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第94話 侵入

 まだ夜が開ける前のダークエルフの里は、昼間の賑やかさが嘘のように静寂に包まれていた。

 里の唯一の酒場の前には人が倒れているが、どうやら酔い潰れているだけで生きているようだ。

 そんな光景など気にもとめずに、仮面を着けた大柄の男は一人目的地へと向けて歩いていた。

 ムロである。

 時折、一人言のようにぶつぶつと呟いているその姿は、事情を知らない人から見れば不審者と間違われるであろう。


「地下室の鍵?」


(そうです。カーラング家の地下室へ入るには鍵が必要です。鍵といっても普通の扉の鍵ではありません。カーラング家に連なる者の魔素にだけ反応をして、自動的に扉が開くようになっているのです。もしも、それ以外の者が扉を開けようとすると、束縛の魔法が発動してしまうのです。その防犯術式を作ったのは私で、もちろん私にも扉が開くように設定をしているのですが……)


「なんだ、それなら何も問題ないのではないか?」


(いまの私は己の体も魔素も持たない、ただの記憶の情報に過ぎません。この状態で試したことはありませんが、防犯術式が作動してしまう確率が高いでしょうね)


「それは試したくはないな…… その術式自体を解除することは出来ないのか?」


(そこでムロさんの出番ですよ。貴方はトレジャーハンターなのでしょう? この手の防犯術式などは、遺跡でもよく使われているのではありませんか?)


「実際にその扉を見てみないとなんとも言えないな。遺跡に仕掛けてあるような古いトラップとは勝手が違うだろうからな」


(クックック、期待していますよ)


 繁華街を抜けてしばらくすると、目的のカーラング家の跡地が見えてきた。

 ムロは周囲に人がいないのを確認をして、草に囲まれた地下室の扉へと近付いていく。


「ふむ、この扉だな。やはりいまの状態のDでは、扉に近付いても何の反応もしないか。防犯術式が刻んである場所は何処なんだ?」


(術式はダミーの鍵穴の裏に刻まれています)


「ふむ、ここか…… 設置式の防犯術式を維持するには、動力となる魔素が必要だ。定期的に人力で魔素を補給するか、もしくは術式を維持する為の魔石が何処かに仕組まれているはずだな」


 ムロは扉の周囲をぐるっと回り、怪しい所がないか注意深く観察をする。


「特に怪しい場所は見当たらないな。魔石の魔素量によっては数十年以上交換の必要がないから、地中に隠されている可能性もあるな。そうなると、ここが怪しいな。ほんの僅かにだが、この場所だけ雑草の色が濃くなっている」


 ムロは荷物から小さなシャベルを取り出して、違和感を感じたその場所を掘り返した。


「お、石の箱が埋まっているぞ。思った通りだな。魔石から漏れだす魔素によって、この部分の雑草だけ枯れるのが遅くなっているんだ」


 埋まっていた箱のふたを開けると、中には小さな魔石が入っていた。


「これを外せば一時的に術式も機能しなくなるだろう」


 カチ


 ムロが箱から魔石を取り出すと、扉の方から鍵の開く音が聞こえてくる。


(お見事です。どうやら無事に扉の鍵も開いたようですね)


「まあ、古い仕掛けだったからな。て言うか、これくらいの仕掛けなら、Dは初めから分かっていたんじゃないか?」


(クックック、こう見えても私はイタズラ好きな性格なんですよ)


「やれやれ…… なんとも人間味にあふれるインテリジェンスアイテムなことだ…… 夜が明ける前にさっさと用事を片付けるぞ」


 軽く肩をすくめながら、ムロは地下室の階段を降りていった。


「ふむ、さすがに明かりがないと何も見えないな」


 ムロは荷物の中からランプを取り出す。


(それは魔石式のランプですか?)


「ああ、そうだ。オイル式のランプだと匂いで侵入の痕跡が残ってしまうからな。まあ、カムジさんならすぐに侵入の痕跡を察知するだろうから、気休め程度にしかならないがな」


(もしも私たちのことがバレても、勝手に入ったことを謝れば平気ですよ。ミーシャさんにさえ見つからなければ大丈夫です)


「その時はDに責任を押し付けるからな。俺はカムジさんに嫌われたくないんだ。それで、封印の間へと通じる転移陣は何処にあるんだ?」


(この通路を真っ直ぐ進んで、突き当たりの部屋になります)


 ムロはドルビィの指示通りに地下室の通路を進んだ。

 途中に幾つかの部屋があったが、ドルビィの話では食堂や寝室になっているらしい。

 夜明けまでは時間があるが、不意にカムジが訪れるかもしれないので、他の部屋に気を取られずにムロは封印の間へと急いだ。


「ここか?」


 通路の突き当たりにある扉の前でムロは立ち止まった。


(はい、この扉にも防犯術式が仕組まれています。地下室への扉が昔の術式のままだった事を考えると、この扉も古い術式のままでしょうね。先ほどと同じように頼みましたよムロさん)


「同じようにと言われてもな……」


 ムロは苦笑いをしながら周囲を観察するが、扉の回りには壁以外何もなく、動力源を隠せるような場所は見当たらなかった。


「見た感じでは、魔石を隠せるような場所は何処にもないぞ? あるとすれば壁の中だが、そうなると壁を破壊する以外に見つける方法はない。時間もないことだし、もしもDが場所を知っているのなら教えてくれよ」


(……いえ、少し変ですね。この扉からは、魔素の流れが一切感じられません。防犯術式が作動していない? あり得ません。あるとするならば…… ムロさん、このまま扉を開けてください)


「おいおい、大丈夫なのかよ。術式が発動して拘束をされるのなんてごめんだぞ?」


(大丈夫ですよ。まあ、私たちからすれば最悪の展開なのですが)


 不満げな表情を浮かべながらムロは扉の取っ手を回した。


 ガチャ


「あれ? 扉が開いてる? どう言うことだ? 防犯術式どころか鍵すら付いてないぞ?」


(……やはりそうでしたか。転移陣そのものが無くなっている可能性も考えていましたが、どうやらその予想が的中をしてしまったようですね。ムロさん、部屋の中に入って下さい)


 ムロは罠の可能性も考えて、慎重に部屋の中へと足を踏み入れた。


「何にもない部屋だな……」


(本来であれば、部屋の中央に転移陣の台座があるはずなのです。こう言う状況も想定をしていたとはいえ、実際に目の当たりにすると落胆の気持ちが大きいですね)


 念のためにムロは部屋の中を調べるが、特に怪しい箇所は見当たらないなようだ。


「どうするんだ? 念のために他の部屋も調べておくか?」


(いえ、元より関係者以外が訪れない場所ですし、転移陣を他の部屋に移動させる必要性もありません。恐らくは、二度と誤って転移陣に入ってしまう者が出ないように、転移陣そのものを撤去したのでしょう)


「誤って入った? 過去にそのような者がいたのか?」


(……今ここでその話をする時間はありません。カムジさんがここに来る前に、私たちは一旦宿屋へと戻りましょう)


「分かった」


 ムロは侵入の痕跡が残ってないかの確認をして地上へと戻った。

 地下室では気付かなかったが、すでに夜は開けているようで空はすっかり明るくなっていた。


「地下室でのんびりしていなくて正解だったな。まだ人通りが少ないうちに、急いで撤収をするか」


 ムロは叡智の仮面をはずして、早足で宿屋へと戻っていった。

 宿屋では朝食の準備中のようで、食堂の方から良い匂いが漂ってくる。

 受付にも係員はおらず、ムロは安堵した顔で二階への階段を上がっていった。


「これなら俺が夜中に外出していたのは、誰にも見られていないな。廃墟になっているとは言え、カーラング家の跡地に不法侵入したなんて知られたら、これからこの里での滞在ができなくなってしまうからな」


 ムロは音を立てないように自身の部屋へと入っていく。


 パタン


「ふう、緊張をした…… それでどうするんだ? カーラング家の転移陣とやらは撤去されて無かったし、もう悪魔の岩山内部への侵入は不可能じゃないか?」


(そうですね…… 私のアジトに戻れば、昔作った封印の間へと通じる転移のスクロールがあるのですが、この場所から取りに行くのには距離があります。何よりも、それにはランゲル王国北部にあるアム山脈を越えなければなりません。あの極寒の豪雪地帯を進むのは、ムロさんにはいささか荷が重いでしょう)


「アム山脈か…… 砂漠地帯で活動をしている俺にとって、まさに相性が最悪の場所だな」


(それに、少しばかり私は勝手な行動をやり過ぎました。恐らく今アジトに戻れば、そのまま軟禁をされて外での行動を制限されるでしょうね。クックック、勿論その時は私を連れて帰ったムロさんも一緒にです)


「笑い事じゃないだろ…… Dのアジトに行くのは無しだな」


(私の家族は気の良い人物なので、きっと退屈をしませんよ? まあ、冗談はこの辺で止めて、他の方法となると難しいですね)


「いっそのこと、大地の精霊に直接お願いでもしてみるか? 都合が良いことに、ライムさんが大地の精霊を呼んでる儀式中じゃないか。悪魔の岩山に行って、俺がライムさんに協力を頼んでやろうか? ははは、なんてな。冗談だから怒るなよ?」


(……)


「いや、だから冗談だよ…… ライムさんと接触をすると言うことは、邪神の少女に近付くことにもなるからな。さすがに危険すぎるのは理解をしている。そんなに怒らなくてもいいだろ?」


(……いえ、中々良いアイデアですねえ。たとえドーラさんに接近をしたとしても、私の存在がバレなければ良いのです。儀式に成功をして、大地の精霊が現れたらその後は私に任せてください。大地の精霊には弱みがあるのです。この叡智の仮面には従わなければいけない理由がです。きっと快く私に協力をしてくれるでしょう)


「うげ…… マジでその作戦をやる気なのか? 俺は危険なことには協力をしないと言ったよな?」


(クックック、大丈夫ですよ。仮に何かがあったとしても、ムロさんは私に操られていて何も覚えていないとでも説明をして下さい)


「そんな子供みたいな言い訳が通用するかね…… それに大地の精霊の体を手に入れたら、その後は邪神の少女との戦闘になるんだろ? 戦闘に巻き込まれて死ぬなんてのは勘弁して欲しいんだがな」


(私のターゲットは邪神のみです。ムロさんは勿論、ご友人のライムさんやこの里の住人にも、一切の危害をくわえないことを約束しますよ。必ずや私が皆を護ります。そう、ドーラさんのことも私が……)


「そもそもの話だが…… Dは本当に邪神の少女に勝てるのか?」


(必ず勝てます。大地の精霊の体を手に入れれば、その体の魔素を用いて私自身が魔法を使えるようになります。本来の私の魔素では無いので無詠唱魔法は使えませんが、大地の精霊の体に私の魔法技術が合わされば、私に勝てる者などこの世に存在しないでしょう。それに、私には取って置きの切り札が二つあります)


「取って置きの切り札?」


(私は無駄に長生きをしてきたわけではないのですよ。邪神を滅ぼす魔法はすでに完成をしています。そして、もう一つの切り札…… クックック、賢者の残した悪意の結晶とでも言いましょうか。邪神すらをも凌駕する力を持つ、最強のワイバーンです)

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