第90話 ムロの成長
観光地として有名なダークエルフの里は、ここ数日お祭り騒ぎの様相を呈している。
その理由はAランク冒険者として有名な『精霊巫女のライム』による、大地の精霊降ろしチャレンジが特別イベントとして開催されているためだ。
ダークエルフの里の正門では、観光に訪れる人に向けて急ごしらえで立てられた看板により、大々的にイベントの宣伝がなされていた。
そんな事情など知るよしもないムロは、目的地であるダークエルフの里へと到着したことに安堵の表情を浮かべている。
「お、ダークエルフの里が見えてきたぞ。サラマンダーの襲撃があった時はどうなることかと思ったが、なんとか無事に到着することが出来たな。体力が有り余っていたおかげで、予定していた日数よりも早く砂漠を越えることが出来た」
(オアシスの聖水の効力ですか。どういう意図でドーラさんがあのような泉を作ったのかは分かりませんが、今回ばかりは彼女に感謝をしておきましょう)
「ドーラか…… 邪神の少女の名だよな? ふむ、やはり何処かで聞いたことがあるような気がする…… そのドーラとやらは、どんな見た目をしているんだ?」
(外見は十代半ばくらいの普通の少女です。ムロさんと出会う前に、砂漠のバザーで彼女の姿を確認しました。真っ白い髪をしているので、もしも見かけているのなら記憶には残ると思いますよ)
「真っ白い髪…… あ、思い出した。確かライムさんと一緒に、砂漠のバザーにある酒場で食事をしていた少女だ。そうだ、確かにドーラと呼ばれていた」
(ドーラさんと出会っていたのですか? そのライムさんという方は何者なのですか?)
「俺と同じくアダマスの冒険者ギルドに所属をしているAランクの冒険者だ。土魔法と精霊魔法が得意な魔術師で、おそらくは砂漠のオアシスを作ったのもライムさんだろう」
(ドーラさんと行動を共にしているということは要注意人物ですね。たかがAランク冒険者といえども、眷族になり力を与えられている可能性があります。ドーラさんと会った時に、一緒に白い犬も見ませんでしたか?)
「白い犬? ああ、そう言えば、宿屋の受付で会った時に白い犬を連れていたな。その犬も邪神の眷族なのか?」
(はい、私の目の前でドーラさんから力を与えられました。恐ろしいほどの強さを持つ犬です。もしもダークエルフの里で出会ったとしても、絶対に戦ってはいけませんよ。あの犬に私は腹を引き裂かれたのです)
「もしかして、Dはあの犬に負けたのか? ふふふ、お前は色々なことを知っていて何でも出来るのに、自分で戦うのはあまり得意ではないようだな」
(……笑い事ではありませんよ。これでも私は、エレメンタルドラゴンよりも強かったんですから)
「エレメンタルドラゴンよりも? 最上位精霊と同格の神レベルの存在だぞ? いくらなんでも、少し話を盛り過ぎではないか?」
(まあ、多少の不意打ちはしましたがね。レッドドラゴンを追い詰めたのは事実ですよ。今頃私への復讐に燃えているはずですから、肉体を持たず魔法も使えない今の状態で出会ったら一貫の終わりですね)
「Dには敵が多いんだな。まあ、ダークエルフの里に敵が全員揃っているなどと言う偶然はないだろう」
(クックック、嫌なフラグを立てないで下さいよ)
今ここにフラグは成立したのであった。
そんな地獄のような状況になっている事など知るよしもないまま、ムロとドルビィはダークエルフの里の正門前にたどり着いた。
(里の中では叡智の仮面は外していた方が良いですね。いつ何処で、ドーラさんに出会ってしまうかも知れませんからね。里の中に入ったら、まずは宿屋に向かってください。そこでこの後の行動の指示をします)
「わかった。それじゃあ、また後でな」
ムロは叡智の仮面を外して荷物へとしまった。
「よう、ムロじゃないか。お前がダークエルフの里に来るなんて珍しいな。もしかして、カムジさんに会いに来たのか?」
ムロの姿に気が付いた衛兵が話しかけてくる。
どうやら、ムロとは顔馴染みの人物のようだ。
「まあ、そんなところかな。カムジさんは今ダークエルフの里にいるか?」
「運が良かったな。あの人なら数日前に里へ戻ってきたところだよ。悪魔の岩山では緊急のイベントも開催されているし、この数日のダークエルフの里はお祭り状態だぞ」
「お祭り? これの事か?」
ムロは正門の前に立てられた看板を見る。
「精霊巫女による大地の精霊降ろしチャレンジだ。そう言えば、ムロは精霊巫女と同じアダマスの冒険者ギルドの所属だよな? アダマスの冒険者ギルドでは聞いていなかったのか?」
「俺はアダマスの冒険者ギルドにはあまり戻らないからな。オアシスの冒険者ギルドの方が訪れることが多いくらいだ」
「ははは、そう言えばそうだったな。イベントは岩山の頂上で毎日開催しているから、用事が済んだら挨拶にでも行ってみるといい」
「ああ、そうするよ。それにしても、大地の精霊降ろしか……」
ムロは一瞬背負っている荷物へと顔を向けた。
「なんか、面倒なことになってそうな気がするな……」
「面倒なこと? なんの事だ?」
「いや、何でもない。個人的な事情だ。カムジさんの家の場所は昔と変わっていないか?」
「ああ、同じだよ。そう言えば、カムジさんと旧カーラング家の使用人たちが、何やら慌ただしい様子で動いていたな。何か問題でもあったのだろうか?」
「そうか、ありがとう。そうそう、実はここにくる途中でサラマンダーの集団に襲われてな。なんとか全部倒したのだが、一人だったので素材の回収をしていないんだ。成体八匹分なんだが、運搬業者に回収を依頼することは出来るか?」
「は? サラマンダー八匹をお前が倒したって? 冗談は止せよ。Bランク冒険者のお前じゃ、まともに戦ったら一匹ですら倒すのは不可能だろ?」
「ふふふ、本当だよ。証拠ならこれを見てみろ」
ムロは荷物からサラマンダーの牙を取り出した。
「これは…… 確かに取ったばかりのサラマンダーの牙だ。本当にお前一人で倒したのか?」
「まあ、俺も成長をしたってことかな。この牙はお前に預けておこう。もしも、回収に行ってサラマンダーの死体がなければ、手間賃としてその牙は運搬業者に渡してもらって構わないさ」
「分かった、業者にはそう伝えておく。それにしてもサラマンダー八匹ねえ。もしかしてお前、カムジさんよりも強くなったんじゃないか?」
「ふふふ、俺が敵うわけないだろ? あの人は道化のカムジだぞ?」
「ははは、そうだよな。あの人は砂漠地帯で最強の剣士だからな」
ムロは手を振りながらダークエルフの里に入っていった。




