに首を縦に思いっきり振った。抵抗しませんよー!
だって、だってこの人。
暴君と噂の皇太子、ライト・ラキア・エンドゥーブル第三王子なんだもの……!
前世で主題歌を歌ってた私のビジュアル推し。顔がいい。声もいい。でも女癖が…っていうのが私の評価。でも、この世界での彼はそんな軟派な噂なんて全く聞こえてこない、逆らう者は魔法で捻じ伏せる暴君という評判だけがうちの国にまで届いていた。
「お前、名前は?一応言っとくけど、嘘とか誤魔化しがバレたら……」
「……メロディ!メロディ・タウ・イグレアです!こ、殺さないで…」
ううう。
ここにきてこの人に見つかったとか、なんて運が悪いの。私がシンシアでない事がもうバレたなんて。もう交渉どころの話じゃないレベルに怖いんですけど!
勝手に震える声と体に、生理的な涙が出てくる。その時。
ごくん、と、何故か生唾を飲むような音がして私は俯いていた顔を上げた。
「……その声、もっと聞かせろ」
「ぇ……っひゃあぁ!」
腕を取られて頭の上で押さえつけられる。体もベッドに倒されて、まさにまな板の上の鯉。
え?私もしかして食べられる?
そんな呑気な思考はすぐにどこかへいった。
「っひっ……やぁっ、……ぅん」
耳の下から喉に向かって舐められ、変な声が出る。抑えようと思っても手は使えないし、体は擽ったくて揺れてしまう。
な、なんでこんな官能的な事されてるの??!
私、何の取り柄もない地味な姫なのに!
はっ、はっ、っと短く呼吸をしなければとんでもなくいやらしい声になりそうで、それで何とかやり過ごす。ひっ、ひっ、だと、ふー、まで言っちゃいそうだからやめておこう。
何の拷問か分からないけど、迂闊な事は言えない。お国の一大事だもの…!
「いいな、その声。なぁ、もっと啼いてよ。さっきの歌、もっと聞かせてくれよ……」
そう言いながら体を撫でさするの止めてもらえませんかね!声はともかく、歌なら今すぐなんぼでも歌いますから、どうかその手を離して―――ん?歌??
「え…?私の歌知ってるんですか?」
「―――は?」
前世の、あの歌。
音井詩がメジャーデビューした曲で、最後の曲になったあの歌を。
この人は知っている?
ゲームの主人公だからって、主題歌は知らないわよね……?
目の前の皇太子と思われる人物の目が驚きに見開かれる。
「おまっ!いや、君は、君にも前世があるの、ってか日本人!?名前は?」
矢継ぎ早に質問されて、どれにも答えることが出来ず、取り敢えず最後の名前を答える事にした。だって主題歌を知ってるくらいだから、私の名前も知ってるでしょ?
「は、はい。私の前世は―――」
「音井詩子、です」
「音井詩?」
彼と口にする言葉が重なった瞬間。
―――男は迷いなく私のドレスを引き裂いた。手で。
「ひ、っきゃああぁああっっ!!」
ななななななんでっ?!!
前世日本人で、ゲームの主題歌聞きたいって、言ってたじゃない!?
嫌いだったの??!
聞きたくもない歌聞かせやがって、ってこと??いや、聞かせてくれ、って言ったよね?ね?
それが何で私をひん剥く事に繋がるの?
誰か通訳して?!!!
恐怖で言葉が出てこない私に、暴君は更に追い打ちをかけた。
「悪いな。今すぐあんたを抱く。既成事実にして、最短で結婚式だ。しきたりとか待ってらんねー。……詩さん、すげー好きだ」
「えっ?え、え、え??んむぐっ」
抱く?
抱くって、抱擁の事……じゃないですね、はい、え、えええええっちする、って事???!何で?!!
私の心は嵐が吹き荒れ、最初の『抱く』って台詞以外は頭に入ってこなかった。というか、処理出来なかった。だって今まさにこの瞬間も彼にキスされたまま動けないんだもの!!
角度を変えてきたり、舌も入れられて、撫でられ吸われ、息が苦しくて酸欠状態。まともな思考は残っていなかった。
上手すぎる……というか、前世でも今世でも経験が無いから比較しようも無いけど、見た目どストライクなこの人に迫られて、正常なままでいられるはずもなく。
心も体も蕩けてしまった私は、うっとりと皇太子を見つめていた。その時。
「待ちなさいそこの発情王子―――!!」
「っってぇ!!」
小気味良い音が皇太子の後頭部からスパンと響く。そこにはハリセンを構えた侍女の―――ルーナさんの姿があった。
「女の子部屋に連れ込んだと思ったら早速なにヤッてんですか!!この野獣!猿!ケダモノ!!」
そう言ってルーナさんは私のすぐそばに来て膝をつく。
「大丈夫ですか?な…!こんなにボロ雑巾にされて……!大丈夫ですよ、あの発情犬のお金でドレスの10枚や20枚、弁償させますからね。とりあえず今はお召し替え致しましょう」
ルーナさんは私の惨状を見て顔色を変えたが、すぐにシーツのような布で私の体を包み、ドレスの惨状を分からなくしてササッと寝台から連れ出してくれた。
ボロ雑巾と言われたけど、実はドレスの中に更に服みたいな下着を着てるし、コルセットもあるから、前世の記憶がある私にとって裸にされた、って感覚はないんだけどね。
ただ、ちょっとふら〜っとする。
足元が覚束なくてすみません。あのテクニシャンのせいです。
「あ、おい!ルーナ!」
「言い訳ならそこにいる弟にどうぞ」
ルーナさんはふん、と鼻を鳴らして寝室らしき部屋から出る。すれ違ったモーニングコートを着た弟さんらしき人も侍従なのかな?
何だか話し掛け難いオーラをひしひしと感じるのだけど、きっとあの暴君のせいだろう。うん。




