第62話 ミミズ少女の監視
ラトは配られているチラシを見ながら、不快感を露にした表情をしている。
「くそ、馬鹿野郎が…… 大地の精霊を呼ぶだと? 誰がそんなことを許可しやがったんだ? 上位精霊なんて傲慢で、自分勝手な考えの奴らばかりだというのに。万が一、面倒なことが起きたとしても、あたいは知らねえからな…… はあ、儀式は悪魔の岩山の頂上でやっているのか……」
ラトはチラシを丸めて投げ捨てると、溜め息を付きながら岩山の山道を登っていった。
「まあ、大地の精霊がそう簡単に降りてくるとは思えないがな。仮に、儀式が成功をしたとしても、依り代になった巫女の体が耐えきれずに、すぐに精霊界へと帰っていくだろう。上位精霊の魔素に耐えるとなると、最低でも超越者クラスの器が必要だ。ミーシャから聞いた感じだと、このハーフスケールはそこまでの人物ではなさそうだからな。何故ミーシャは止めなかったんだ? このままじゃ、この精霊巫女とやらは死んでしまうぞ? くそ、あたいは別に心配をして行くんじゃねえからな…… 一応、監視対象の顔を確認したいから、儀式を見に行くだけなんだからな……」
三百年もの長い間、ラトはアジトで引きこもり生活を送っていたために、一人言が多いのであった。
山道には大勢の観光客が行き交っており、すれ違う人々は皆ラトのことを不思議そうに横目で追っている。
「な、なんでみんなあたいを見ているんだ? あたいに何か変な所でもあるって言うのか?」
深々とローブを被って一人言を呟きながら歩く姿は、不審者そのものである。
「うう…… アジトに帰って引きこもりたい……」
泣きそうな顔でラトが頂上までたどり着くと、広場はまるでお祭り騒ぎのように賑わっていた。
「くそ、人が多過ぎだろ…… ここからじゃ、儀式の様子がよく見えないな……」
小さな体で人混みをかぎ分けながら、ラトは観客の最前列へと移動をした。
「……あいつが精霊巫女か。ハーフスケール族にしては中々の魔素量があるようだが、あの程度じゃ上位精霊の魔素には体が耐えられそうにないな…… ん? ミーシャが魔法陣の隣に座り込んで、何かぶつぶつと呟いてるな…… もしかして、何か考えがあるのか? 確かもう一人、聖女の格好をしたテイマーがいるって話だったな? それらしい奴はこの場にはいないな。出来ればそっちの方の顔も確認をしたかったんだけどな」
相変わらず、ラトは思っていることを全部口に出している。
もちろん、周囲の人たちは一人言を呟いているラトのことに注目をしていた。
「な、なに見ていやがる!」
強気の口調とは裏腹に、ラトは落ち着きのない様子で狼狽えている。
「ははは、悪かったね。いや、ずいぶんと一人言の多い子だなと思ってね」
観客の一人が笑いながらそう指摘すると、ラトは顔を真っ赤にしながら急いでその場から離れていった。
岩山を降りて人気のない場所まで移動すると、ラトはローブの中からスクロールを取り出す。
「限界だ…… いったん隠れ家まで戻ろう……」
ラトがスクロールを開くと、足元を中心に魔法陣が広がっていき、光に包まれながら姿を消していった。
まさか、自分の行動の一部始終を監視されているとは、ラトには思いもよらないであろう。
「んー、行動自体にそれほど怪しいところは無かったな。気になったのは転移のスクロールを使ったことくらいか。確か、転移のスクロールは高価で貴重だと聞いたことあるし、それを持っているってことは一般人ではなさそうだよね」
「ワン」
「そうだね。ダークエルフの里から、あの子の魔素が完全に消えたね。里から離れた場所に転移をしたのかな? ずっと何かを呟いているみたいだったけど、距離があってスコープワームじゃ聞き取れなかった。スクロールで転移をされる前に、あの子の体にワームを付けとけば良かったかな? 念のために、サーチワームの探索範囲を里の外まで広げて探してみよう」
「ただいま戻りました」
ドーラが探知範囲を広げようとした直前に、悪魔の岩山の中からレイビィが戻ってきた。
「あ、お帰りレイビィ。どうだった? 何か変わった物は発見を出来た?」
「まだ一部しか探索が出来ていませんが、どうやらこの岩山は、地上に出ている部分だけでなく、地下にもその根が広範囲に渡って広がっているようですね。この様子だと、砂漠地帯全域にまで根を生やしている可能性があります」
「なるほどね。元々が雲より高い巨大樹って話だし、それを支えていた根となると相当な範囲に広がってそうだね」
「それと、気になるところがあります。岩山の内部ですが、所々に空洞の様になっている箇所がありました。採掘をされて出来たと言うより、岩山が石化をする前に出来た、虫食いの痕跡のような感じですね」
「虫食いの痕跡? 巨大樹だった頃にいた虫かな? 流石にもう生きてないだろうけど、一応警戒はしておいた方がいいのかな? んー、ちょっと気になるけど、今日の探索はここまでにしよう。日が暮れてきたし、ライムさんも儀式の片付けを始めてるみたい」
悪魔の岩山の山頂では人影も疎らになり、出店していた屋台も片付けの作業に入っていた。
スコープワームで人がいないことを確認して、ドーラはディメンションワームで山頂の山小屋へと移動をする。
先程まで追跡をしていた人物のことは、もう頭から離れているようだ。
「ライムさん戻りました。儀式はどうでしたか? ペロペロ」
片付け作業中の屋台で買った、悪魔の岩山名物の岩飴を舐めながら、ドーラは魔法陣を消しているライムに話しかけた。
ちなみに、岩飴とは悪魔の岩山に見立てて作られた、棒の付いた黒い飴である。
とても硬い飴であるが、甘くて美味しいのでドーラは気に入った様子である。
「今日は成果なしだったよ。下位精霊の反応は幾つかあったんだが、お目当ての大地の精霊は見つけられなかったな。まあ、焦らずに滞在期間の間は儀式を続けるさ」
片付け作業をしているライムの隣では、ミーシャが座りながらぶつぶつと呟いている。
「ミーシャさんは、あれからずっと座ったままだったんですか? もう帰りますよ? いい加減に立ち直ってください」
ドーラは座った状態のミーシャの腰を掴み、子供を持ち上げるように立ち上がらせた。
「うひゃ! な、なんじゃ! 何故お主は、軽々と我のことを持ち上げられるのじゃ!」
「え、何か変ですか?」
「人型の姿になっているとは言え、我の体重はドラゴンのままじゃぞ? 山のように重いんじゃぞ?」
「そうなんですか? あ…… いやあ、重かったですよ。ふう、疲れたなあ」
「ぜんぜん感情がこもっておらんのじゃ…… ドーラが力持ちなのは理解したのじゃ」
「そんなにミーシャさんは重いのに、よく宿屋の床とかが抜けませんね?」
「ドラゴンは空中に浮くことが出来るからの。足場が脆い場所などでは、うまい具合に体重をコントロールしておるのじゃよ」
「クックック、驚くのはまだ早いぞミーシャ。今夜になれば、ドーラの怪力を嫌と言うほど味わうことになるからな」
魔法陣を消し終えたライムは、口を手で押さえながら笑っている。
辺りは完全に日が暮れて、観光客が居なくなった悪魔の岩山は静寂に包まれていた。
「さてと、それじゃあ宿屋に戻るとするか。儀式中は動くことが出来なかったから、いい加減に腹がペコペコだよ」
ガチャ
ドーラ達が転移陣のある山小屋に向かおうとした瞬間、山小屋の中から数人のローブを被った集団が現れた。
「精霊巫女一行だな?」
見るからに怪しい集団の出現に、警戒したライムは腰の短剣に手をかける。
「……そうだが、私に何か用か?」
「忠告だ…… 儀式を中止して、今すぐこの里から出ていけ。さもなければ……」
「さもなければ、どうするんだ?」
「貴様らを排除する」




