第57話 ミミズ少女とダークエルフの里
「へー、あれが悪魔の岩山ですか?」
「ああ、大きいだろ? 悪魔の岩山の麓にダークエルフの里がある。しばらくは滞在することになるから、あまり変な事して迷惑をかけるなよ?」
「変な事なんてしませんよ。私の事を何だと思っているんですか?」
「え? 世間知らずのお騒がせ冒険者かな?」
「……分かりました。ライムさんは失礼な人だと、アダマスの森のレイスには伝えておきます」
「い、いやだなあ。冗談に決まってるだろ? ドーラも意地が悪いなあ…… あははは」
「はあ、もういいですよ。それにしても、事前に予定をしていたよりも、一日早く悪魔の岩山まで到着が出来ましたね」
「フシュー、お主らの乗っているサンドタートルが異常なのじゃよ。休息も取らずにこの速度で移動が出来るとは、もしや、特別優秀なサンドタートルであったのか?」
「レンタルで借りた普通のサンドタートルだぞ。何故だか、今日は凄く元気があるみたいだがな。まあ、生き物なんだから、そんな日もあるんだろうよ」
ライムの作った砂漠のオアシスで休息をしていたサンドタートルは、目を見張るほどの生命力に満ち溢れていた。
なんの変哲もない普通の水であったはずだが、もしかするとドーラが粗相をしているのが原因なのかも知れない。
後に、ある人物があのオアシスの水を全て回収して、奇跡の聖水として様々な研究に活用をするのであった。
自身のやらかしなど知るところでないドーラは、悪魔の岩山を興味深そうに観察している。
(思ってたよりも、ずっと大きな岩山だな。何でか父のガイドブックにも、あまり詳しい情報は載ってなかったんだよね。危険だから近付くなとしか書いていなかった。何が危険なのかは分からないけど、そう言う場所ほど珍しい鉱物とかありそうだよね)
ガイドブックの情報不足に不満があるドーラだったが、もしかすると下手に詳しい情報などを載せて、ドーラに興味を持たれないようにしていたのかもしれない。
そんな父の思惑も、ドーラには知るよしもなかった。
「なんか大きな切り株みたいな形ですね?」
「フシュー、そうの通りじゃ。悪魔の岩山とは、遥か太古に存在をした巨木の成れの果てなのじゃ。あれが切り倒される前には、雲よりも高く聳え立つ巨大樹じゃった。長い年月により石化して、今のような岩山になったのじゃよ」
悪魔の岩山を睨み付けるように、目を細めながらミーシャは説明をする。
「昔にはあんなに大きな木があったんですね。どうして切り倒されちゃったんですか?」
「……あれ程の巨大な大樹じゃ。成長をする過程で、周辺の大地の魔素を根こそぎ吸い上げてしまったのじゃよ。この地域が砂漠化をしたのも、大地の魔素が無くなったのが原因なんじゃよ。それに見かねた大地の精霊が、精霊界よりこの地へと降りてきて、その巨大樹を切り倒した…… というのが一般的に伝えられている悪魔の岩山の伝承じゃな。ハーフスケール族であるライムのほうが、その辺の話には詳しいのではないか?」
「ハーフスケール族に伝わっている話では、巨大樹の元へとやって来た人族の男が、その荒れ果てた大地を嘆き、復活をさせるために大地の精霊を呼び出したと言われている。願いを聞き入れた大地の精霊は、その男と協力をして巨大樹を切り倒し、やがて男と結ばれる事となってこの地で子を作った。その後、地上で暮らしていた大地の精霊は、男が亡くなるのと同時に精霊界へと帰っていった。ハーフスケール族の誕生にまつわる言い伝えだ。ただし、この伝承には幾つもの疑問点があるんだよな……」
「何がですか?」
「まず、大地の精霊が『人族の男と協力をして』と言うところだな。大地の精霊ほどの上位精霊が、本当に人族の力などを必要としたのか…… 事のスケールが大きすぎて、たとえ超越者の人族だろうとも、大した役には立たない思うんだよな」
「んー、直接的な力になれなくても、何かサポートをしたりとか? 食事を作ったりとか、掃除をしたりとか」
「そうだな。その可能性はある。当時のことなど、私達には分からないからな。もう一つの疑問は、『大地を復活させるため』に巨大樹を切り倒したのに、今現在もこの地域は砂漠化をしたままと言うことだ。これは私達にも確認ができる、厳然たる事実だ。この星で最も長い時を生きるエレメンタルドラゴンのミーシャなら、その理由について何か知っているんじゃないのか?」
ライムからの問い掛けに、ミーシャは目を泳がせながら顔をそらしている。
理由を知っているのか、明らかに動揺をしている様子だ。
「わ、我は何も知らんぞ…… 我は基本的に火山に引き込もっておるからの……」
「……本当か? お前、何か隠しているだろ? 冒険者としての私の感が、お前のことは信用出来ないと警告しているんだよ。私達に同行をしてるのも、ドルビィと戦うためではなく、本当は他に目的があるんじゃないか?」
「ド、ドキ! な、何を言うのじゃライムよ…… 我は頼まれてお主らのことを監視しているなど、そんなことがある分けなかろう……」
ほとんど自白をしているようなミーシャであった。
「……まあいいさ。もしもミーシャが何か怪しい動きをしていたら、今度は手加減しないで殴ってもいいからなダイフク」
「ワン」
ダイフクの目が鋭い光を発する。
「フ、フシュ…… 我は怪しいことなどせんのじゃよ…… そ、そうじゃ、我はダークエルフの族長と旧知の仲なのじゃ。どれ、人足先に里へと飛んでいき、挨拶をしてくるとするかの。お主らとは、里の宿屋で落ち合うとしよう。それでは行ってくるのじゃ」
ミーシャはその場から逃げるようにして、ダークエルフの里へと飛んでいった。
「いや、行動が怪しすぎるだろ…… もしかして、ダークエルフの族長と裏で繋がっているのか? だとすると何のために? 族長には里で頼み事をしたいから、出来れば勘違いであって欲しいな……」
「頼み事ってなんですか?」
「直接、大地の精霊から話を聞くために、悪魔の岩山を少し使わせてもらおうと思っていてな」
「大地の精霊さんにですか? でも大地の精霊さんは精霊界に帰っていて、もう悪魔の岩山には居ないんですよね?」
「そこで私の『精霊巫女』としての力を使う。精霊巫女とは自身の体に精霊を降ろして、その精霊の知識や力を行使することが出来るんだ。ただし、大地の精霊ほどの上位精霊を降ろすには、その精霊と強い繋がりがある場所で儀式を行う必要がある。人族の男と暮らし自らの子を生んだ悪魔の岩山でなら、私の呼び掛けに答えてくれる可能性があるだろう。ま、あまり期待はしてないがな。上位の精霊を降ろす儀式なんて、昔に成人の儀でやったとき以来だからな」
(儀式か…… それは好都合かな? 悪魔の岩山では、ライムさんと別行動が出来るってことだよね。ライムさんの目がなければ、レイヴィを使っての鉱物探索もやり易くなるしな。もしダークエルフの里の住人に見られても、変装の用意をしてあるから私の正体はバレないよね)
「ダークエルフの里の入り口が見えてきたぞ」
ドーラの視界にダークエルフの里の正門が見えてきた。
アダマスの街に比べると小さくはあるが、周囲が塀に囲まれた多くの建物の立つ里である。
砂漠の中だと言うのに、塀の中には緑色に茂った木々も少なくない。
悪魔の岩山の周辺だけ、砂漠地帯にもかかわらず土地が豊かになっているようだ。
「思っていたよりも住みやすそうな里ですね」
「悪魔の岩山が巨大樹だった頃に吸い上げた魔素が、まだ岩山の根元に残っているらしい。そのお陰で、岩山の麓には今でも緑が残っているんだとさ」
里の正門では、若いダークエルフの守衛が警備をしている。
守衛はドーラたちの接近に気が付くが、特に警戒をする気配はなく、ドーラ達を笑顔で迎え入れた。
「ようこそダークエルフの里へ。女性の二人旅と言うことは観光が目的かな?」
守衛が旅の目的をドーラ達に質問をする。
「まあ、そんな所かな? 大地の精霊に会いに来たんだ。少し話を聞こうと思っている」
大地の精霊に会いに来たと聞いて、衛兵は目を丸くしながらライムを見つめている。
「ハーフスケール族? もしかして精霊巫女か? なるほど、確かに悪魔の岩山でなら大地の精霊に会えるかもしれないな。申し訳ないが、儀式をはじめる前に族長へ説明をしてもらえるかな? 許可もなく勝手に儀式などを始めたら、他の観光客や里の者が心配をするからな」
「ああ、もちろん勝手に儀式をやったりなんてしないさ。今日はもう遅いから、明日の朝にでも族長へは挨拶にいくよ。ちょうど道中でサラマンダーを仕留めたから、それをお土産に持って行くとしよう」
「よろしくたのむ。宿屋は門を入ったらすぐに見える。族長の家は、悪魔の岩山へと通じている裏門の前だ。乗ってきたサンドタートルは、そこの厩舎で預かってもらえるよ」
正門脇の厩舎には、他の観光客が乗ってきた沢山のサンドタートルが預けられていた。
「分かった、ありがとう」
ドーラ達はサンドタートルを厩舎に預けて、ダークエルフの里へと入っていく。
ダークエルフの里は多くの観光客で賑わっていた。
通りには沢山の土産屋が営業しており、まさに観光地といった様相である。
「いろんな種族の人たちがいますね。ダークエルフの住人よりも、観光客のほうが多くないですか? とてもここが危険な場所には見えないです」
「里には多少の緑があるとはいえ、砂漠の中であることには変わらないからな。観光地としての稼ぎがダークエルフの主な収入源になっているんだ。て言うか、危険度な場所って何のことだ? この地は、何百年も争いの起こっていない平和な観光地だぞ?」
「え? そうなんですかです? 知り合いの話だと、近付いてはいけない場所との事なんですが」
「どこか別の場所と勘違いでもしているんじゃないか?」
「そうかも知れませんね。あれ、あそこに居るのはミーシャさんじゃないですか? 何をしているんだろう?」
ドーラは人混みの中を歩くミーシャを見つける。
ソワソワと何かを探しているような素振りで、見るからに不審者という感じであった。
ミーシャは目的のものを見つけたのか、うっすらと笑みを浮かべながら建物へと入っていく。
その様子を見ていたライムは、呆れた声で溜め息をつく。
「はあ、あそこは酒場だな。ドラゴンは酒好きが多いって言うからな。もしかして、酒が飲みたいから一人で先にダークエルフの里に向かったんじゃないだろうな…… ミーシャのことは放っておいて、私たちは宿屋に行くぞ。風呂にでも入って、今日はゆっくりと休むとしよう」
ドーラ達は正門のすぐ横にある宿屋へと入っていった。
観光地と言うだけあり、かなり大きな作りの建物で、内装もとても綺麗な宿屋である。
「長期の宿泊がしたいんだが、部屋は空いてるか? 二人と二匹の宿泊で、二週間ほどを予定しているんだが」
受付の女性は宿帳を開き、空き部屋の確認をする。
「長期の滞在ですと、家族用の大部屋になりますがよろしいでしょうか?」
「それで頼む。もう一匹は遅れてくるから、あとで部屋まで案内してやってくれ」
「かしこまりました」
受付の女性から鍵を受け取り、ドーラ達は指定された部屋へと向かった。
「バザーで借りた部屋と比べると、凄く広い部屋ですね」
「家族用だからな。部屋の中に風呂もついてるし、ベッドもちゃんと二つある…… 二つ? しまった! ミーシャをペット枠で数えていた! あいつも人型をしているから、これじゃあベッドが足りないぞ」
「本当だ、ベットが二つしかない。でも、バザーの宿屋でもライムさんと同じベッドで一緒に寝ましたし、またライムさんと一緒でも私は平気ですよ」
ライムはバザーでの夜を思い出して、ひきつった顔をしている。
「これから二週間…… 私はまともに寝ることが出来るのだろうか……」




