第6話 ミミズ少女と魔神の眷族
名乗りをあげたドルビィは、不適な笑みを浮かべながらドーラの反応を伺っている。
「……」
「……」
二人の間に重苦しい空気が流れる。
(どうしよう…… とても気まずい…… 何か自信満々に名乗ってたし、これは知っていて当然の雰囲気なのかな?)
「ドルビィと申します」
(言い直した! んー、人族の間では有名人なのだろうか? 驚けばいいのかな? でも、反応を間違えるともっと気まずくなりそうだし……)
ドーラが反応に困っていると、少し恥ずかしそうにドルビィが話を進めた。
「まだ幼いようなので私のことは知らないようですね…… まあ良いでしょう…… それでは、こちらもお嬢さんのお名前を伺ってよろしいでしょうか?」
「……」
「……」
二人の間に重苦しい空気が流れる。
「あの…… 聞こえていますか? どうも先ほどから反応が薄いようなのですが……」
「あ、すみません。えっと私の名前ですか? 申し訳ないのですが、父から知らない男に声をかけられても無闇に名前を教えてはいけないと言われてまして」
「いや、ちょっと失礼じゃありませんか? 先にそちらが私が誰かを訪ねてきたのに、自分は聞かれても名前を明かさないなど…… いったいどういう教育をあなたは受けてきたのですか?」
「え? ロリコンには気を付けろと……」
「ち、ちょっと待てよ! 俺はロリコンじゃねえ! 冤罪だ! ハラスメントだ!」
(あ、興奮させちゃった。と言うか突然口調が早口で乱暴になったな。さっきまでの丁寧な言葉使いは演出だったのかな? なんか面倒くさそうな人だな……)
「まったく、これだから最近の若者は駄目なんだよ。あれだ、クソガキっていうやつだ。完全に大人を舐めているだろ。マジで面倒くさいわ最近の子供って。て言うか、はじめ見たときから不愉快だったんだわ。その白い髪、あのクソ女のことを思い出すわ」
(これ知ってる。老害ってやつだ。相手にしちゃ駄目だから、無視して話を進めよう)
「まあ、そんなことは置いといて……」
「置いとかねえよ? 男にとってロリコンと間違えられるだけで、周囲にどんな目で見られるかわかる? 冤罪をきせられて社会的に抹殺される事例だってあるんだぞ?」
「……魔素が絶望だとか希望だとかってどういうことですか?」
「クックック、気になりますか? どうしましょう。名前も名乗らないような輩には教えたくありませんねえ」
(口調が戻った。丁寧になったけど、言ってる内容は大人げない。とても面倒くさい大人だな)
「……ドーラと言います」
「ほうほう、ドーラさんですか。いいでしょう。私は今とても気分が良いので、特別に貴方にお教えてさしあげましょう」
(チョロい。本当に大丈夫だろうかこの人は?)
「ドーラさんは魔素の違いについて、どの程度の理解がありますか?」
「え、違いですか? んー、大きさとか?」
「そうですね。魔素の大きさは、その者の肉体や魔力の強さに影響を与えます。そして大きさとは別に魔素には色があります。魔素の色は白と黒に分かれており、特定の能力にだけ影響を与えるのです。白に近いほど癒しの能力が強くなり、逆に黒に近いほど破壊の能力が強くなります」
「なるほど。絶望と希望の感情によってその色が分かれているのですか」
「その通りです。ドーラさんは勘が良いですね。素晴らしいです」
ドルビィは楽しそうに手を叩いている。
どうやら、ロリコン認定をされた事はもう頭に無いようだ。
ドーラも褒められて少し嬉しそうにしている。
「何故ドルビィさんは絶望の黒い魔素を求めているのですか?」
「もちろん、魔神様の復活のためですよ」
(魔神って神話やお伽噺に出てくるあの魔神のことかな? 確か300年前の戦いで聖女と戦って敗れたって本で読んだことがある)
「魔神は聖女との戦いに負けて、滅んだんじゃないのですか?」
「一般的にはそのように伝わっていますが、けっして魔神様は負けてなどいませんよ。むしろ戦いは魔神様が優勢でした。劣勢に追い込まれた聖女とその使徒による策に嵌められて、狭間の世界に閉じ込められてしまったのです」
「狭間の世界? 異空間のような所ですか?」
「狭間の世界とは、この世界とも異空間とも違う、新たに作られた仮初めの世界です。聖女の使徒達がその身を犠牲に作り出し、そこに誘き寄せられた魔神様は、聖女の祈りによってその世界に閉じ込められてしまったのです。狭間の世界では今現在も聖女は祈りを続け、魔神様の復活を封じているのです。滑稽な話ですよね。もし聖女が戦いに勝利していたのなら、何故この世界に未だに戻らないのかを誰も想像も出来ないとは。いえ、勝利したと言う偽りをもって、世界の平和を偽装しているのでしょう」
「なるほど。つまり、二人の戦いは今も続いているのですね」
(大昔から祈り続けているなんて凄いな。聖女はお腹が空かないのかな?)
「本当にあなたは勘が良くて賢いですね。その通りです。そして、その戦いを終わらせるために私は黒い魔素を集めているのです。聖女の祈りに満ちた狭間の世界に、絶望に染まった黒い魔素を流し込む。クックック。勘の良いあなたなら、どうなるか分かりますよね?」
(均衡が崩れて魔神が解き放たれるってことか)
「そんな大事な話を、私のみたいな子供に教えて大丈夫なのですか?」
「クックック。勘の良いあなたなら、この後どうなるか分かるでしょう?」
「……」
「……」
(気に入っている台詞なのかな? でも使いすぎるとなんか間抜けっぽく聞こえるな……)
「では最後の質問です。若くて元気な村人ではなく、何故こんなひ弱な老犬の魔素を絶望に変えようとしたのですか?」
「クックック、重要なのは魔素の大きさではないのですよ。この犬コロはとても愛され、とても大事にされていたのでしょうね。与えられた希望が大きいほど、それが絶望に変わったときにより黒く色が染まるのですよ」
(まあ、聞くことはこんなものでいいか。ドルビィさんがどういう人で、何をしようとしているのかは分かったし)
二人の会話中にも老犬は必死に睨みを効かせているが、その足はプルプルと震えている。
恐怖で震えているのではなく、どうやら立っているのが限界のようだ。
(ワンちゃんも辛そうにしているし、あまり長話をするのは可哀想かな? そろそろ終らせることにしよう)
「色々と教えてくれてありがとうございました。正直、魔神とか聖女とか私には興味がないのでどうでもいいです。ただ、この老犬には干し肉を貰った恩があるので…… そうですね、あなたには死んでもらうとしましょう」
「はえ?」
予想もしていなかったドーラの言葉に、ドルビィは間抜けな声をあげてしまった。
「あれ? 分からないのですか? ふひひひ、ドルビィさんって意外と勘が悪いんですね」




