第8話 ドーラvsドルビィ
ランゲル王国と魔族領との国境に広がる荒れ果てた荒野。
小動物の気配すら存在しないその地に、ドルビィは転移魔法で移動をしていた。
「く…… なんたる様ですかねえ…… まさか、この私が小娘と犬コロを相手に背を向けることになるとは…… ここまでの深手を負ったのは、いつ以来のことでしょう……」
悔しさを噛み締めつつ、ドルビィは村での出来事を思い返した。
「しかし、あの小さな魔素しか持たない小娘が犬コロに与えた力は異常ですね。犬コロの魔素自体に変化はありあせんでした。魔素に頼らず、あれほどの力を他者に与えることなど可能なのでしょうか? もしや、あれはこの世界の力とは違う…… もっと別の……」
転移魔法により誰も居ない荒野へと逃走して安心をしているのか、それとも重傷を負ったせいで思考能力が低下しているのか、ドルビィは自身の背後に存在する気配に気づくことが出来ないでいた。
「このまま一人で考えていても、らちがあきませんね。ここは一旦アジトへと戻り、組織の皆にあの娘の事を報告しましょう。魔素のほとんどを大鎌デスサイスに流してしまいました。この傷に加え今の残り少ない私の魔素では、あの小娘から大鎌デスサイスを取り戻すことも難しいですからね」
「ふひひひ、アジトって何処にあるんですか?」
ビクッ
「だ、誰ですか!」
突如自身の背後からかけられた声に、ドルビィは慌てたようです振り返る。
そこには不敵に笑うドーラが立っていた。
「ま、まさか転移で追って来たと言うのですか! どうして私の居場所が分かったのですか!」
「ドルビィさんと出会ってすぐに、あなたの体にワームを一匹付けておきました。どんなに遠くに転移をしても、私から逃げることは出来ませんよ」
「ワーム? な、何なのですかそれは?」
「んー、私の分身? 子供? なんて説明すればいいのかな? まあ、ドルビィさんにはここで死んでもらいますから、そんなことは気にしなくても大丈夫ですよ。て言うか、よくその体で動けますね? 内蔵がはみ出ているのに痛くないんですか?」
敵意すら感じさせない表情で淡々《たんたん》と死の宣告をする少女に、ドルビィは苛立ちと恐怖を募らせていく。
「あ、あなたは何者なのですか! その少女の仮面の下にはいったい何があるのですか!」
(そうだ…… はじめてこの少女を見たときから感じる嫌悪感…… あの女と同じ髪色のせいだと思っていた…… しかしそれは間違っていた。もっと根本的な、生物としての本能が少女の存在を否定したがっている……)
ドルビィの額からは大量の汗が流れ、しだいに呼吸も荒くなっていく。
「んー、仮面の下とか言われても私は私ですよ。そう言えばローリーさんもあの時に何か言ってたな。精神を支配されてるのかとか何とか。もしかして、知らないうちに私は女王ワームに思考を誘導とかされてるのかな? ローリーさんを殺しても罪悪感とかわかなかったし。いや、ローリーさんはロリコンだったから自業自得か。でも、それを私が認識する手段はないし、考えても仕方がないし。気にしないのが一番だよね。まあ、私が私だと認識しているかぎり私は私ですよ。ふひひひ」
哲学っぽいことを言ったドーラは、満足そうに笑みを浮かべている。
しかし不敵に笑うその表情は、ドルビィの心を絶望の色に染めていく。
「うっ……」
突然、ドルビィは頭を押さえて苦しみだした。
(く…… 魔素を消費し過ぎたせいか、身体への負担が限界にきています…… このままではこの体はもう…… いや、それ以前に私には残された時間が…… 時間? 何故、私は焦っているのだ? この焦燥は誰のものだ? 分からない…… 思い出せない……)
「私を…… 殺すのですか?」
「はい、ロリコンは見つけたら殺すことにしています」
「だ、黙れ! 私はロリコンじゃない!」
「父が言ってました。ロリコンと言われて顔を真っ赤にして怒る人は、だいたいロリコンで間違いないと」
「……クックック、おかしなことを言わないでくださいよドーラさん。私は至って冷静ですよ? それに…… それってあなたの父の感想ですよね?」
「……もう遅いです」
「こ、この悪魔め!」
「……」
「……」
「ダークフレ…」
「ディメンションワーム」
ドルビィが魔法を発動するよりも早く、ドーラはディメンションワームを発動する。
ドルビィの足元を中心に黒い靄が広がっていく。
次の瞬間、黒い靄の中から無数のワームが這い出てきて、あっという間にドルビィの体を呑み込んでいった。
「な、何だこれは! うあああああ!」
ドルビィは必死に手を振りワームを払い除けようとしているが、次々と現れるワームの群れは無慈悲にドルビィの体の自由を奪っていく。
ほどなくしてドルビィは顔だけ残してワームの群れに埋もれてしまった。
「ふひひひ、ドルビィさん風にいうと魔素が絶望に染まってるのかな?」
指一本動かせなくなったドルビィは、カチカチと歯を鳴らして震えている。
「それじゃあ、最後に取って置きの私の顔芸をお見せしますね」
一切の敵意を感じさせない表情でドーラが口を開けると、その体の奥底から一斉に無数のワームが顔を出し、うねうねと激しく体をくねらせている。
「ひ、ひいいい! そ、そうか! 分かったぞ! お前の正体が! お、お前は侵略的外来種だな! 太古の時代に封印されたはずの、邪神の生き残…… あばばばばばばば」
ドーラの口から襲いかかる無数のワームは、ドルビィの口から体内へと侵入して彼の体を内部から食らい尽くしていく。
ビクン、ビクン
「ご…… ごほ、う…… び…… ぐふ」
そして、ドルビィは生命活動を止めた。
「最後に何か言っていたけど、よく聞き取れなかったな。うっすらと笑っていたようにも見えたけど…… あれ? よく考えたらこれって…… もしかして間接キスなんじゃ……」
ドーラは恥ずかしそうに口に手を当てている。
「ドルビィさん…… あなたの魔素に希望は灯りましたか?」




