第86話 交渉
ドルビィは焦っていた。
大地の精霊の体を手に入れる為には、悪魔の岩山まで移動をする必要があり、それには協力者の存在が必要不可欠である。
幸運にも荒野から脱出することに成功したまでは良かったのだが、その後に叡智の仮面を手にした人物は想定外の癖の持ち主であった。
ドルビィは個人の趣味嗜好には寛容な方であったのだが、叡智の仮面を被ったまま行為に及ばれては堪ったものではない。
それこそ、変態プレイの擬似体験をさせられてしまっているようなものである。
(オエー、昨晩は酷い目に合いました…… まったく、とんでもない男の手に渡ってしまいましたよ…… 一刻も早くムロさんのことを説得して、悪魔の岩山へと私を運んでいただかないと、このままでは私の精神が持ちませんね…… しかし、ムロさんとの交渉には、善意や自尊の言葉などは通用しないでしょう。もっと分かりやすい金品などの物欲、もしくは願望を聞きだした方が良さそうですね)
ムロとリオンは寝ずに食事へと外出をしていた。
明け方まで激しいプレイをしていたと言うのに元気な二人である。
宿屋の部屋に残されたドルビィは、仮面の体のため自身で移動をすることが出来ない。
閉めきった男の体臭が充満する部屋の中で、ムロが帰ってくるのをじっと待っていた。
ガチャ
昼を過ぎた頃だろうか。
部屋の扉が開き、ムロが一人で帰ってきた。
ムロはソファーに腰をかけると、机の上に置いてあった叡智の仮面を手に取る。
「リオンは買い物をしてから戻ってくるようだし、それまではまたDと話しでもするか」
ムロは叡智の仮面を顔につけた。
(……昨日はよくもやってくれましたね。ムロさんの嗜好に口を出すつもりはありませんが、ああ言う行為をする時は仮面を外してから行ってください)
「ふふふ、Dは男との経験は初めてか?」
(私はいたってノーマルなのですよ。そうですね、私の好みは守ってあげたくなるような可愛らしい女性ですかね)
「もしかしてロリコンか?」
(……はあ、違いますよ。子供が好きなのは間違っていないですがね。これでも表の世界で活動をしていた300年前までは、奴隷として虐げられていた子供たちを保護する活動をしていたんです。多くの種族から、私は慕われていたのですよ。それと、他人に向かってロリコンと言うのは止めた方がいいですよ。本物のロリコンは、ロリコンと言われると怒りますからね)
「そうなのか、すまなかったな。ところで、Dはいつから生きているんだ?」
(いつからでしたかね…… 私は人族の体を捨ててこの仮面に己の記憶を刻むことにより、数えきれない程の転生を繰り返してきました。この星に文明が生まれたその時から、私は私の家族と共に戦ってきたのです)
「転生に必要な道具を奪われたと言っていたな? もしもそれが有ったとしたら、Dは俺の体を乗っ取っていたのか?」
(クックック、ムロさんの事を悪く言うつもりはありませんが、正直ムロさんの体では弱すぎますね。前の体はこの時代の賢者から奪ったものでした。どちらかと言うと研究者タイプの人物でしたが、あの体は中々に優秀でしたね)
「この時代の賢者からだと? 確かに数年前から行方不明になっていると噂がされていたが、まさかお前に体を奪われていとはな」
(ええ、その通りです。断っておきますが、あの男に同情は要らないですよ。あれは自身の探究心に取り憑かれ、多くの子供を人体実験として利用していた外道でしたからね)
「そうなのか…… Dはよく分からない奴だな。はっきり言って、はじめは怪しくて信用ならない奴だと思っていたが、こうやって話をしてみると親しみ易いというか、間が抜けている感じがして俺は嫌いじゃないぞ」
(……ほめ言葉と受け取りましょう)
「インテリジェンスアイテムとは思えない人情味があるからな」
(当たり前ですよ。元々私は人族なのですから)
「悪魔の岩山に邪神を倒す術があると言っていたな? いったい悪魔の岩山には何があるんだ?」
(遥か太古の時代、大地の精霊が精霊界よりあの地へと降りて来ました。その時に、大地の精霊が地上で活動するために作った体があるのです。大地の精霊が精霊界へと戻った時に、その体は地上に残されていきました。言うなれば、大地の精霊の脱け殻とでもいうものですね。意思を持たないその体であれば、いまの私でも操ることが出来るはずです。その体を使って、私は邪神と戦います)
「悪魔の岩山にはそんなものが残っているのか。伝承によれば、悪魔の岩山で大地の精霊と人族が結ばれたとある。なるほど、その体を使って、大地の精霊は子を生んだのだな」
(その辺の伝承は、実際の事実からかなり変わっていますね。どうですか? 少しは興味が出てくれましたか? もしも、私を悪魔の岩山まで連れて行ってくれるのなら、もっと面白い話を聞かせて差し上げますよ?)
「残念だが、俺は歴史家ではないのでな。興味はあるが、それを対価にDの願いを聞き入れることはない。お前は転生の術を使って長い間を生きてきたのに、体がないと何も出来ないのか? インテリジェンスアイテムだったら、使用者に特別な力を与えたりとかは出来ないのか?」
(本来のこの叡智の仮面であれば、着用する者に強大な魔素を与えることが出来ました。ですが、その魔素は私の記憶を情報としてこの仮面に定着させる術式維持にすべてを注がれています。いまの私に出来ることといえば、着用する者と会話をすることや、その者の魔素情報を少しいじることくらいですね)
「魔素情報をいじる?」
(例えば、ムロさんのような魔素の流れが悪い体の魔素回路を最適化することによって、魔素の伝達率を上げることが出来ます。元々の魔素量自体は変わらないですが、魔法などを使うときに無駄な魔素の消費がなくなりますので、実質的には使用出来る魔素量が増えることになりますね)
「ほう、面白いな。ちょっと俺の魔素回路を最適化してみてくれよ」
(対価を貰いますよ?)
「じゃあ、別にいいや」
(ムロさん…… 貴方の望みは何なのですか? 貴方は何を糧として今を生きているのですか?)
「俺の望みか…… 無いことはないが、それは叶わない夢だ」
(どんな夢ですか?)
「体だ。俺は生まれつき体が大きくてな。そのせいでまわりから頼られたり、求められることばかりなんだ。もしも、この体が小さければ、俺の求めを受け入れてくれる者が現れてくれるかもしれない。まあ、叶わない夢だよ。Dのように体を変えて転生でもしない限り不可能なことだ」
(クックック、なるほど。それがムロさんの望みですか。わかりました。私を悪魔の岩山まで連れていってくれるのなら、ムロさんのその望みを叶えて差し上げましょう)
「本当か? 体の大きさを変えることなんて出来るのか?」
(ムロさんの体を肉体活性させます。過度な魔素は己の肉体を変化させることが出来るのです。本来であれば、最低でも上位精霊クラスの魔素量が必要ですが、いまの私でも短時間であればムロさんの体を小さくさせることは可能です)
「さっき言っていた魔素回路を最適化させるのか?」
(それだけでは足りません。以前ハーフスケール族の呪いについて研究したことがありました。その時に、大地の精霊が魔素に刻んだ、強制的に肉体活性をさせる術式を見つけたのです。その術式には無駄がありましたので、私なりに最適化をさせた術式を作ってみたのですよ。私の家族にもその術式を刻んでいますので、発動に問題がないのは確認済みです。体を小さくするだけならば、ムロさんの魔素量でも数分くらいは変化が出来るでしょう)
「その話が本当ならば、Dを悪魔の岩山まで連れていってやるが、俺を利用するために騙している可能性もある。その話しが真実かどうか、どうやって俺を納得させる?」
(そうですね、まずはムロさんの魔素回路を最適化しましょう。それで自身の体の変化を実感してみてください)
「分かった、やってみてくれ」
ドルビィは無言になると、ムロの魔素回路にアクセスをした。
時間にして10分ほどであろうか。
無事に作業が完了したと同時に、ムロは自身の体に違和感のようなものを感じる。
(どうですか?)
「ふむ、心なしか体が軽くなった気がするな。頭もスッキリとしていい気分だ。これが偽薬効果などではなければな」
(本当に疑り深い人ですね。しかし、思っていたよりもムロさんの魔素量は大きかったですよ。所々の回路が詰まっていましたから、それらを正常化したことにより、以前の倍以上に魔素量が増えました。これならば、10分くらいは肉体活性の変化に耐えられるでしょう)
「本当か? まあ、マッサージとしては効果が抜群だな。仕方がない、ここまでして貰ったのだから俺も対価を払うことにするか。望み通りお前を悪魔の岩山まで連れていってやるよ」
(おお、ようやくその気になってくれましたか。善は急げと言います。明日の朝に出発をすることにしましょう。くれぐれも、このことはリオンさんには内密にしておいてください。私とムロさんの二人だけで、悪魔の岩山へと向かいましょう)
「いきなり居なくなるとリオンは寂しがるだろうな。まあ数日もあれば戻ってこられるだろうし、肉体活性とやらを使えるようになったら驚かしてやるか」
ガチャ
ドルビィとムロの交渉が成立したと同時に、リオンが買い物から帰ってきた。
(それでは、翌朝に……)
ムロは叡智の仮面を顔から外して机の上に置いた。
「なんだムロ、また一人で仮面を被っていたのか? 余程気に入っているんだな」
「ああ、意外と被り心地が良くてな。これを被っていると、疲れが取れるような気がするんだ」
「へー、マジで? ちょっと俺にもつけさせてくてよ」
リオンは机の上の叡智の仮面を手に持つと、躊躇うことなく装着をした。
ピキーン
「ん? 何かが頭の中に……」
(……)
ドルビィは自身の存在がリオンに気付かれないように、言葉を出さずに無言でいる。
リオンは何か違和感を感じるらしく、不思議そうに首を傾げていた。
「あー、良く似合っているぞ。顔半分が隠れているとミステリアスな感じが出て新鮮だな」
疑念を感じているリオンに、ムロは話題を変えて注意を反らす。
「そ、そうか? へへへ、それなら今日は俺が仮面をつけてプレイをするか」
(!)
「え、いやそれは…… いや、いろんな意味で興奮するかもな」
(!!)
リオンは仮面をつけたままベッドで横になる。
「さしずめ、返り討ちにあった変態男色仮面ってところかな」
(!!!)
「すまんな、今日も激しくなりそうだ」
誰かに向けての詫びの言葉を口にしながら、ムロはリオンへと覆い被さる。
(!!!! オ、オエー)




