第85話 ムロとドルビィ
ムロはアダマスの冒険者ギルドに所属をするBランク冒険者である。
普段のムロはアダマスの街から離れて、砂漠地帯でのクエストを中心に活動をしていた。
ムロはトレジャーハントを生業とする冒険者であり、砂漠地帯の遺跡探索を専門にしているからだ。
その為、通過地点である砂漠のバザーでも、それなりに顔が知られる存在である。
ムロはその大柄で屈強な見た目に反してとても優しく、そして誰よりも男性を愛する男性であった。
本来の彼は攻められる方が好きなのであったが、その風貌のせいで相手に求められることが多いらしく、いつしか本当の自分の気持ちを押し殺して暮らしていたのだった。
数日前、ムロは先輩冒険者であるライムにお仕置きをされている、酔っぱらいの冒険者と出会った。
その夜、酔っぱらい冒険者を介抱したことが切っ掛けで、二人は結ばれるのであった。
もちろん、ムロが攻め側である。
それからの数日間、二人は宿屋に入り浸って甘い生活を続けていた。
ある日の昼下がり、ムロが一人で砂漠のバザーを歩いていると、ある露店から異臭が漂ってくるのに気が付く。
「う、何だこの臭いは? いったい何を売っているんだ?」
露店には沢山の仮面が並べられている。
臭いの元を探したムロは、捨てられるようにして地面に置かれる仮面を見つけた。
明らかにその仮面が臭いの発生源のようである。
「おい、店主。この仮面は廃棄をする商品なのか?」
「ん、その仮面かい? それは臭いがキツ過ぎてね。まあ、売れないと思うから捨てるつもりだよ。洗えば多少は良くなるだろうが、特に価値もなさそうな仮面だしね。良かったら買っていってくれよ。銅貨10枚でいいからさ」
「ほう、安いな。銅貨10枚なら貰っていくか。洗って臭いを取れば、何かのプレイに使えるかもしれないしな」
ムロは代金を払って臭い仮面を受け取った。
「う、何て臭いだ。このまま持って歩くのは迷惑になるな。一度宿に戻って風呂場で洗うとするか」
急いで宿屋へと戻ったムロだが、受付の前で店主に呼び止められる。
「おいおい、ムロよ…… いくら長期の宿泊中と言え、そんな臭い仮面を宿に持ち込むのは勘弁してくれよ」
「ははは、悪いな。すぐに浴場へ行って綺麗に洗うから、大目に見てくれないか?」
「はあ、仕方がねえな。お前は常連だから今回だけだぞ」
「ああ、ありがとう」
店主に急かされながら、ムロは一直線に大浴場へと向かった。
まだ日中と言うこともあり、大浴場の客はそれほど多くはない様だ。
仮面の臭いに気が付いたのか、他の客が目を細めてムロのことを見ている。
ムロは詫びるように軽く会釈をしてから、洗い場の椅子へと腰を下ろした。
「すぐに臭いが消えれば良いのだがな」
ゴシゴシ
ムロは備え付けの石鹸を使って念入りに仮面を洗った。
ゴシゴシ
「よし、臭いが取れたぞ。こうやって見ると不思議な仮面だな。これは何の素材を使っているんだ? 見た目よりもずっと頑丈そうな作りをしている」
多少の疑問を感じるムロであったが、特に警戒することもなく綺麗になった仮面を顔につけた。
ピキーン
ムロの脳に何かしらの電流のようなものが流れる。
「ん、何だ? 何かが頭の中に……」
(クックック、ようやく仮面を被る者が現れましたね。本当に待ちくたびれましたよ)
誰かに声をかけられた気がしたムロは、振り向いて背後を確認する。
しかし、ムロの周囲にはそれらしい人物の姿はなかった。
「幻聴か? 頭の中に直接話し掛けられているような感覚もしたが……」
(幻聴ではありませんよ。私はこの仮面に刻まれた、ある人物の記憶の情報とでも言っておきましょうか)
「仮面が話をしている? まさか、この仮面はインテリジェンスアイテムだったのか?」
(遠からずも近からずと言った所ですかね。信じられない話でしょうが、私の体はこの世界に新たに誕生した邪神によって滅ばされてしまったのです。本来であれば、別の体を探して転生をするのですが、転生に必要な道具の一つを奪われてしまいましてね。現状の私は、この叡智の仮面を被った者と会話をする程度の力しかありません)
「邪神だと? 聞いたことあるぞ。確か、故国ユーラリシアを中心に広まっていた、アダムとエバ信仰に登場する敵対者の名だな。言い伝えによれば、ユーラリシアは300年前にドルビィという魔神の眷族によって滅ぼされた。そして、他の国に残っていた信者も次第に減っていき、人族は聖女を、それ以外の種族は魔神を信仰する今の信仰に統一をされたと聞いている」
(クックック、中々に博識な方のようで素晴らしいですね。その通りです。そして、邪神とは太古の時代にこの星へと送り込まれた、侵略的外来種のことです)
「侵略的外来種だと? それが今の時代に甦ったと言うのか?」
「ゴホン……」
ムロの言葉を遮るように、他の入浴客が咳払いをする。
どうやら、浴場内で騒いでいるムロに注意をしているようだ。
他の客からは一人言を呟いているようにしか見えないため、完全にムロは不審者だと誤解をされているのだろう。
ムロは仮面を外して立ち上がると、その場から逃げるように部屋へと戻っていった。
ガチャ
「よう、お帰りムロ。なんだよ、一人で風呂に入ってきたのか? 誘ってくれれば俺も一緒に入ったのによ」
部屋の中にいるこの男は、以前酒場でライムに絡んでいた酔っぱらいの冒険者である。
ムロに介抱されたことをきっかけに、二人はとても仲良くなったのであった。
「ああ、少しやることがあってな。リオンも風呂に入ってきたらどうだ? この時間ならまだ空いていたから、ゆっくりと汗を流せるぞ」
「あ、ああ、そうだな…… 少し早いが、俺も体を綺麗にしてくるかな……」
何故かリオンは頬を赤く染めて浴場へと向かった。
部屋に一人となったムロは再び叡智の仮面を被る。
(先程の男とは同室なのですか?)
「ああ、二人でここに長期間の滞在をしている」
(なるほど…… 私も貴方のことはムロさんと呼ばせてもらいます。早速ですが、ムロさんにお願いがあります。先程の男には、私の存在を知られないようにしてください。情報とはいつ何処で漏れるか分かりません。私の存在はムロさんだけの秘密にしておいて下さい。ドーラさんがまだこの近くに居る可能性もありますので)
「分かった、お前のことは秘密にしよう。ところで、そのドーラとは何者なんだ?」
(私をこんな状況にした、邪神の力を宿した者です)
「邪神の力を宿すドーラか…… 最近その名を聞いたことがあるような気もするが、それほど珍しい名でもないし思い過ごしだろう。一応断っておくが、得体の知れない仮面の言うことなど俺は一切信用をしない。ただし、インテリジェンスアイテムと会話をするなんて、滅多にない貴重な体験だからな。お前の存在には興味がある。お前の名は何と言うのだ?」
(私の名前ですか…… そうですね、Dとでも呼んでください)
「本名ではないのか? ますます信用が出来ない奴だな」
(クックック、時には知らない方が良いこともあります。もしも、ムロさんが私の頼みを聞いてくれるのであれば、お別れの時に私の本当の名を教えて差し上げましょう)
「頼みだと? 俺に邪神の討伐でもしろと言うのか?」
(クックック、違いますよ。失礼なことを言いますが、貴方程度の力では邪神に指一本さえ触れることは叶わないでしょう。もっと簡単な頼みです。私のことを悪魔の岩山まで連れていって欲しいのです)
「悪魔の岩山に? あの場所に邪神を倒す術でもあるというのか?」
(その通りです、ムロさんは感が良くて素晴らしいですね。邪神の力はこの世界にあってはならないものです。そして、その邪神を止める方法は、この世界で私にしか実行をすることが出来ないのです。ムロさん、私に協力をして下さい! この世界の命運が、貴方の助けを必要としているのです!)
ドルビィの言っている事に嘘はないのだが、一介の冒険者であるムロの心にはまったく響いていなかった。
邪神やら世界の命運やら言われても、普通は反応に困るだろう。
「Dには悪いが、俺はいま砂漠のバザーを離れるつもりはない。特に、ここ数日は充実した暮らしをしているからな。たとえDの話が事実だったとしても、悪魔の岩山へ行くことに俺の利益が無さすぎる。俺には英雄願望などという、高尚な考えは持ち合わせていないからな」
(な…… 世界の危機なのですよ? いずれ貴方にも降りかかる脅威なのですよ?)
「Dの言っていることが事実であればな」
(く、もっと単純な男だと思ったのですがね……)
「俺のことを操ろうとしたのか? やはり信用ならない奴だ」
ガチャ
部屋のドアが開き、リオンが浴場から戻ってきた。
(ムロさん、私のことは秘密でお願いします)
「ただいま、ムロ…… ん、なんだその仮面は? 何でそんな物を被っているんだ?」
「この仮面か? これは…… そう、プレイ用に買った仮面だ」
(プレイ用? 何なのですか、それは?)
「へへへ、なるほどね。さしずめ、変態男色仮面ってところか。いいぜ、今夜は激しくなりそうだ」
リオンはカーテンを閉めてベッドに横になった。
ムロはベッドに移動すると、覆い被さるようにリオンを上から見下ろす。
(ムロさん? な、何をするのですか?)
「今夜は寝かせないぜ」
「優しくしてね」
(ちょ! ちょっと待てよ! プレイって何だよ! 止めろ…… 止めてくれ! オ、オエー)
激しいプレイは翌日の朝まで続いた。




