第92話 ラトと賢者
アダマスの森でレイビィの魔素を増やす作業を行っていたドーラは、フィーネが帰った後に叡智の仮面についてラトと話をしていた。
「へー、そうなんだ。仮面だけのドルビィさんは、被った人と会話が出来るだけで、その人の体を乗っ取ったりすることは出来ないんだ」
「そうだです。叡智の仮面に刻まれたドルビィは、あくまでも過去の記憶の情報だです。この世界の全ての生命は、魂の在処たる魔素に存在の本質があるぞです。叡智の仮面で記憶を、大鎌デスサイスで魔素を引き継ぐことで、ドルビィの転生術は完成するぞです。ドルビィの魔素は今はレイビィが持っているから、ある意味ではレイビィが本物のドルビィだです。叡智の仮面に刻まれたドルビィは、言うなれば複製されたもう一人の存在だです。ただし、あたいには難しいことは良く分からないが、ドルビィが言うには己の存在を決定付けるのには、常識や理屈だけでは不十分だと言っていたです。我思う、故に我あり…… ドルビィの口癖だです」
「んー、なるほどね。その考えだと、やっぱり本当のドルビィさんは仮面の方だと思うな。ドルビィさんの記憶がないレイビィは、新しく生まれ変わった別の存在なんだろうね」
「クックック、始めから私はドルビィなどと言う者ではありませんよ。私と言う存在は、主たるドーラ様によって作られた時から、レイビィ以外の何者でもありません」
レイヴィは跪いてドーラへの忠誠心を示している。
「あ、そうなんだ。まあ、たまにアイスキャンディーを買いに行ってくれれば、どっちでも良いけどね。それにしても、仮面のドルビィさんは何処に行ったんだろうな。仮面の状態じゃ一人で移動は出来ないはずだよね? 荒野に見に行った時には、腐った死体だけしか残っていなかったし」
ドーラの素っ気ない対応にレイビィは肩を落としている。
「大方、近くを通りかかった冒険者にでも拾われたんだと思うぞです」
「えー、死体のつけていた仮面を? 荒野は日差しが強かったから、死体が腐って臭いがキツそうだよ?」
「叡智の仮面は、見る人が見れば一目で価値が分かる代物だです。多少の臭いが付いていても、冒険者が見つけたのなら持っていくぞです。問題はその後だです。持ち帰った者が叡智の仮面を被ったのか、もしくは何処かに売り払ったのか。いまだにアジトに何の連絡もない事を考えると、売り物として扱われている可能性が高いと思うです」
「売り物かあ…… あ、そうだ! ラトも秘密結社ノーメンに加入をしたんだから、ラトの分の仮面を買いに行かなくちゃね。少し遅い時間だけど、アダマスの雑貨屋さんはまだ営業しているかな? ダークエルフの里に戻る前に寄って行こう」
「はいです」
ドーラはディメンションワームで目の前に黒い靄を出した。
「フィーネさんもあと少し帰るのが遅かったら、アダマスの街まで送ってあげたのにな。あ、でもディメンションワームで送ったら、私の力もバレちゃうか」
「いっそのこと、フィーネも秘密結社ノーメンに勧誘したらどうだです?」
「んー、そうだね。しばらくは作業に参加をしてもらうんだし、いっそのことこっち側に引き入れちゃおう。それじゃあ、フィーネさんの分の仮面も買っておかなくちゃね。明日フィーネさんが作業に来たら渡してあげよう」
フィーネの意見などお構いなしで、勝手に話が進められるのであった。
ドーラたちはアダマスの雑貨屋に移動をすると、一階にある仮面の棚で目的の能面を見つける。
「あ、あった。在庫が残ってて良かった。ふひひひ、ラトが加入して人数が増えたから、少しは秘密結社っぽくなってきたかな?」
「ライムやミーシャも秘密結社のメンバーなのかです?」
「え、違うよ? 秘密結社ノーメンは作ったばかりだし、メンバーは私とダイフクとレイビィの三人しかいなかったから」
「それなら、あの二人の仮面も買っていくです。エレメンタルドラゴンのミーシャなら戦力にもなるし、お姉様に強化をしてもらったライムだって相当な強さがあると思うぞです」
「んー、別に私たちは誰かと戦うわけじゃないんだけどな。まあ、一応みんなの分も買っていくか。カムジさんたちの分はどうする?」
「あいつらは私の部下だから仮面は必要ないです。カムジはそう言う細かいことを気にする奴だから、仮面を渡してもきっと受け取らないぞです。もしも、向こうからノーメンに入れてくれと言ってきたら、その時にお姉様が加入を認めるか決めてくれです」
「それじゃあ、その時に能面が売り切れてなかったら、カムジさんも秘密結社のメンバーに入れてあげよう」
恐ろしくハードルの低い加入条件である。
「それじゃあ、私は会計をしてくるね。ラトは商品でも見ながら待ってて」
「わかったです」
「ダイフクも一緒にいく?」
「ワン」
ドーラとダイフクは、ラトをその場に残して会計カウンターへと向かった。
一人残されたラトは雑貨屋の店内を見渡した。
「この時間は客が少なくて良かった。初対面の人で混雑している場所では、あたいは緊張して気分が悪くなるからな」
300年の間アジトに引きこもっていたラトは、極度の人見知りに成長しているのだった。
カランカラン
ラトが商品を見ながら時間を潰していると、雑貨屋の入り口から魔術師風の男が入って来る。
ゾク
「!!! 何だアイツは! とんでもない魔素量をしているぞ!」
突然現れた謎の男にラトの緊張が高まる。
その男から感じる魔素量は、魔神の眷族のラトから見ても異質を放つほどに圧倒的な大きさだった。
コツコツ
男はラトのことなど気にも止めずに、二階への階段を上がっていく。
「……何者なんだ? 超越者か? この時代には、あんな化け物が平然と街中を彷徨いているのか?」
ドーラには待っているように指示をされていたが、男の存在が気になったラトは後をつけるように二階へと上がっていった。
「これはこれは、ようこそおいで下さいました。連絡をしていただければ、こちらから王都にお届けをすることも出来たのですが」
二階の店員が慌てた様子で魔術師風の男に駆け寄ってくる。
「ふむ…… 頼んでいた品が出来上がったと連絡を受けてな。私は急いではいないのだが、早く取りに行けと姫に首を絞められて殺されそうになったのだよ。こちらこそ、事前に訪問の連絡をせずに突然来てすまないな」
(姫?)
ラトは少し離れた場所から二人の会話を盗み聞きしている。
「いえいえ、滅相もない。お客様は神様ですので、いつ如何なる時でもお客様をお出迎えする準備は出来ています」
「そう言ってもらえると助かる。王都の店などでは、来店する時には事前に連絡を入れてくれとうるさいからな。別に私は、特別な接客を求めているわけでもないというのに。それで、頼んでいた品は出来ているのだな?」
「はい、すぐに持ってきますので少々お待ちください」
(頼んでいた品? あれ程の強者が何を頼んでいるんだ? 万が一にでも、お姉様に害を及ぼすような存在であれば、この場で奴のことを始末するか?)
問答無用でラトが物騒なことを考えていると、魔術師風の男がラトの方へと振り向いた。
ニコ
(気付かれた!)
ラトはドレスの中に手を入れて、いつでもスクロールを取り出せる準備をする。
「お待たせいたしました。サイズはご注文の通りに仕上げています。商品の確認をしますか」
「いや、結構だ。私が見ても良く分からないからな」
男は袋に入った商品を受け取る。
「本日はアダマスの街に宿泊をされるのですか?」
「いや、呑気に宿泊などをしていたら、帰った時に姫に殺されてしまうからな。少々勿体ないが、転移のスクロールを使って王都まで戻ることにする」
「左様ですか。御用があればいつでも御来店ください」
「うむ、それでは失礼する」
コツコツ
男は一階への階段に向かって歩き出すが、ラトの正面に来ると立ち止まって話しかけてきた。
「こんばんは、ダークエルフのお嬢さん。いや、それは肉体活性をしているのかな? ふむ、見た目通りの年齢や性別ではないのであろうな」
ピク
一瞬で肉体活性を見抜かれたことに、ラトは驚きと感嘆の表情を浮かべる。
「ほう、よく分かったな……」
ラトが掴んだスクロールをドレスの隙間から覗かせると、男は制止をさせるようにラトに向かって手をかざした。
「分かっているよ。それは必要ないから出さなくてもよい」
男は僅かに笑みを浮かべながら、懐から一枚の紙とペンを取り出して何かを書き始める。
「君の名前は?」
「名前? ラトだ」
「ふむ、ラト君か」
何かを書き終えた男は、その紙をラトへと渡す。
「それでは失礼するよ」
男は優しく微笑むと、一階への階段を下りていった。
「……何だあいつ? この紙はいったい?」
ラトは渡された紙を確認する。
『賢者より、ラト君へ』
「おや、サインを貰ったのかい? 良かったねお嬢ちゃん」
一部始終を見ていた店員が、ラトに近付いて話しかけてくる。
「サイン? あの男は何者なんだ?」
「え? もしかしてお嬢ちゃん、あの方を知らないのかい? まあ、確かにあの方が新しく就任をしてからまだ数年しかたっていないし、お嬢ちゃんくらいの年齢だと興味がないのかな? あの方は賢者様だよ。数年前に行方不明になった先代賢者様の後を継いだ、歴代最強ともいわれている現在の賢者様さ」
「現在の賢者? ドルビィに体を奪われた賢者の後継者か」
「え? ドルビィ?」
「いや、何でもない。お前の聞き間違いだ」
「そ、そうかい…… あ! 良く見たらお嬢ちゃんの着ているドレスは私の作った物じゃないか。えーっと、仮面をつけた魔術師の方が買っていったんだっけかな?」
「なに! このドレスはこの店の商品だったのか。おい、その魔術師は他に何かを買いに来なかったか?」
「うーん、そのドレスを買っていってからは店に来ていないね」
「そうか…… もしも、そいつがまたこの店に来ることがあったら、フラフラと遊んでないでアジトに連絡を寄越せと伝えてくれないか?」
「ああ、構わないよ。そのように伝えておくよ」
「それと、さっきの賢者は何を買っていったんだ?」
「悪いけど、他のお客様の情報は教えるわけにはいなかいかな。守秘義務は客商売の基本だからね」
「そうか、分かった。賢者の言っていた姫と言う者のはこの国の姫なのか?」
「賢者様が使えている方らしいけど、いったい誰なのかは私には分からないね。注文された品から考えて…… おっと、危ない危ない。うっかり商品のことを口走ってしまうところだった。まあ、この国の姫ではないと思うよ。私の予想では、お忍びでこの国に滞在をしている他国のお姫様ってところかな。人前に姿を現すことはないけど、国王からの援助を受けているって噂も聞くしね」
「ふーん、謎の姫ね。その感じだと、この国の王族の隠し子の可能性もあるな」
「しー! 滅多なことを言うもんじゃないよ! ま、まあ、確かにその線の可能性もあるんだけどね……」
(あれ? ラトがいない? 迷子になったのかな? ラトー、何処にいるのー)
一階から会計を終えたドーラの声が聞こえてくる。
「あ、しまった! お姉様が会計から戻ってきている! 情報を感謝する。仮面の魔術師への伝言も頼んだぞ」
ラトは慌ててドーラの待つ一階へと走って行った。




