第88話 ムロvsサラマンダー家族
ムロが焚き火の前で保存用の干し肉を食べていると、術式を刻む作業のために沈黙をしていたドルビィが口を開いた。
(お待たせしました)
「思っていたよりも時間が掛かったな」
(クックック、特別サービスですよ。フリーズアローの術式だけでなく、おまけでアイスシャリベンの術式を刻んでおきました)
「ア、アイスシャリベンだと! 氷系の最上位魔法じゃないか! 俺の魔素量では下位魔法が限界のはずだろ?」
(はい、その通りです。おそらくは、使用をしても不完全な発動となってしまい、ムロさんの保有魔素は空っぽになるでしょう。魔素が完全に無くなった状態とは、すなわち生物としての死を意味します。これは本当の意味での最終手段として使用してください。クックック、運が良ければ使用をしても生き残れる可能性もあるでしょうがね)
「おいおい、間違って使っちまったら大変なことになるだろ……」
(そうならない様に気を付けてください。魔法の発動条件は頭の中でイメージをするだけです)
「いや、それヤバイだろ…… 暴発して死ぬなんて洒落にならんぞ……」
(クックック、冗談ですよ。ムロさんには安全装置を付けておきましたので、魔法のイメージをしてから魔法名を言葉にしないと発動がしないようにしておきました)
「ち、驚かせやがる。意地の悪いインテリジェンスアイテムだな」
(ただし、アイスシャリベンを使ったら確実にムロさんは終わりです。魔素の欠乏にかかわらず、魔素に術式を刻むというのはそれほど危険なことなのですよ。よく覚えておいて下さい。クックック、ここまで私がムロさんにされた仕打ちに比べれば、これくらい優しいイタズラではないですか?)
「……まあ、感謝するよ。フリーズアローだけでも相当な戦力強化になるだろう」
ムロは周囲を見渡し手頃なサボテンに向かって手をかざした。
「フリーズアロー」
バシュ
掌の前に一本の氷柱が現れると、勢いよくサボテンに向かって飛んでいく。
ボン
氷柱が命中するとサボテンは粉々に砕け、凍った破片が地面に散らばった。
「これは凄いな。Sランクの魔術師であっても、無詠唱で魔法を扱える者など一握りしか存在しないぞ。まさか、魔法適性のなかったこの俺が本当に使えるようになるとはな。出会ってから初めてDのことを凄いと思ったぞ」
(クックック、当然ですよ。私は何千年という長きに渡り、魔術の深淵を探究してきたのですから)
「そう言えば、Dは元々は人族なんだよな? 何故お前は人族の体を捨ててまでしてインテリジェンスアイテムになったんだ? 魔術を極めるためか?」
(それもありますが、一番の理由は古い友人との約束のためですかね)
「もしかして、人族だった頃の友人か? どんな約束をしたんだ?」
(クックック、彼のために復讐を果たすと言う約束です)
「そうか…… まあ、生きる理由なんて人それぞれだからな。少なくとも、俺にお前の行動を止める権利はないだろう。俺だって清廉潔白に生きてきてはいない。いつ何処で、復讐をされることがあるかもしれないしな」
(クックック、もちろん私にはムロさんへ復讐をする権利がありますよね?)
「いや、すまなかったな。昨日はつい雰囲気に流されてしまってな」
(まあ、急いで視覚共有の接続を切りましたので、心の貞操は守ることが出来ましたがね。どちらにせよ、仮面をつけた状態でのあのような行為は、二度と御免被りたいです)
「なんだ、そんなことが出来たのかよ。それじゃあ、あのプレイはもう興奮をしないな」
(……絶対に貴方はいい死に方は出来ないですよ。おや、早速死神のご登場みたいですね。クックック、ムロさんのことをお迎えに来たのでしょうか?)
「どういう事だ?」
(さて、この危機をどの様にして乗り越えるか見せてもらいましょう……)
ズリズリ
暗闇から何かが這うような音が聞こえてくる。
ムロは暗闇に鞭を構えながら、急いで荷物の中からスクロールを取り出した。
(それは何のスクロールですか?)
「催眠魔法のスクロールだ。サラマンダー一匹ならこれで何とかなるんだがな」
(低級な術式のスクロールですね。私ならもっと高度な術式のスクロールを作れますよ。それに、残念ですがムロさんの願いは叶わなかったようですね。どうやら子連れでの訪問のようです)
現れたのはサラマンダーの成体一匹と幼体二匹だった。
「く、サラマンダー三体か…… いや、二匹が幼体なだけ救いか」
サラマンダーはムロには目もくれず、何かを探すように周囲を見渡している。
(何かを探している? このまま何処かに行ってくれれば良いのだが……)
ムロの願いも虚しく、サラマンダーは焚き火に照らされたサラマンダーの骨を見て雄叫びをあげる。
「ギャイイイイイ」
「何だ! あの骨を見て発狂したぞ! まさか番だったのか?」
サラマンダーは雄叫びを止めると、明らかにムロを標的とするように睨み付ける。
「ちょっと待ってくれ。これは俺がやったんじゃないぞ…… などと言っても言葉は通じないか……」
(クックック、どうやらあのサラマンダーの復讐相手に選ばれてしまった様ですね)
「笑いごとではない。俺が殺されたら、Dだって砂漠のど真ん中に放置されるんだぞ?」
(クックック、目的地はもう目の前ですからね。ここならムロさんが死んでも、別の者に拾われる確率は高いでしょう。まあ、厄介な成体は一匹だけですので、スクロールで眠らせれば残りの幼体などどうとでもなるでしょう? 幼体ならレッサーサラマンダーに毛の這えた程度ですよ。フリーズアローの試し撃ちにはちょうど良い的ですね)
「そうは言ってもな……」
「ギャイイイイイ」
危機的な状況にもかかわらず、何故かムロはスクロールの使用を躊躇している。
そんなムロの思惑などお構いなしに、サラマンダーは地を這いながら勢いよく突進してきた。
「く、フリーズアロー!」
バシュ
ムロの手から放たれたフリーズアローがサラマンダーの額に突き刺さる。
グサ
「ギョエエエエエ」
サラマンダーはダメージを受けたらしく、突進を止めてその場に立ち止まった。
(何をしているのです! 確かに氷属性の魔法はサラマンダーに有効ですが、フリーズアロー程度の下位魔法で仕留められる相手ではありませんよ! 無駄に怒りを増大させるだけです! 魔法の使用は幼体に取っておき、早くスクロールを使って成体を眠らせるのです!)
「分かっているのだが、このスクロールは結構高かったんだよ…… いざという時のためにも、あまり使いたくはないのだ……」
(……想像以上に貴方は愚かだったようですね。いま使わなくいつ使うと言うのですか! はあ、分かりましたよ。私が大地の精霊の体を手に入れたら、もっと良いスクロールを作って差し上げますので、早く催眠のスクロールを使ってください)
ニヤリ
「言質は取ったからな」
(な…… やられましたね…… 貴方は冒険者なんかよりも、詐欺師の方が向いているのではありませんか?)
ピンチを演出して交渉を有利に運んだんだムロの胆力に、ドルビィは呆れを通り越して感心をするのであった。
ムロが成体のサラマンダーに向けてスクロールを開くと、サラマンダーの体に白い靄が纏わりつく。
「ギョエ……」
ドサ
催眠の魔法にかかったサラマンダーは、力なく地面に頭を落として眠りについた。
「あとは幼体だけだな。フリーズアロー」
バシュ
グサ
「ギャイ……」
フリーズアローに体を貫かれた幼体のサラマンダーは、全身を凍らされて動かなくなった。
止めの一撃にムロは幼体のサラマンダーを鞭で攻撃する。
ヒュン
パリン
幼体のサラマンダーの体が粉々に砕け散った。
その様子を見た残りの幼体は、一目散に砂漠の暗闇へと逃げていくのであった。
「一匹は逃げられてしまったか。まあ、あの様子ならもう襲ってくることはないだろう」
ムロは短剣を片手に持つと、眠っている無防備なサラマンダーに近付いて止めを刺す。
ザク
「ふう、これで終わりか。魔法が使えるだけで、これほど戦闘が楽になるんだな」
(お見事です、フリーズアローの使い方も問題ないようですね)
「Dから新しいスクロールを貰う約束も出来たしな」
(本当に人族とは強欲な生き物ですね……)




