第56話 叡智の仮面
「と言うことがあっての…… って、お主ら我の話をちゃんと聞いてる?」
ドーラ達はサンドタートルに乗って、悪魔の岩山へと向かっていた。
ミーシャはサンドタートルに乗るスペースがないので、ふわふわと空を飛んで後ろからついてきている
ドラゴンの翼はただの飾りらしく、人型の姿でも特性として空を飛べるらしい。
「え? あ、はい。途中までは聞いてましたよ。ペロペロ」
アイスキャンディーを食べるのに夢中なドーラは、長ったらしいミーシャの話には興味がないようである。
「ガーン…… 結構、真面目な話をしていたのじゃが……」
「ドーラに興味がない話を聞けなんて無理だぞ。お前の話を聞いてもらいたいのなら、三行で簡潔にまとめないとな。ペロペロ」
ライムはこの数日間での旅で、ドーラの性格を良く理解したのであった。
「むむ、三行とな…… ドルビィは賢者の研究を使って無詠唱の転移魔法を完成させた。我は魔素の九割ほどを大鎌デスサイスで奪われてしまった。ドルビィはエレメンタルドラゴンの魔素を集めて最強のワイバーンを作り出そうとしている。どうじゃ、分かったか?」
「なるほど、そんなことがあったんですね。ペロペロ」
ドーラは全てを理解した。
「おお、やっと理解をしたか。ところで、先程からお主らが食べている物はなんじゃ?」
「これはアイスキャンディーです。冷たくて美味しいですよ。ミーシャさんも食べますか? ペロペロ」
「むむ、我は冷たい食べ物は苦手なのじゃ。温かいアイスキャンディーはないのか?」
「そんな物は存在しないです。ミーシャさんの分も買って来ましたので、これで我慢をしてください。ペロペロ」
ドーラは冷たいアイスキャンディーをミーシャに渡した。
「冷たい食べ物は苦手じゃが、せっかくの好意は受け取らねばならんな。ところで、お主いつの間にアイスキャンディーとやらを買いに行ったのじゃ? ずっと我の前でサンドタートルに乗っていたはずじゃが?」
サンドタートルの後ろでずっとドーラのことを観察していたミーシャは、不思議そうにアイスキャンディーを見つめている。
「ドーラのことは深く考えるだけ無駄だぞ。何でもありな奴だからな。ペロペロ」
短期間のこの旅で、ライムにはドーラへの耐性が出来ているようだ。
「ふむ、なるほどの。冷たい食べ物は初めてじゃが、ありがたく頂戴するとするかの。ペロペロ」
アイスキャンディーを舐めた瞬間、ミーシャは体を硬直させる。
「うわあああ! あ、頭が割れるううう!」
ミーシャは空から落下をして、悶絶しながら砂漠の上をのたうち回っている。
「ええ…… いくらなんでも、冷たい食べ物に弱すぎだろ…… ペロペロ」
ドーラとライムは、哀れむような目でミーシャを眺めていた。
全身を砂まみれにしながら、ミーシャは再び空中へと浮かび上がる。
「ま、まさか冷たい食べ物が、これほど危険な食べ物だったとは…… 死ぬかと思ったのじゃ…… ああ、我のアイスキャンディーが砂だらけになってしもうた……」
「いや、もう食べない方がいいだろ…… それにしても、無詠唱の転移魔法か。アダマスの森に居るレイスも使っていたけど、もしかして魔神の眷属と何か関係があるのかな? いや、アイツは魔神の眷属と言うよりも、むしろ聖なる存在に近いだろうがな。ペロペロ」
「なに、無詠唱の転移が使えるレイスじゃと? ……ライムよ、その話を詳しく教えてくれぬか?」
ミーシャはライムの話に関心を示す。
「無詠唱の転移だけじゃないぞ。聖属性の魔法も効かない凄いレイスだ。ペロペロ」
「は? なんじゃそれ? 聖属性が効かぬレイスなど、それはもう無敵じゃろ?」
ライムの話にミーシャは半信半疑の眼差しを向けている。
「ライムさんは、そのレイスのことが好きなんですよね。ペロペロ」
ドンガラガッシャン
ドサ
ライムは後方に転がりながら、サンドタートルの甲羅から落下をした。
「い、いまそれは関係ないだろ! ああ、私のアイスキャンディーも砂だらけに……」
溶けて棒だけになったアイスキャンディーを片手に、ライムはサンドタートルの甲羅へと戻っていく。
「聖属性が効かないのはさておき、無詠唱の転移魔法はドルビィが完成させたと言っておった。そのレイスがドルビィから教わったのか、もしくは賢者と関係者があった者で、その研究を独自に開発させたのか……」
ミーシャは無言になり、考えを巡らせている。
(まあ、同一人物みたいなものだしね。ミーシャさんなら記憶がないレイヴィが、ドルビィさんの魔術を使える理由を知っているかな? 本来の方法とは違うかたちで、ドルビィさんの魔素が移動しちゃったみたいだし、その辺が何か関係をしていそうだけど……)
「ドルビィさんは、どうやって賢者さんの体を奪ったんですか? ペロペロ」
「ドルビィが魔神より与えられた、叡智の仮面と大鎌デスサイスの能力を使ったのじゃよ。大鎌デスサイスには、魔素を他者へと受け継がせる能力がある。魔素とは生命の存在を決定付ける、言わば魂のエネルギー体なのじゃ。ドルビィは大鎌デスサイスを使い、己の魔素を他者へと受け継がせることで、永遠の時を生きようと研究をしていた。しかし、それだけでは駄目じゃった。魔素を移し代えただけの依り代では、記憶までは受け継ぐことが出来ないのじゃ。フシュシュシュ、当然の結果じゃよ。記憶とは、その者の脳に刻まれた生きた証じゃ。魂だけを受け継がせたとしても、記憶がなければそれは別の生物なのじゃからの。我の魔素を奪って、最強のワイバーンを作ろうとしているようにな。そこで、ドルビィが目を付けたのが叡智の仮面じゃ。叡智の仮面とは、本来は強大な魔神の魔素を、その眷族へと分け与えるための代物じゃった。しかし、ドルビィは長年の研究の成果により、自身の記憶を叡智の仮面へと刻み込むことに成功をしたのじゃ。そして、ドルビィは自らの生命としての在り方を、記憶と魔素の二つに分解をした。ドルビィと言う存在の正体とは、自らを情報生命体へと変えたインテリジェンスアイテムなのじゃよ。叡智の仮面で記憶を引き継ぎ、大鎌デスサイスで魂を受け継ぐ。これが、ドルビィが至った転生術の正体じゃ。そして、転生した依り代の魔素を自身に吸収しながら、ドルビィはどんどんと魔素を強化していきおった。まあ、事はそう上手くはいかなかったようじゃの。人族としての魂の限界、あるいは輪廻と言う名のこの宇宙の法則から外れてしまったがためか…… 数多の魔素と混じりあいながら転生を繰り返したことにより、次第にドルビィの魂は壊れていってしまったようじゃ。昔はあそこまで歪んだ性格ではなかったのじゃがな。子供が好きな優しい一面もあった。かつては、共に戦ったこともある我の魔素を奪いに来るとはのう……」
(なるほどね。魂が壊れちゃったせいで、ドルビィさんは子供好きからロリコンに変わっちゃったんだな)
どうでもいいことに納得をするドーラだった。
まあ、ドーラがこの長い話を聞いていたことは奇跡であろう。
「ドルビィさんのことは大体分かりました。ドルビィさんが転生をするのには、二つのアイテムが必要なんですよね?」
「うむ、そうじゃ」
「もしも、記憶を受け継がないで、ドルビィさんの魔素だけを引き継いだとした場合、その人はドルビィさんが持っていた魔術を使えたりはするんですか?」
「……何故、お主はその様な疑問を思う? フシュー、まあよかろう。結論を言えば、ドルビィの魔素ならばそれは可能じゃ。これこそが、ドルビィの持つもう一つの秘密なのじゃ。お主は、どの様にして無詠唱で魔法を発動するか理解をしておるか?」
「え? 私は魔法のことは何も知らないですよ? ライムさんは知っていますか?」
「無詠唱魔法か? まあ、一般的には術式を刻んだマジックアイテムの補助を使ったり、自身の体に直接術式を刻んだりするのもいるな。後は、精霊などから加護をもらったりか……」
「ドルビィは、そのどれとも異なる方法で無詠唱の魔法を行使しておるのじゃ。奴が術式を刻んだ場所は、体の何処でもない…… 己の魔素に術式を刻み込んだのじゃ」
「はあ? 魔素に術式を? そんん事が可能なのか?」
「己の肉体を捨てて、情報生命体へと変化をしたドルビィにしか出来ない芸当じゃな。普通の生物が魔素に術式なんかを刻めば、たちまち発狂をして自我が崩壊してしまうじゃろう。無詠唱での転移魔法を完成させたのも、ドルビィが肉体を持たぬからこそなのじゃ。魔素とは概念のようなものじゃ。そこには、幾らでも術式を刻むことが出来るからの。後は、ドルビィが情報を処理出来るまでに、術式を圧縮出来るかだけの話じゃった。フシュシュシュ。もしも、何らかの手違いでドルビィの魔素だけを受け継いだ者がいれば、その者は呼吸をするのと同じように、無詠唱で膨大な数のドルビィの魔術を使用できるじゃろうな」
(へー、そう言うことだったのか。それなら、レイヴィがドルビィさんの魔術を使えるのも納得だね。つまり、ドルビィさんの力を受け継いだレイヴィと、記憶を残している仮面のドルビィさんが存在するってことだよね)
ドーラはミーシャの話を理解していた。
興味がある話であれば、ドーラは難しい話もちゃんと聞けるのである。
ドーラはやれば出来る子なのだ。
「あ!」
「どうしたのじゃドーラ?」
ドーラはドルビィが付けていた叡智の仮面のことを思い出す。
(そうか、あの仮面はもう一人のドルビィさんなんだよね? 記憶があるってことは、そっちがドルビィさんの本体になるのかな? 知らなかったから、死体と一緒に荒野に放置をしちゃった。まだ荒野にあるかな? 後でレイビィに見に行ってもらおう)
「ドーラ、見えてきたぞ。あれが悪魔の岩山だ」
黒く巨大な岩山がドーラの視界に入ってきた。




