第58話 ミーシャの密会
ダークエルフの里は観光名所として人気のリゾート地であり、年間を通して国内外から多くの観光客が訪れている。
三百年前にこの地の族長となった人物が、それまで閉鎖的であったダークエルフの里を大陸随一の観光地へと発展をさせたのだ。
この土地ならではの名産品を数多く考案しており、夜の酒場では多種多様な地酒を楽しむことが出来るのであった。
普段はフォークラム火山に引きこもっているミーシャであるが、数百年ぶりの酒とご馳走を前にして非常に上機嫌の様子である。
「フシュー、この地産の酒は旨いのう。三百年以上昔に訪れた時には、このような物はなかったのじゃがの。寂れた貧しい里のはずであったが、まさか観光地としてこれほど栄えているとは驚いたのじゃ」
カウンター奥の調理場から、ミーシャのテーブルに次々と料理が運ばれてくる。
今のミーシャは人型の姿をしているが、その正体は巨大なドラゴンである。
まるで胃袋が異空間と繋がっているかのように、運ばれてくる料理を次々と平らげていった。
カランカラン
フードを深く被った小柄なダークエルフの少女が、落ち着きのないな動きで酒場へと入ってくる。
ダークエルフ族はエルフ族と並ぶ長命な種族である。
見た目が少女の姿をしていても、実際はほとんどが成人をしているために、夜の酒場に一人で入ってきても特に珍しい光景ではなかった。
「おい、ミーシャ…… お前は目立たずに食事も出来ないのかよ。むさぼるようなお前の食べっぷりに、呆れた客の注目が集まっているじゃないか……」
ダークエルフの少女は小声でミーシャへと話しかけてくる。
「フシュー、ようやく来おったか。別に我は目立っても一向に構わんぞ。何にもやましいことはしてないからのう」
「あたいが目立ちたくないんだよ。こんなに人が多い場所に来るだけで、今にも心臓が破裂しそうになっているんだ……」
「フシュー、ここはお主の故郷じゃろ? 三百年振りに帰ってきて緊張をするとは、相変わらずお主のコミュ障は治っていないようじゃの。いや、引き込もっていたから、余計に悪化をしているようじゃ」
「ちっ、お前に言われたくねえよ。それに、あたいらは引き込もっているんじゃなくて、魔神様の指示で待機をしているんだ」
ダークエルフの少女は小さく舌打ちをしながら、ミーシャの正面の席へと腰を下ろした。
「それで、どうだった?」
「何がじゃ?」
「何がじゃねえよ。昨日の夜、お前から聞いた冒険者のことだよ。監視をするように頼んだだろ?」
「フシュー、昨日、お主が我の棲み家へと訪ねてきた時に説明をしたじゃろ。確かに、ドルビィによく似た魔素を見つけて追ってみたのじゃが、あまりにも色が違い過ぎであった。ドルビィとは別の存在じゃ。我の勘違いなのじゃよ。おそらくは、ドーラが使役をしてる従魔じゃろうな。一瞬しかその姿の確認を出来なかったが、あれは実体を持たないレイス系の魔物…… いや、あの魔素の色からして、精霊系の高次元生命体かのう」
「……そうか。もう一人の仲間は、ハーフスケール族だったな。それならば、精霊と契約をしていても不思議ではないか。他に何か気が付いたことはないか?」
ミーシャは面倒くさそうに、酒を飲みながら砂漠でのことを思い返す。
「おお、思い出したのじゃ。ライムの話では、アダマスの森に無詠唱の転移魔法が使える魔物がおるようじゃぞ」
「無茶苦茶重要じゃねえか! 無詠唱の転移はドルビィにしか使えねえだろ!」
ダークエルフの少女は立ち上がって、思わず大声を出してしまった。
酒場の客の視線が、ダークエルフの少女に集中をする。
「はうっ……」
ダークエルフの少女は注目をされて、オロオロと挙動不審な動きをしている。
「残念じゃが、そやつはドルビィではなく、魔物のレイスだと言っておった。ふむ…… なるほど、そう言うことか。ライムは気付いていないようじゃが、おそらくはドーラの連れている仮面の従魔とそのレイスは、同一の個体なのじゃろうな。聞くところによると、そのレイスは聖属性の魔法が効かないらしいぞ」
「なんだ、そのふざけたレイスは? そんなアンデットが存在をしてたまるか。ミーシャが揶揄われているんだろ?」
「フシュシュ、もちろん話し半分じゃろうがの。聖属性の効かぬレイスなど存在をするはずがなかろう。そもそも、聖属性の魔法を使える者は、今のこの時代には存在をせぬはずじゃ。それゆえに、神官は祈りを捧げることによって、聖女の残思を集めて力の行使をしているのじゃからの」
ダークエルフの少女も、ミーシャの考えに同意をしてうなずいている。
「そのレイスも、ダークエルフの里へ一緒に来ているんだよな? 現状、ドルビィの行方を探す手掛かりは何もない。それならば、そのレイスのことを調べてみるのも悪くはないか。万が一、無詠唱転移について何か知っているのなら、ドルビィと接触をしている可能性が高いしな。ミーシャには悪いが、もう少しだけその冒険者達の監視を続けてもらえるか?」
「元から我はそのつもりじゃよ。力を失った今の我がドルビィを倒すのには、ドーラ達の協力が必要不可欠じゃからの。もしも、我がドルビィのことを見つけたら、そのまま倒してしまってもいいんじゃろ?」
「ああ、構わない。ただし、叡智の仮面と大鎌デスサイスだけは回収をしてくれ」
「フシュー、了解じゃ。それにしても、お主の反応はちと冷たいのではないか? ドルビィが倒されても平気なのか? お主らは仲間であろう?」
「……ドルビィは勝手をし過ぎた。この時代の賢者の体を奪ったのは別にいい。そいつは相当な極悪人だったらしいからな。むしろ、人族の国からの依頼で、ドルビィは賢者の始末を頼まれていたんだ。しかし、ミーシャのことまで襲っていたなんて、あたいらは聞いていなかった。ドルビィに許可をした外での行動は、人族と魔族の戦争への誘導だけで、直接的に介入をすることは固く禁止にしていた。あいつの魔素が限界に近いのは、眷属の皆も薄々は気付いている。だからと言って、ドルビィのわがままを許したのが間違いだったんだ。魔神様の最後の命令は、自らが戻るまでアジトで待機をしていろという指示だ。今回のことが片付いたら、あたいらは大人しく魔神様の帰りを待つことにする」
「ふん、お主らのこれからなぞ我は知らんわ。まあ、あと一回くらいであれば、ドルビィの魂も転生に耐えられるかもしれぬ。事が済んだ暁には、野心などは捨てさせて余生を平穏に過ごさせるがよい」
「そのつもりだ。ドルビィにピッタリの仕事も用意してあるしな」
「なんの仕事じゃ?」
「買い物係だ」
「なんじゃそれ?」
「まあ、そういうわけだ。あたいはもう帰る。外の空気を嗅いでるだけで吐き気が酷い……」
「はあ、そんな情けない姿を見たら魔神が悲しむぞ。どうじゃ? お主も我と一緒にドーラ達と行動を共にするか? そうすれば、少しは外の空気にも慣れるじゃろう」
「また来る……」
ダークエルフの少女は、おぼつかない足取りで酒場から出ていった。
「相変わらず協調性がないのう、魔神の眷族という奴らは。特に、ラトはいつまでたっても子供のままじゃわい。成長の遅いダークエルフとは言え、あやつはすでに成人をしている年齢じゃ。本来であれば、立派な青年の姿をしているであろうに…… 何故、ラトは少女の姿をしているのか……」
何か理由があるのだとミーシャは考えているが、ラトが女装をしているのはただの趣味である。
その後、ミーシャはひとしきり酒を楽しむと、ほろ酔い状態でドーラ達の待つ宿屋へと向かった。
「はううう」
ミーシャがドーラ達の宿泊する部屋の前にたどり着くと、部屋の中からライムの悶えるような声が聞こえてくる。
「は? なんじゃ? これは入っても平気なのか?」
ミーシャは恐る恐る部屋のドアを開けた。
「はう、ドーラもう許して……」
「ちゅーちゅー。ミルク美味しい」
「……お主ら何をやっておるのじゃ?」
ライムはドアの前に立つミーシャに気が付くと、顔を真っ赤にしながら言い訳をする。
「ち、違うぞ! 私たちは決してそういう関係ではな…… はううう」
「まあ、お主らが楽しむのは勝手じゃが、我の眠りを妨げぬように、もう少し声を押さえるのじゃよ」
ミーシャは隣のベットに入り、背を向けるようにして眠りについた。
「だ、だから違うんだ! これはドーラが寝惚けているんだ! ミーシャ助けてく…… はわわわ」
「ちゅーちゅー。ミルク美味しい」
ドーラが満足をする深夜まで、ライムは寝ることが出来なかったようである。




