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第93話 賢者への疑惑

「へー、雑貨屋さんで新しい賢者さんに会ってたんだ」


「はいです。どうやら、あの店に注文していた品物を受け取りにきたみたいです」


 ダークエルフの里の宿屋に戻ったラトは、雑貨屋での出来事をドーラに報告をしていた。


「どんな人だったの?」


「単純な魔素量では、先代賢者の体を奪ったドルビィよりも大きかったです。まあ、ふざけた感じではぐらかされたし、間抜けそうだったから見逃してやったぞです。聞くところによると、歴代最強の賢者だと言う話だです」


「フシュー、歴代最強とな…… フォークラム火山で我の前に現れたドルビィは、紛れもなくこの星の生命において比類なき魔素を誇っておった。あのドルビィよりも大きな魔素となると、紛れもなくその者は化け物じゃろうな」


 ドーラたちより先に宿屋へと帰っていたライムとミーシャは、興味深そうにラトの話を聞いている。


「新しい賢者の話なら私も少し知っているぞ。数年前に先代賢者が行方不明になった後、次の賢者を決めるための魔術大会が王都で開催されたんだ。その大会で圧倒的な強さをみせて優勝した人物が今の賢者だ。当時、私にもその大会への招待状が届いたけど、そう言うのは面倒くさいから、私は参加を辞退をしたんだ。まあ、私がその大会に参加をしていたら、そう簡単には優勝は出来なかっただろうがな」


 自信満々に言い放つライムのことを、少し冷めた表情でラトは見つめている。


「な、なんだよ…… これでも魔法の扱いには多少の自信があるんだからな。先代賢者だって単純な強さではなく、魔術の研究などを評価されて賢者に選ばれたって話だし…… まあ、先代賢者は多くの新しい術式などの開発に成功をして、歴代でも最高の賢者と呼ばれていたがな。ただし、純粋な魔術師としての強さでは、今の賢者の方が遥かに上だとの評判だ」


 ラトの無言の圧力に、ライムはきまりが悪そうな顔をしている。


「お前程度の魔素量で、よくそこまで自惚れていられるな。ある意味、感心するぞ。まあ、ライムの魔法技術のことは知らないが、今のお前なら負けることはないだろう。あの賢者には怖さが全く感じられなかった。あたいはそう言うのには敏感なんだよ。いくら膨大な魔素を持っていようとも、あの程度では先代賢者の体を奪ったドルビィの足元にも及ばないだろうな。ドルビィの強さの本質は、長年培われた魔法技術と、数多くの術式を己の魔素に刻んで無詠唱化していることにある。あたいでも模擬戦での勝負では、一度もドルビィに勝ったことがないんだ。ドルビィとあたいじゃ、相性が最悪なのもあるがな。まあ、お姉様から力を与えられた今のあたいなら、相性など関係なく当然あたいの圧勝だ。お姉様がドルビィを倒してしまったから、当分はリベンジの機会がなくなって悔しいけどな。それよりも気になるのは、賢者が仕えている姫と呼ばれる人物だ。あの様子だと、賢者よりもかなりの上位者の可能性が高い。ライムは姫と呼ばれる人物に心当たりはないのか?」


 ガタ!


 ラトの話を聞いたミーシャは勢いよく立ち上がり、ベットに座っているドーラの肩に掴みかかった。


「ドルビィを倒したとはどう言うことじゃ!」


「あ、えっと…… ふひひひ、言いづらくて黙っていましたが、実はドルビィさんはもう倒しちゃいました」


 ドーラは目をそらしながら苦笑いをしている。

 唖然としているミーシャに、ドーラはドルビィと戦った時のことを説明をした。


「な、なんと…… あのドルビィをいとも容易く……」


「あ、でも私は止めを刺しただけで、実際はダイフクが倒したようなものですよ」


「ワン」


 ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。


「フシュー、やはりダイフクは強いのじゃの。ドルビィは我が倒したかったのじゃが、終わってしまったことは仕方がないのう。ともあれ、叡智の仮面が健在と言うことは、今もドルビィはどこかで生きているはず。見つけたらこの手で粉々に砕いてやるのじゃ。我から奪った魔素を利用して、最強のワイバーンも完成をさせているはずであろう。フシュー、そっちは我の手で片を付けようぞ…… ドーラは手を出すでないぞ……」


「あ、はい……」


 ドーラの目が完全に泳いでいる。


(ミーシャさんはやる気満々だけど、最強のワイバーンさんも多分倒しちゃってるんだよな…… まあ、時間が経てばミーシャさんも飽きて忘れてくれるよね)


 そんなわけはないが、ドーラは常にポジティブなのであった。


「ドルビィのことは一先ず置いておいて話を戻そう。ライムは姫と呼ばれる人物について何か情報は知らないのか?」


 口を開きながら唖然としているライムは、ラトの言葉で正気に戻った。


「え、姫? うーん…… ちょっと分からないな。賢者が仕えているのならば、イスカリ法国の有力者の娘かな? いや、法国の要人がこの国に滞在しているとは考えづらいか。なにせ、ランゲル王国とイスカリ法国は昔から仲が悪いんだ。大きな戦争が起こったことはないが、聖女を取り合って昔から政治的に対立をしているからな」


「父が残してくれたガイドブックにも載ってましたよ。この国は魔族領との戦争以外にも、隣国とのいざこざが絶えないんですよね。なんで賢者さんは母国ではなく、仲の悪いランゲル王国にいるんですか?」


「詳しい事情は分からないが、賢者が魔術大会に参加をしたのは法国が裏で糸を引いていたらしい。自国の魔法技術を誇示するためのプロパガンダみたいなものだな。法国の思惑通りに、圧倒的な強さで賢者は魔術大会に優勝をした。しかし、大会が終わっても賢者は法国には戻らずに、そのままランゲル王国に亡命をしてしまったんだ。ことの経緯は発表をされていないが、亡命してから怪しい組織を王都で結成しているとの噂を聞く。冒険者界隈では、とにかく胡散臭い人物という評判だな。賢者がこの国に来てから、急に子供の失踪事件が多発するようになったんだ。しかも不思議なことに、失踪して数日が経つと、居なくなった子供がふらっと家に帰ってくるんだ。失踪している間の記憶を全て無くしてな」


「なんとも怪しい話じゃな。この国の王は、そんな人物を野放しにしておるのか?」


「野放しにしているわけではないようだが、かなり自由な権利を賢者に与えているらしい。まあ、基本的に超越者と喚ばれる名無しには、国への忠誠を誓うかわりに、その者の行動には一切制限をしないというのが慣わしだからな」


 ライムの話を聞いたラトは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん、そんな馬鹿げた慣わしがあるから、先代賢者は多くの子供を犠牲にして、己の欲求のままに魔術の実験をしてきたんだろ? ライムの話を聞いた限りでは、今の賢者も同じように子供を使って、非道な実験でもしているのかもしれないな」


「なんだと? 先代賢者が子供で実験を? それは本当の話なのか?」


 先代賢者の闇を知らないライムは、ラトの言葉に驚愕の表情を浮かべている。


「ああ、間違いない。その話を聞いたからこそ、ドルビィは先代賢者の体を奪うことにしたんだ。死んで当然の悪人からしか、ドルビィは体を奪わないからな。あの時のドルビィの怒りに満ちた表情は、今思い出しても震えがおこる……」


「へー、ドルビィさんって昔はいい人だったんだね」


「はいです。あいつは本当に子供が大好きないい奴で…… でも、あの賢者の体を奪ってから、ドルビィの心は次第に壊れてしまい……」


 ラトはとても悲しそうな表情を浮かべていた。

 そんなラトの様子を見て、ライムはある疑問をラトに投げかけた。


「でも、それっておかしくないか? 300年前に聖魔戦争が起こった原因は、魔神の眷族であるドルビィが、人族への宣戦布告をしたのが発端だと聞いている。何故、そんなに子供が好きで良い奴が、大陸中を巻き込む戦争を始めたんだ?」


「ああ、あれか…… あの争いの発端は……」


「ワン」


 何かを察知したダイフクが、話の途中でドーラに知らせる。


「どうしたのダイフク? あ、カムジさんが宿屋に来たのか。欠かさずに周囲の探知をしてるなんてダイフク偉いね」


「ワン」


 ドーラに誉められたダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。


「カムジならあたいが対応するです。この時間に来ると言うことは、緊急の要件かもしれないです」


 ラトはベッドから飛び降りて、勢いよく部屋のドアを開ける。


 バーン


 ドアの前には、ノックをする寸前のカムジが立っていた。


「……え?」


「こんな時間にどうしたんだカムジ?」


「い、いえ、よく私が来るのが分かりましたね?」


「細かいことは気にするな。で、要件はなんだ?」


「はい、先ほどカーラング家の跡地に行ってきたのですが、何者かが地下室に侵入した形跡がありまして……」

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