第59話 眷族会議
「それでは賛成多数のため、新たにドルビィを買い物大臣へと任命をする」
パチパチ
食卓を囲みながら魔神の眷属たちが会議をしている。
会議の議題は、アジトを離れて活動中のドルビィに与える新しい任務についてだ。
現在、ドルビィは自身の立案である、休戦中の人族と魔族の離反工作を行っていた。
これはドルビィの強い要望で進められている計画であり、他の魔神の眷属達はその計画にあまり乗り気ではなかったのだ。
「なあ、エイス。ドルビィからの連絡はまだないのか?」
ジャガイモを片手に持ったダークエルフ族の少女が、会議を取りまとめているエルフ族の男に問いかける。
「相変わらず音信不通だね。本来であれば、週に一度の連絡をよこす決まりになっているのに、ドルビィとの連絡が途絶えてからもう数週間が経っている。何かトラブルがあったのか…… もしくは、私たちに内緒で何かをしているのか……」
「いったいドルビィは、何処で何をしていやがるんだ。あいつが帰って来ないと、あたいは新しい服が着れないじゃないか」
「ラト…… あまり変な衣装は頼んでないだろうね? 一人で買いに行かされるドルビィが不憫で堪らないよ……」
「あたいの着ているこのドレスを買った店に、ちょっとセクシーな魔術師の衣装があったらしい。ドルビィがあたいに似合うだろうから買って来るって約束をしたんだよ」
「……いったいドルビィはどうしたと言うんだ? 以前は、ラトが女性の格好をするのをあんなに嫌がっていたと言うのに……」
「大方、外での活動をしている内に考え方が変わったんだろ? ドルビィが買ってきた衣装を着て見せると、よく似合ってるって褒めてくれるぞ」
ラトは満更でもない顔をして、ドレスの裾を掴んでヒラヒラと揺らしている。
「限界が近いのかもしれんな……」
腕を組ながら椅子に座っている獣人の男が呟いた。
座った状態でもラトより大きな背丈をしており、ピンと立てた大きな耳が特徴的な猫族の男だ。
「……確かに、あの賢者の体を奪った時から、明らかにドルビィの様子に変化があった。その賢者は、子供を拐って人体実験を繰り返す酷い人物だったようだし、もしかしたら賢者の魔素がドルビィの魂に悪い影響を与えてしまったのかもしれないな」
呑気そうな表情をしながら、ラトは両手を頭に乗せて勢いよく椅子に腰を下ろす。
「エイスもドルフも心配をし過ぎじゃないか? あたいは今のドルビィの方が好きだぜ。そりゃあ、転生の度に魂がすり減っているのは心配だけどさ……」
「ラトは褒められるのが好きなだけだろ…… まあ、顔を合わせる度に喧嘩をしていた頃に比べれば、仲良くなった今の君らの方が魔神様も安心をするだろうがね」
「あたい達は喧嘩なんかしてねえよ。いつもドルビィが父親面をしてくるから、鬱陶しかっただけだ」
「ぷぷぷぷ」
会議中にずっと下を向いていた獣人の男が笑いだした。
大きな耳を頭から両側に垂らした犬族の男だ。
「おい、パイク! てめー、なに笑ってやがる! あたいとドルビィの仲が良いのがそんなに可笑しいのか!」
「え? なんのこと?」
不機嫌そうに睨んでいるラトのことを、パイクは不思議そうな顔で見ている。
「……君は会議中ずっと下を向いていたが、話しはちゃんと聞いていたのかい? パイク、いま何か隠さなかったかい? 机の下に持っている物はなんだい?」
エイスはテーブル越しに身を乗り出して、パイクが持っている物を取り上げた。
「なんだい、これは?」
「東方の島国で流行っている漫画だよ。王都の書店でも売っているらしくて、この前ドルビィがお土産に買ってきてくれたんだ」
「会議中、やけに静かだと思ったら、君はこんな物を読んでいたのか……」
「いや、これ面白いんだよ。異世界に転生をした主人公が、推しの冒険者をSランクにするために奮闘するんだ。今アイドル編に入ったところで、信者を増やすためにサイン付きのパンツを……」
「いや、パイク…… 漫画の話しはいいから、ドルビィの行方についての話し合いに参加をしてくれ……」
エイスは漫画を没収して席に戻る。
パイクは悲しそうに漫画に手を伸ばしていた。
「はあ、皆の会議は長いんだよ。ドルビィのことを探したいのかい? それなら、ユダに聞いてみたらいいだろ? ドルビィの外での活動を支援してくれてるんだから、絶対に何か知っていると思うよ。まあ、漫画のお約束のパターンだと、ユダは怪しいんだけどね」
「パイクはユダが裏切っていると言うのかい?」
「賢者の体を奪ってからドルビィはおかしくなったんだ。賢者の体をドルビィに薦めてきたのはユダじゃん。あいつは聖女の使途なんだよ? エイスは本当に信用をしているのかい?」
「ドルビィがまだ聖女の使途だった頃から、ユダとは親友の間柄だと聞いている。現に、ユダは三百年前の聖魔大戦の時にも、戦いに参加をしなかった唯一の聖女の使途だ。とても裏切り者とは思えない……」
「参加をしなかったんじゃなくて、参加が出来なかったんだよ。ユダはイスカリ法国から出られない体だからね。それだからこそ、短命な人族でありながらも生き残っていられる、最古参の聖女の使途なんだからさ」
「ふむ、ユダに聞いてみるか…… しかし、ここから法国へと行くには距離が遠すぎる。転移の魔法はドルビィにしか使えないし、地上ルートで法国に行くとなると色々と危険もあるしな……」
「危険? 聖女のいない法国にそんなものあるの?」
「パイクはドルビィから何も聞いていないのか?」
静かにやり取りを聞いていてドルフが口を開いた。
「何の話?」
「今の法国は内乱状態にあるらしい。事もあろうに、聖女を絶対神としている法国内で、怪しいカルト教団が現れたそうだ」
「カルト教団ね、強いのそれ?」
「その時代の超越者で構成されている、法国のバルキリー部隊が全滅をしたそうだ」
「ふ、ふーん…… やるね…… ま、まあ、それくらい僕にだって出来るさ…… 何て名前の教団なの?」
「スパゲッティ教団…… 聖女の残した神葬グングニルの一撃を跳ね返したゴーレムがいるらし」
「……」
ドルフの話を聞いたパイクは黙ってしまった。
「やはり誰かが直接、外の世界に探しに行くしかないか……」
エイスの言葉に食卓を囲んでいる全員に緊張が走った。
それを聞いたラトは、テーブルを叩きながら立ち上がる。
バーン
「本気かエイス? ドルビィだけでなく、あたいらにも魔神様の命令を破れってことだぞ?」
「仕方がないだろ。ドルビィに何かがあったのは明らかだ。魔神様の眷族になった時から、我々は家族も同然だ。家族を見捨てるなんて、それこそ魔神様が聞いたら悲しんでしまう」
エイスの言葉に反論できる者はいなかった。
「でも、外の世界でドルビィの行方を探索できる奴はいるか? 人族の国に詳しいドルビィだからこそ、外での活動も問題がなかったが、あたいには外で活動をする自信はないぞ。三百年の引きこもりを舐めるなよ!」
ドルフとパイクが、ラトの主張にうなずいて同意をしている。
「ふむ、一理あるな。そうなると、外部に協力者を作るのが良さそうか。とは言え、三百年前の知り合いとなると難しいな。私は、他のエルフ族とあまり交流がなかったからね」
「あたいも駄目だ。魔神様の眷属になったとき、ダークエルフ族とは縁を切ったからな」
「右に同じ。犬族は定住地を作らないから、何処にいるのか分からないんだ」
「では、ミーシャに協力を求むのと言うのはどうだ? エレメンタルドラゴンのミーシャなら、人族の姿に変化をすることも出来る。今の我々よりも、遥かに外の世界の情報にも詳しいだろう」
「ふむ、私もドルフの提案に賛成だ。異論がある者はいるかい?」
食卓の全員が無言で賛成の意を示す。
「それでは、ミーシャとの仲介役を決めないとね。確か、ラトは悪魔の岩山に秘密の隠れ家があったね。あそこからならミーシャの棲むフォークラム火山までも近い。すまないが、ラトにミーシャとの仲介役を頼めるかい?」
「はうっ」
自分を指名されたラトは、胸を押さえながら震えている。
「ま、待ってくれ…… あたいにそんな重要な任務は無理だ……」
「ダークエルフの里になら、ドルビィが昔作った転移のスクロールがまだ使えるはずだろ? 隠れ家でミーシャとの連絡を取るだけでもいいから我慢をしてくれ」
「うう、分かった…… 頑張る……」
眷族会議も無事に終わり、それぞれが自分の部屋へと戻っていった。
そんな眷族達を妬ましそうに見ながら、ラトは憂鬱な顔で一人フォークラム火山へと向かうのだった。
「なんだよ、ミーシャの奴は留守中じゃないか。あたいがこんなに頑張って会いに来たって言うのに、あいつは何処に行っているんだ?」
すぐにでもアジトに帰りたい気持ちを抑えつつ、ラトはその場でミーシャの帰りを待っていた。
バサバサ
「はあ、やっと帰ってきたのか。久しぶりだなミーシャ。どこに行っていたんだ? ……ミーシャ?」
「痛たたた…… 酷い目にあったのじゃ、グスン……」
「なに泣いているんだ?」
「ん? ラトか? な、泣いてなんかおらんぞ……」
「何があった?」
「い、いや…… 実はの……」




