第91話 近付く再開の日
ダークエルフの里に入り宿屋へと移動をしたムロは、部屋の鍵を閉めると再び叡智の仮面を被ってドルビィとの会話を始める。
「さて、これからどう行動をするんだ? そもそも、俺とDが交わした契約はお前を悪魔の岩山に連れてくるまでのはずだ。はっきり言って、ここから先は厄介なことに巻き込まれそうに感じている。これ以上の深入りはあまり気が進まないのだがな」
(……里の状況も少々面倒なことになっているようですしね。ドーラさんの仲間の精霊巫女とやらが、大地の精霊を呼び出して何をするつもりなのかも気になります。あと少しだけでよいので、ムロさんに協力をしていただけると助かるのですが…… せめて、カムジさんの所まで私を連れていってもらえませんか?)
「まあ、ここまで一緒に旅をして来たのだし、それくらいなら構わないさ。俺も久しぶりにカムジさんに会いたいしな」
(……少しプライベートな事を聞きますが、カムジさんとはただの冒険者仲間だったのですか?)
「ああ、そうだが?」
(ほ…… 良かったですよ。カムジさんは私の弟分のような存在ですので、そっちの趣向に目覚めていたら少し気まずいですからね)
「あの人は色恋沙汰には一切興味がないって言っていたからな。口癖が『己の使命を全うするために生きている』って感じの人だった」
(彼は主への忠誠心がとても高い人ですからね。昔と変わらないようで安心をしましたよ。カムジさんならば、必ずや私に協力をしてくれるでしょう。大地の精霊を呼ぶという愚かな行為など、カムジさんは絶対に許さないでしょうから)
「よし、それじゃあカムジさんに会いに行くとしよう。日中の時間帯だが、自宅にいてくれると良いのだがな」
ムロは宿屋を出るとカムジの家へと向かった。
叡智の仮面をつけた状態で街を歩くと目立つので、仮面は外して懐にしまっている。
「カムジさんの家は繁華街を抜けた住宅地だったな」
ダークエルフの里はそれほど広くないので、15分ほどの時間でムロはカムジの家へと到着をする。
「ふむ、玄関にカーラング家の家紋が飾ってある。ここがカムジさんの家で間違なさそうだ」
住所が変わっていないことにムロは安心をした。
コンコン
「カムジさん、おひさしぶりです。アダマスの冒険者ギルドに所属しているムロです。少しお話があって訪ねたのですが」
シーン
カムジの家からは誰の返答もなかった。
「カムジさん、居ませんか?」
コンコン
再度ドアを叩くが、やはりカムジの反応はなかった。
「ふむ、留守だったか。どうしたものか……」
ムロは周囲を見渡して誰も居ないのを確認すると、叡智の仮面を被ってドルビィに話しかける。
「どうやらカムジさんは留守のようだぞ。Dはカムジさんが居そうな場所に心当たりはないのか?」
(そうですね…… カーラング家の跡地に地下室が残っているかも知れません。もしも、その場所にカムジさんが居るのであれば都合がいいですね。封印の間に通じる転移陣があるのもその場所になります。カムジさんの協力があれば、すぐにでも大地の精霊の体が手に入るかもしれません)
「なら、そっちを当たってみるか?」
(いえ、その前に悪魔の岩山の頂上に向かってもらえますか? 精霊巫女の儀式とやらを、一度確認しておきたいのです)
「ライムさんの所か? もしかしたら、邪神の少女がいるかもしれないぞ?」
(少々危険ではありますが仕方がありません。いま大地の精霊に降りて来られたら、色々と厄介な状況になりますからね。事と次第によっては、儀式そのものを阻止をしなければなりません。まあ、大地の精霊を呼ぶには特殊な術式が必要なのですが、その術式は私と私の家族しか知りません。取り越し苦労だとは思うのですが、なるべく懸念は排除しておきたいのです。もしもドーラさんがその場に居たとしても、いまの私は魔素を持たないただの仮面ですので、近付かなければ発見されることもないでしょう)
「分かった。それでは遠くから儀式の様子を確認するだけにしておくか」
ムロはカムジの家を離れて悪魔の岩山へと向かった。
正門の衛兵が言っていた通りに、悪魔の岩山では精霊巫女の儀式を見物しようと多くの観光客が訪れていた。
「聞いていた通り、凄い数の観光客だな。確かに悪魔の岩山は人気の観光地だが、普段ならどちらかと言うと養生目的の冒険者が多いのだがな」
山道を登っていく観光客に混じりながら、ムロは悪魔の岩山頂上へと登っていく。
頂上にたどり着くと人混みはいっそう多くなり、文字通りのお祭り騒ぎの様相であった。
「なんだこれは? 至るところで露店が営業しているぞ? 急遽開催されたイベントと聞いていたが、実は前もって計画をされていたイベントだったのか?」
あまりの準備の良さにムロは驚いているが、それもこれも族長の手腕のなせる技なのであろう。
観光地とはフットワークが軽いのである。
「山頂の中央に人が集中しているな。あそこがライムさんが儀式をしている場所だな」
大柄のムロは観衆の頭の上から儀式の様子を覗き込む。
「間違いないな。魔法陣の中心でライムさんが瞑想をしている。Dは術式の確認をしたいと言っていたが、俺ではライムさんがどんな術式を使っているのか全く分からないな。仕方がない、Dが術式を確認を出来るように仮面を被るか」
ムロは頭からローブを被って、なるべく目立たないように叡智の仮面を顔につけた。
(クックック、まさにお祭り騒ぎですね。突発的なイベントにしては、ずいぶんと手際のよいことです。カーラング家が滅んだ後は、当時財務を担当していた者が里の族長になったと聞いています。何度かお会いしたことがありますが、どうやら想像以上に優秀な方だったようですね。ともあれ、あの人がライムさんですか。ふむ、ここからでは遠すぎて術式の確認が出来ませんね。ドーラさんも近くに居ないようですし、もう少し接近をしてもらえますか?)
「わかった、観衆の前まで移動をしよう」
ムロは人混みをかぎ分けながら最前列へと進んだ。
「ここまで移動をすればよく見えるだろ。術式の確認は出来るか?」
(ふむ、なるほど…… この術式であれば、大地の精霊が応えることはないですね。儀式を中止させる必要もないでしょう。それに、ライムさんはハーフスケール族だったのですね。と言うことは、儀式の目的は大地の精霊の呪いについてでしょうか? 邪神関連が目的ではなさそうで安心をしました。それに、髪の色も白くありません。ドーラさんから力を授かってはないようですね。現状さほど警戒をする人物ではありませんが、Aランクの冒険者がドーラさんから力を与えられれば、想像を絶する強さになることでしょう。油断は出来ませんね)
「俺もDに強くしてもらったが、それよりもヤバイのか?」
(悔しいですがレベルが違いますね。今のムロさんは冒険者としての上澄みにはなっているでしょうが、ドーラさんの与える力はこの世界の理から外れた非常識なものです。邪神の力とはこの世を滅ぼす力なのですよ)
「なんか俺には理解しがたい領域だな。まあ、ライムさんなら力を与えられても危険はないと思うぞ? ああ見えてあの人は、自分の恋愛にしか興味がない人だからな」
(そうであれば良いのですが…… 魔神様ご不在のいま、この世界の秩序を乱すものは私が許しません)
「魔神?」
(……いえ、何でもありません。ムロさんの聞き間違えですよ)
「そうか」
ムロの耳にはドルビィの言葉がはっきりと届いていたが、ムロはあえて聞こえてない振りをしている。
別に優しさからなどではなく、ムロはこれ以上の面倒事を避けたいだけであった。
「あ……」
(どうかしましたか?)
「ライムさんがこっちに気付いたみたいだ」
(それは不味いですね。儀式の確認も出来ましたし、もうこの場から離れることにしましょう。悪魔の岩山をおりたら、次はカーラング家の跡地に向かってください。場所は住宅街を抜けた里の外れになります)
ムロは急いで悪魔の岩山から離れて、カーラング家の跡地へと向かった。
「Dの指定した場所はあそこか。建物は無くなっているが、おそらくカーラング家の跡地で間違いはないだろう。むっ、地下への入り口から誰かが出てきたぞ。あれはカムジさんと…… 成人の女性? ま、まさかカムジさん、女性と密会をしていたのか? こんな誰も訪れない辺鄙な郊外の地下室で…… とてもじゃないが、声をかけられる雰囲気ではないぞ……」
ムロは敷地外の物影に身を隠して叡智の仮面を被った。
「おい、D! ヤバイぞ! カムジさんが女性と密会をしている。女性には興味がないと言っておきながら、実は人には言えない禁断の恋をしていたんだ…… しかも、恐ろしい程の露出狂だ。なんだあれは? ほとんど裸ではないか」
(ムロさん落ち着いてください。しかし、何故ミーシャさんがカムジさんと一緒にいるのでしょうか…… これは不味いですね、考えうる最悪の状況のようです……)
「ミーシャ? Dはあの女性を知っているのか?」
(レッドドラゴンですよ…… 人族の姿をしていますが、あの姿はドラゴン族に伝わる人化の法による仮の姿です)
「あの女性がレッドドラゴンだと? にわかに信じられないが、Dが言うのであれば間違いないのだろう。それに、それってかなり不味い状況ではないか? Dはレッドドラゴンに狙われているんだよな?」
(はい、見つかれば確実に殺されます。それにしても、何故ミーシャさんがこの場所に? まさか、私の足取りを探るために、カムジさんと接触をしに来たのですか? 先手を打たれたのは不味いですね…… いえ、カムジさんならばミーシャさんより私に協力をしてくれるはずです。ともあれ、今はカムジさんとの接触を避けた方が良さそうですね。ムロさん、残念ですが今日のところは一旦宿屋へと戻り、計画の練り直しをしましょう)
「あー、なんか悪かったな」
(何がですか?)
「俺が立てたフラグが見事に的中してしまって」
(クックック、私はそんなオカルトで怒ったりしませんよ)
「カムジさんとレッドドラゴンは何処に行ったのだろうか? まあ、いま街をうろつくのは危険のようだし、急いで宿屋に帰るとしよう」
ムロは叡智の仮面を外してローブを深く被り、早足で宿屋へと戻っていった。
「それで、これからどうするんだ? カムジさんとレッドドラゴンが一緒にいるのであれば、迂闊に接触をすることは出来ないぞ?」
(ミーシャさんがダークエルフの里に訪れる時には、いつもカーラング家の屋敷に滞在をしていました。もしも、カムジさんの自宅でミーシャさんが寝泊まりをしているのだとしたら厄介ですね。こちらからカムジさんの家に訪ねることが出来ません)
「カムジさんの協力なしに、悪魔の岩山の内部に侵入をすることは出来ないのか?」
(カーラング家の地下室に転移陣が残っていたとしても、それを作動させるのにはカーラング家に仕えていた者の協力が必要なのです。特定の魔素に反応をして転移陣が作動するように、私が防犯術式を作ったのですよ)
「とりあえず、一度その転移陣を確認しに行ってみるのはどうだ? 転移陣が使える使えない以前に、取り壊されている可能性もあるんだろ?」
(そうですね。状況が困難なのですから、出来ることからやってみましょうか。それでは、明日の早朝にカーラング家の地下室の調査に行ってみましょう)
「そう言えば、邪神の少女はライムさんと一緒にはいなかったな。何処かで別行動をしているのだろうか?」
(出来ればお会いしたくはありませんが、所在が不明なのは少し不安ですね)
「ふふふ、意外と近くに居るかもしれないぞ。それこそ、ダークエルフの里には宿屋はここだけだし、今も同じ屋根の下でくつろいでいるかもしれないな」
(クックック、脅かさないで下さいよ。まあ、ライムさんがイベントの主役なのですから、宿屋などに泊まらず族長の屋敷に滞在をしているでしょう。ですが、確実に再開の日は近付いています。それまでに、何としても大地の精霊の体を手に入れないといけません……)
ムロとドルビィが真剣な会話をしていると、ものすごい勢いで宿屋の階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。
ドタドタドタ
バーン
「○□◇!#△○!※□#△!」
ドタドタドタ
バーン
「※□◇!※□◇#!!」
バタン
シーン
隣の部屋で誰かが倒れるような音がして、慌ただしかった騒音はおさまった。
「な、何だいまの音は? ずいぶんと騒がしいお隣さんだな。子供でもはしゃいでいるのか?」
(観光地ですからね。子供が活発になるのは仕方がありませんよ。それにしても…… クックック、まるでラトさんのような騒々しさですね。そう言えば、ラトさんから買い物を頼まれているのでした。なるべく早く問題を解決して、アジトに届けてあげたいですね)




