第51話 ミミズ少女と砂漠地帯
浴場で汗を流し終えたライムが部屋に戻った後、ドーラ達は宿屋の食堂に移動をして朝食を取った。
食事を済ませて旅の準備を整え終えると、ドーラ達は退室の手続きに宿屋の受付へと向かった。
「ライムさん、おはようございます」
受付で手続きをしていると、昨日酒場で出会った冒険者のムロがやってくる。
ムロの隣には、昨日ライムに絡んできた酔っぱらい冒険者が寄り添うようにして立っていた。
「よう、お前らもこの宿に泊まってたんだな」
「はい。これから汗を流しに浴場へと行く途中です」
二人は仲が良さそうに手をつないでいる。
「そ、そうか…… まあ、ほどほどにな……」
「はい。じゃあ、行こうか」
「う、うん」
酔っぱらい冒険者は頬を赤く染めながら、ムロに手を引かれながら浴場へと連れられて行った。
「あの二人、仲良くなったんですね」
「そうだな、いっぱい可愛がられたんだろな」
(昨日はあんなに乱暴な態度だったのに、凄く大人しくなってるね。どんな可愛がられ方をしたんだろう?)
(ワン)
ダイフクはその理由を察していたが、ドーラにはまだ早い話なので黙って尻尾を振っている。
宿屋を後にしたドーラ達は、昨日ライムが予約をしたサンドタートルの厩舎へと向かった。
サンドタートルとは、砂漠地帯に棲息をする巨大な亀型の魔物である。
極めて大人しい生態をした魔物であるために、足場の悪い砂漠地帯での移動手段としてよく使われている。
「サンドタートルに乗るのは初めてなので楽しみです」
「甲羅の上に鞍が取り付けてあるから、意外と乗り心地は快適だぞ。馬などの乗り物にくらべると速度は遅いが、砂漠地帯を歩いて渡るよりは何倍も速く移動が出来るからな」
サンドタートルの厩舎に到着をすると、受付の建物の前に数体のサンドタートルが並んでいた。
この日に貸し出される予定のサンドタートルのようだ。
ライムが受付で手続きを済ませると、ドーラ達は一体のサンドタートルの前へと案内をされた。
「へー、思ってたよりも大きいんですね」
「これは二人乗りのサンドタートルだからな。一人乗りのサンドタートルだと、速度は速いが利用料金が高めになっている。アイテムボックスのおかげで余計な荷物がないから、ダイフクも最後部の荷物置き場に乗って移動が出来るぞ」
「ワン」
ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。
安全のために飼育員がバザーの外までサンドタートルを誘導していき、回りに人が居ないのを確認してからドーラ達はサンドタートルの甲羅へと上った。
「それじゃあ、出発をするか」
サンドタートルはゆっくりと手足を動かす。
一見すると動きが遅いようにも見えるが、サンドタートルの体が大きいので意外と移動する速度はあるようだ。
一般的な荷馬車よりも少し遅いくらいの速度だろう。
砂漠を這うように進んでいるために揺れることも少なく、とても快適な乗り心地であった。
「途中でサンドタートルの休憩も必要だから、その時に昼食を取ろう。水はアイテムボックスにたっぷりと用意をしてきたか? サンドタートルは移動している最中にも、定期的に甲羅に水をかけないとすぐにバテしまうからな」
「え? あ、はい……」
(……ヤバい、忘れてた)
ドーラは自分用の水筒の水しか準備していなかった。
(ま、いいか)
良いハズがない。
その事をライムが聞いたら、三回転くらいして後方にひっくり返るだろう。
ただし、ディメンションワームでいつでも街に戻れるドーラにとっては、旅の準備不足など些細なことなのであった。
「それにしても暑いな…… まるで甲羅が鉄板のようだ……」
ライムはサンドタートルの甲羅に水筒で水をかける。
ジュ
水は一瞬で蒸発した。
「おいおい、嘘だろ? なんか今日の暑さは異常すぎじゃないか? これじゃあサンドタートルがすぐにバテてしまう。仕方がない。少し早いが水を出してくれドーラ」
(え、まだ準備していない…… んー、どうしよう……)
ドーラは途中でトイレに行く振りをして、バザーまで水を用意しに行こうと思っていた。
予想外に早く水を要求されたため、ドーラは必死に方法を考えている。
「どうしたドーラ? 早くしろ」
(んー、そうだ!)
名案を思いついたドーラは、アイテムボックスの口を開ける。
ザバー
甲羅の上に黒い靄が出現して、勢いよく水が流れ落ちてくる。
「おお、なんだこれ? どうなっているんだ?」
ドーラはディメンションワームを使い、アダマスの森にある湖の底と甲羅の上とを繋げたのだ。
「秘密です。いっぱいあるので、水の心配はしないでください」
「そうか。アイテムボックスで出来る範疇を越えていると思うが、まあその辺は気にしないでおこう」
ドーラが普通じゃないのをライムは何となく感じてはいるが、その事についての詮索などをする気はないようだ。
冒険者ならば人には言えない秘密の一つや二つがあっても、それほど珍しいことではないのである。
「よし、甲羅の温度もかなり下がったな。この後も、定期的に甲羅に水をかけてやってくれ。甲羅の温度が低ければ低いほど、上に乗っている私たちも過ごしやすくなるからな」
「はい」
途中でサンドタートルの休憩を挟みつつ、ドーラ達は順調に砂漠地帯を進んでいく。
日が暮れかけて辺りも暗くなってきた頃、ドーラは前方から接近する大きな魔素の反応を探知する。
「ワン」
「そうだね。ライムさん、この先に何かがいます」
ドーラの警告を聞いたライムは、サンドタートルを止めて前方を確認する。
「何も見えないが、本当に近くにいるのか?」
ライムが額に手をかざして遠くを眺めていると、サンドタートルの正面の砂が勢いよく盛り上がってきた。
「砂の中か?」
ズサー
砂の中から巨大な蜥蜴の魔物が現れる。
「サラマンダーか!」
サラマンダーは、アダマスの鉱山にいたレッサーサラマンダーの上位種の魔物である。
子供くらいの大きさだったレッサーサラマンダーに比べると、サラマンダーは遥かに大きな巨体をしていた。
ドーラ達を乗せているサンドタートルよりも大きな巨体だ。
繰り出される炎ブレスの威力も、レッサーサラマンダーの比ではない高威力なものである。
その脅威度はBとかなり高い魔物となり、討伐クエストではBランクの冒険者パーティー以上が請け負う必要があった。
ライムはAランクの冒険者であるが、ソロでの討伐となると決して油断を出来ない魔物である。
サラマンダーは現れるや否や、わき目もふらずにドーラ達へと突進をしてきた。
「いつもなら面倒くさいから、相手をせずに逃げるんだけどな。だが、バザーで雷風呂に入った今の私は絶好調だ。運動がてらに、少し相手をしてやる」
ライムはサンドタートルの前へと飛び降りると、魔法を詠唱して大地を足で踏みつける。
「アースシェイク」
ドン
激しく大地が上下に振動をして、サラマンダーが上空へと弾き飛ばされる。
サラマンダーは空中で身動きが取れず、無防備に腹部を晒していた。
「サラマンダーの鱗はかなり硬い。しかし、これなら柔らかい腹部ががら空きだぜ」
ライムは腰から抜いた短剣を土魔法で硬化すると、落下するサラマンダーの腹部を下から斬りつけた。
ザク
サラマンダーの腹部が大きく切り裂かれる。
サラマンダーは血を吹き出しながら地面に叩きつけられ、ライムは止めの一撃を眉間へと突き刺した。
「ギャオー」
断末魔の悲鳴をあげながら、サラマンダーはそのまま力尽きた。
「昨日から信じられないくらいに体が軽くて、全身に力も漲っている…… 私は直接戦闘があまり得意じゃなかったんだが、今の私なら戦士職のAランク冒険者にも魔法抜きで戦えそうだ」
ライムは自身の力の変化に驚いているようだ。
「クックック、どうだドーラ? これが高ランク冒険者の実力だぞ」
ライムは自信満々な顔をして、サンドタートルの上のドーラへと振りかえった。
しかし、ドーラの視線は遥か先の上空を見つめているようだ。
「ライムさん、もうすぐ来ますよ」
「え? もうすぐ来る? サラマンダーじゃなくて?」
バサバサ
凄まじい速さでやって来た巨大な影が、上空からゆっくりとドーラ達の目の前へと降りて来る。
「ば、馬鹿な! レ、レッドドラゴンだと!」




