第67話 肉体活性
「慌てていたとは言え、入口の鍵を閉め忘れていたとはな…… おい、そこの娘よ。今直ぐにここから出ていくのなら見逃してやる。大方、扉を見付けて興味本意で入ってきたのだろう? 今は子供の遊びになど構っている場合ではないのだ」
カムジは完全にラトの事を、悪戯で忍び込んだ子供だと思っているようだ。
「ガーン」
ラトは更にショックを受けた。
「フシュシュシュ、そんなに虐めるではないぞカムジよ。せっかくお主の仕えるべき主が、長い年月を経て戻って来たというのにのう」
口から魂が抜け出ているラトを尻目に、笑いながらミーシャが階段を下りてきた。
「む! 貴様は精霊巫女と一緒にいた女だな! 何をしにここへ来た!」
「……我の事もわからぬとは、お主の目は節穴じゃのう。外見だけではなく、我の魔素を感じるのじゃ。我とお主は、知らぬ仲でもないであろうに。人型の姿に変化をしておるが、我はレッドドラゴンのミーシャじゃよ」
「は? 貴様がミーシャ様だと? ふざけた事を言うな。ミーシャ様は大気を震わすほどの、圧倒的な魔素を持っている強大なエレメンタルドラゴンだ。例え姿を変えていようとも、ミーシャ様の魔素ならば感知能力のない私にでも感じ取れるはずだ」
「い、いや…… それは色々とあっての…… はあ、ラトよ。これの何処に、人を見る目があるというのじゃ?」
ミーシャの口から発せられたラトと言う名に、カムジが反応を示した。
「今、ラトと言ったのか? 何故、その名を知っている? 貴様らはラト坊っちゃんと関係がある者なのか?」
「あ!」
死んだように立ち尽くしていたラトは、何かを思い出して声をあげた。
「そう言えば、あたいがこの姿をするようになったのも魔神様の眷族になった後だったな」
「なんじゃ? 伝えておらんかったのか?」
「魔神様について行ってから三百年以上の間、あたいは一度もダークエルフの里には戻っていなかったからな。今の状態のあたいは魔素も抑えているし、事情を知らなければ気が付かれなくて当然か……」
「貴様ら、さっきから何の話をしているのだ?」
カムジの疑問をよそにして、ラトはローブを脱いで叡智の仮面を外した。
ゴゴゴゴ
次の瞬間、地下室全体がラトの膨大な魔素に当てられて震えだし、解放された魔素によってラトの体が肥大化していく。
メキメキ
「ふう、元の姿に戻ったのは三百年振りだな。自分でも気付かないうちに、すっかりと成人の体になっていたのか」
先程まで小さな少女の姿をしていた人物は、地下室の天井に頭が届くほどの筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》な青年の姿に変化していた。
ただし、ラトの姿はドレスを着ているままなので、知らない人が見たら完全に変態不審者と間違えられるだろう。
ちなみに、ラトのドレスには自動で体のサイズに合うように、伸縮の魔法が付与されている。
ドルビィがドレスを買ってきた時、ラトにサイズが合わなかったので、ドルビィは徹夜で伸縮の魔法を開発して付与したのであった。
「ラ、ラ、ラト坊っちゃん!」
ようやく目の前の人物が自身の主であることに気が付いたカムジは、直ぐ様その場で膝をつき頭を下げた。
「成長していようとも見間違えるはずはありません。よくぞ、よくぞお戻りになられました…… このカムジ、この日が来るのをどれ程の間待ちわびたことか……」
「ああ、ずいぶんと待たせちまったな…… カムジも、あたいがいなかったこの三百年間、カーラング家の責務を全うしてくれてご苦労だったな」
ラトの言葉に感極まったカムジの頬に、涙が溢れている。
それを見たラトは、照れくさそうな顔を浮かべている。
「感動の再開に水を指すようですまぬが、ラトのその姿はちと魔素が強すぎるようじゃのう。この地下室が崩れてしまいそうじゃから、あまり長く魔素を解放するではないぞ」
「そうだな。あたいもあっちの姿の方が落ち着くしな。このゴツゴツした姿では、せっかくの可愛いドレスが台無しだからな」
ラトは青年の姿から少女の姿へと変化して、再び叡智の仮面を付けた。
「その姿はいったい?」
「へへ、可愛いだろ? このドレスは、ドルビィに買ってきてもらったんだ。似合ってるだろ?」
ラトはドレスの裾を掴んで、ヒラヒラと踊るように回っている。
「え? あ、はい。とても可愛らしいと思いますが……」
「でも、あたいの心と体は魔神様だけの物だからな。あたいに惚れたら駄目だぞ」
キラーン
と言う効果音が出そうな決めポーズをラトはしている。
「か、かしこまりました……」
困惑しているカムジに、ラトに代わってミーシャが説明をする。
「肉体活性じゃ。過度な魔素は肉体を活性化させ、己の姿を変化させることが出来るのじゃ。ラトは自身の持つ強大な魔素に加え、魔神より与えられた叡智の仮面によって、その域にまで到達をすることが出来たのじゃよ。ただし、肉体を変化させている間は、常に大量の魔素を消費しておるから、変化中は大幅に力を制限されるがの。カムジはこう言う事を聞きたかったのじゃろ?」
「なるほど、説明をありがとうございます。と言うことは、ミーシャ様のその姿も同じ方法で?」
「我のはドラゴン族に伝わる人化の秘術じゃ。今の我の魔素では、そこまでの力は残ってないでの……」
「ふふふ、あの程度の魔素で驚くなよ。仮面を付けたまま変化を解けば、もっと凄い魔素があるぞ。この地下室が耐えられないから、さっきは仮面を外して変化を解いたがな」
「おお! それでは、その力を使って邪神を倒すのですね!」
カムジは期待の籠った目でラトを見つめる。
「いや、無理だろう…… この程度の力で倒せるのなら、三百年前に魔神様が倒している。すまないな、倒す方法が見つかってないのに帰ってきて……」
「も、申し訳ありません! ラト坊っちゃんがお戻りになられただけで、このカムジこの上ない喜びです!」
「それよりも、ここに来る前にカムジの家に行ったんだが、何かあったのか?」
ラトの疑問にカムジは真剣な表情で答える。
「もしかすると、ダークエルフの里は新たな脅威に晒されているのかもしれません……」
「新たな脅威だと?」
「秘密結社ノーメンです」




