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第66話 カーラング家の責務

 ドーラたちとは別行動を取っているミーシャは、宿屋を出ると昼間から一人酒場に入りびたって酒を飲んでいた。

 普段は実質全裸に近い姿のミーシャだが、今日はローブを羽織った格好をしている。

 昨晩、寝ぼけたドーラに胸を噛まれたことにより、ミーシャは自身のうろこをボロボロにされていた。

 ドラゴンにとって、強靭きょうじんな鱗は己の強さを誇示こじする象徴でもあるので、傷だらけになったその姿を他人に見られたくないらしい。

 まあ、ミーシャの正体がエレメンタルドラゴンだと知っている者は、このダークエルフの里にはほんの少数しか居ないのであるが。

 酒場の中には、食事をしている観光客もチラホラといるが、夜の酒場ほどのにぎいは見せていなかった。

 現在、悪魔の岩山頂上では、ライムが大地の精霊降ろしの儀式を行っているので、見学がてらにイベント会場に出店されている屋台で食事を済ませる観光客も多いのだろう。

 珍しく、ミーシャがまわりの空気を読んで静かに酒を飲んでいると、深々とローブを被ったダークエルフの少女が酒場に入ってきた。


「おい、緊急連絡用のスクロールで呼び出して何の用だ? もしかして、何か厄介な問題でも起きたのか? って酒くさ……」


 昼間から飲んだくれているミーシャの姿に呆れながら、ラトはミーシャの向かいの席に座った。


「おお、ラトか。昨日、悪魔の岩山で懐かしい顔を見かけたのでな。お主の差し金かとも思ったが、その様子ではどうやら違うようじゃの」


「懐かしい顔?」


「カムジじゃよ。悪魔の岩山にライムの儀式を止めに来たようじゃ」


「……そうか」


「それだけか? お主がこの里を去った後も、カーラング家の責務せきむまっとうする、勤勉きんべん忠実ちゅうじつな家臣へとかける言葉はないのかの?」


「ないな…… 少なくとも、カーラング家を滅ぼした元凶のあたいには何も言う資格はない」


「まだ気にしておるのか…… あれは事故みたいな物じゃよ。お主が責任を感じることではない」


「違う…… あたいが一族のおきてを破ってしまったせいで、奴を眠りから覚ましてしまったんだ。それが原因で父上は邪神に寄生をされてしまった。あたいの軽率な行動が、カーラング家を滅ぼしてしまったんだ。偶然あの時に、魔神様がダークエルフの里の近くに居なければ、カーラング家だけじゃなくダークエルフの里…… いや、この世界全てが滅んでいただろう……」


「ふん。それで罪の意識に耐えられずに、里から逃げ出して魔神について行ったのじゃな?」


「あたいは逃げ出したんじゃない!」


「……わかっておる。ちと、言い過ぎじゃったわ。それで、邪神を滅ぼす方法は見つかったのかの? 魔神がこの世界から居なくなった後、お主ら魔神の眷族はアジトに引き込もって居ただけなのじゃろ?」


「う…… そ、それは、魔神様から待機の命令があったからだ…… そもそも、邪神とは魔神様でさえ滅ぼすことが出来なかった化物なんだ。現状はなんとか悪魔の岩山に閉じ込めてはいるが、邪神を倒す方法なんてそう簡単には見つかるわけないだろ」


「フシュー。ひょっとすると、あの者であれば邪神を倒すことが出来るかもしれぬの」


「そんな奴が居るのか? もしかして、この前に話していた精霊巫女の仲間という例のテイマーのことか?」


「これを見るのじゃ」


 ミーシャはローブを広げて、ボロボロになった胸の鱗をラトに見せた。


「その胸はどうしたんだ? ミーシャの鱗がそこまで傷付いているのなんて初めて見たぞ?」


「ドーラに寝ぼけて噛まれたのじゃ」


「は?」


「凄まじい力で拘束をされ、もう少しで我は食べられてしまうところじゃったわ。本来の力を失っているとは言え、エレメンタルドラゴンの我がまるで赤子のように無力じゃったのう」


「マジで?」


「マジじゃ。邪神と戦っていた時よりも絶望を感じたのじゃ」


 ミーシャの言葉が事実だと悟ったラトは、目を閉じながら無言で考えを巡らせている。

 しばらくして、ラトは目を開けてミーシャへと考えを伝えた。


「……わかった。そのドーラとやらに会わせてくれ。そいつがどれ程の者か、あたいが直接この目で見極めてやる。もしも、そいつのことを危険な人物だと判断をしたら、躊躇ちゅうちょなくその場で始末をするからな」


「フシュー、野心やしんを持つような者ではないから安心をせい。それよりも、カムジの奴にも会ってやったらどうじゃ? どうせドーラは夜までは出掛けておるし、会わせるにしてもまだ時間もあるじゃろう。フシュシュ、もしも一人で会いに行くのが恥ずかしいのならば、我も一緒について行ってやるぞ?」


「……わかった。カムジもドーラとやらのことを見ているんだよな? あいつは中々に人を見る目を持っているから、何か気付いた事があるかもしれない」


「決まりじゃな。お主はカムジの居そうな場所は知っておるか?」


「三百年以上、カムジとは会っていないからな…… とりあえず、あいつの昔の住居にでも行ってみるか。こんな小さな里だし、引っ越すこともそうそうないだろう」


 酒場を出た二人は、ラトの案内でカムジの住居へと向かった。

 繁華街を抜けて住宅地に入ると、観光地の賑わいとはうって変わって、辺りは長閑のどかな景色が広がっていた。


「この辺りも三百年前に比べると、ずいぶんと裕福ゆうふくそうな暮らしをしておるのう」


「里の後のことを託した今の族長は、カーラング家の財政をになっていた人物だった。優秀な奴だったから心配はしていなかったが、期待以上にダークエルフの里を発展させたようだな」


「我は昔の貧しかった里も嫌いじゃないぞ。今の里はちと騒がしく感じるのじゃ」


「まあ、食べるものに困らないのは良いことだ…… さあ、ついたぞ。若干の外装は変わっているが、入り口にカーラング家の家紋が飾ってある。どうやら、カムジはまだここに住んでいるようだ」


 ラトはドアの前に立って、腕を上げてノックの体勢をとる。


「……」


「今さら何を怖じ気付いておるのじゃ。はよノックをせい」


「わ、わかってるよ」


 コンコン


「……カムジ居るか? あたいだ、ラトだ。久しぶりだな、元気にしていたか?」


 シーン


 ラトがドア越しに呼び掛けるが、家の中からは何の反応もなかった。


「カムジ、居ないのか? ドアを開けるぞ?」


 ガチャ


 ラトはドアを開けて家の中を確認する。


「フシュー、留守のようじゃの。ちょうど昼時じゃし、何処か食事にでも行っておるのかの?」


「いや、何かあったらしい……」


 ラトは壁に掛けてある盾を指差した。


「普段のあそこには剣が飾られているはずだ。盾が飾られている場合は、一時的に住居を変える合図になっている」


 ラトは家の中に入り、盾の横にある下がったレバーに触れた。


「これは侵入者があった時に使う、束縛の術式を作動させるレバーだ。発動した形跡があるから、おそらく何者かの襲撃を受けたのだろう」


「フシュー、おだやかではないのう。カムジの移動先に心当たりはあるのかの?」


「カーラング家の跡地あとちに、避難用の地下室が残っているかもしれない。そっちの方に行ってみよう」


 無人のカムジの家を出て、二人はカーラング家の跡地へと向かった。

 カーラング家の屋敷はすでに取り壊されており、その場所は草木が生い茂る空き地となっていた。

 腰付近まで伸びた雑草をかぎ分けながら、ラトは地下室への入り口を探した。


「よし、地下室はまだ残っているようだな。ごく最近に扉を開いた形跡もある。きっと、カムジが中に入ったのだろう」


 草むらの中には、酷くびついた地下に続く鉄の扉が顔を出していた。

 ラトは扉を開いて地下室の中へと入っていく。

 地下へと続く階段を下りていくと、暗闇の奥からラトのことを制止する声が聞こえてきた。


「……止まれ、何者だ? この場所には、カーラング家につらなる者以外の立ち入りは認めんぞ」


「ふふふ、相変わらず真面目というか、融通ゆうずうが効かないというか…… あたいだよ、カムジ。久しぶりだな、元気にしていたか?」


 暗闇の奥からカムジが姿を現した。

 ラトは恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、懐かしいカムジの顔を見つめている。


「誰だ?」


「ガーン」


 ラトは気付いてもらえなかった。

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