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第45話 ミミズ少女の遠征

 早朝のアダマスの街の正門前では、旅の荷物を背負ったライムがドーラの到着を待っていた。

 目的地である悪魔の岩山は、鉱山地帯を越えた先にあるニール砂漠の中央に位置をしている。

 険しい道のりとなるために、ライムは入念に旅の準備をして来ていた。


「……あの馬鹿、何を考えているんだ?」


 正門へと歩いてくるドーラの姿を、厳しい表情でライムはにらみつけている。


「おい、お前も悪魔の岩山に一緒に行くんだよな?」


「はい、そうですが?」


「旅の荷物は? まさか、お前は手ぶらで鉱山地帯と砂漠地帯を越えるつもりなのか?」


 どうやらライムは、ドーラがアイテムボックス()を持っている事を知らないようである。

 なんの荷物も持って来ていないドーラに対して、ライムは小さい体が隠れるほどの大きな荷物を背負っていた。


「私はアイテムボックスを持っているので、荷物は全部そこ入れています。良かったら、ライムさんの荷物もアイテムボックスに入れましょうか?」


「え、お前アイテムボックスを持っているのか? なんだよ、早くそれを言えよ」


 不機嫌そうにしていたライムの表情が一瞬で明るくなった。


「悪魔の岩山への道中では、高低差の激しい鉱山地帯や、足場が悪く日射しのキツい砂漠地帯があるからな。そういう旅でアイテムボックスがあるとマジで助かるわ」


 ライムは満面の笑みを浮かべながら、背負っていた荷物を地面へと下ろす。


「それじゃあ、荷物を放り込むからアイテムボックスを出してくれ。」


「あ、大丈夫ですよ」


 ドーラは腰から巾着袋を取り出して袋の口を開けた。

 ライムの荷物の下に黒い靄が出現して、その中に荷物が沈んでいく。


「ん? もしかしてアイテムボックスじゃなくて収納魔法か? いや、魔法陣は見えなかったな…… その袋はどうなっているんだ?」


「え? あ、いや特別製のアイテムボックスなんです……」


(んー、これをアイテムボックスで通すのには、やっぱり無理があるのかな? 魔法に詳しい人に見せると、すぐにバレそうになっちゃう)


「別に言いたくないのなら言う必要はないぞ。冒険者なんてのは、隠し事の一つや二つを持っていて当たり前だからな」


「ありがとうございます」


(アダマスの森では一悶着ひともんちゃくがあったけど、ライムさんはそんなに悪い人ではなさそうだね。口は少し悪いけど)


(ワン)


 ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。


「そう言えば、ドーラはこの前と服装が違うよな。それは神官の法衣か? お前はテイマーなんだよな?」


「はい、テイマーです。いつも着ているドレスはクリーニングに出しているので、これはただの替えの衣装です。私に神官系の能力が使えるわけではありませんので、そっちの期待はしないでください」


「ふーん。まあ、悪魔の岩山へは戦いに行くわけでもないし、ドーラの好きな格好をすればいいさ。変な誤解をされて面倒事が起きたとしても、私は知らないけどな」


「はい……」


 ドーラはカリウスのことを思い出して苦笑いをしている。


「それじゃあ、悪魔の岩山へ向けて出発するか。今日の夜までには、鉱山地帯の中間にある野営場まで到着をしたいからな」


 ドーラたちはアダマスの街を出発して鉱山地帯へと向かった。

 運搬クエストにより鉱山の道にも慣れているので、ドーラは軽快な足取りで山道を進んでいく。

 ライムも後衛職の魔術師であるが、さすがにAランク冒険者と言うだけあって体力にも余裕があるようだ。


「この辺りにワイバーンが現れたと聞いたが、巣を荒らされたレッサーサラマンダーもすでに落ち着いているようだな」


「ワイバーンが鉱山に現れることは良くあるんですか?」


「私がアダマスの冒険者になって二十年近く経つが、鉱山地帯にワイバーンが現れたなんていう話は聞いたことがなかったな。ただし、数年前から王国の各地でワイバーンの目撃情報が増えているらしい。もしかしたら、今回の件と何か関係があるのかもしれないな」


(それって、魔族領の魔の森に現れたワイバーンとも、関係をしてるのかな? 鉱山に現れたワイバーンと、魔の森に現れたワイバーンの違いも気になる)


「ワイバーンって個体によって魔素や体の大きさは変わるんですか?」


「そりゃあ、多少の違いはあるだろう。まあ、明らかに別個体に見えるのならば、それは上位種のグレーターワイバーンとかになるな。魔素と体の大きさが通常のワイバーンよりも桁違いに大きい、まさに災害級の魔物だ。通常のワイバーンの脅威度Aに対してグレーターワイバーンは脅威度S、それこそ百年に一度目撃されるかくらいに珍しい魔物だ」


(なるほど。と言うことは、魔族領に現れたワイバーンはグレーターワイバーンだったのかな? ふひひひ、そんなに珍しい魔物なら持っている素材も高く売れそう)


 ワイバーンの話しを聞いているドーラは、いつの間にか目が¥になっていた。

 夕闇が迫るなかドーラ達が山道を登って行くと、前方に平坦に整備されている野営場が見えてきた。

 そこでは数名の冒険者らしきパーティーが、テントをはりながら野営の準備をしている。


「ここが鉱山地帯の中間地点だ。今夜はここで一泊していくぞ。私達も野営の準備をするから、アイテムボックスから私の荷物を出してくれ」


 ドーラは黒い靄からライムの荷物を取り出した。

 ライムは荷物を受けとると、手際よくテントの設営をはじめる。


「この先に少し行くと湧水わきみずがある。ドーラはそこで水をんで来てくれないか?」


「分かりました。ダイフクはここでライムさんと一緒に待っていてくれるかな?」


「ワン」


「うん、よろしくね」


 ドーラはダイフクを野営場に残して、一人で湧水のある場所へと向かった。

 山道から外れて数分ほど岩場を歩いていくと、湧水が流れてる場所が見えてくる。

 周囲には誰もいないようで、水の流れる音だけがその場に響いていた。

 ドーラは黒い靄から水筒を取り出して、湧水から水を汲んでいる。


(……やっぱり来たな)


 岩山の影から三人組の男が姿を現す。

 男達は全員剣を抜いており、明らかにこの場に水を汲みにきた様には見えなかった。


「へへへ、今晩はお嬢ちゃん。子供二人きりで鉱山地帯で野営をするなんて、無謀なことをするねえ。特に、こう言う人気のない場所では、人拐ひとさらいが出たりするらしいからな」


「……人拐いのことは知りませんが、あなた達が私のことを追って来ているのには気付いてましたよ」


 ドーラはサーチワームによって、すでに彼らの存在を探知していた。

 ダイフクを野営場に残してきたのも、ライムのことを護衛するためである。


「へへへ、そうかい。まあ、気付いていたとしても無駄だろうがな」


「目的は何ですか? お金なら持っていませんよ? 借金ならいっぱいありますが」


「俺達は雇われ傭兵でな。今、ある組織に身を置いているんだが、そこが大陸中から幼い子供を集めているんだとよ。子供を連れていくと、謝礼がたんまり貰えるという話だ。雇われた挨拶に王都に向かう途中だったが、いい土産を見つけたぜ。子供の神官は珍しいから、お前を連れていけば褒美にも期待が出来そうだ」


「私は神官じゃないです。それに、野営場にいるもう一人も子供じゃないですよ。ハーフスケール族なので、ああ見えても30歳を越えてるようです」


 ハーフスケール族という言葉に男たちは反応をする。


「……お前ら、アダマスの街方面から来たよな? まさか、アダマスの冒険者か?」


「はい、そうです」


 ドーラの返答を聞いた男の表情から笑みが消える。

 子供相手だと見せていた、先程までの余裕も無くなっているようだ。


「マジかよ…… アダマスの冒険者でハーフスケール族って言ったら『精霊巫女』だろ? 頭の逝かれた異常者って噂の…… そんな奴がこんな場所で何をしてやがるんだ?」


 ライムは二つ名持ちのAランク冒険者である。

 アダマス周辺でその名を知らぬ者はいない有名人であった。

 ただし、あまり良い知名度ではないようだ。


「まさか、お前も冒険者か?」


 男はドーラを警戒して剣を向けるが、腕に付けている赤バンドを見て安堵した表情をする。


「精霊巫女の仲間だと聞いて焦ったが、まだ赤腕のひよっ子じゃねえか。仕方がねえ、お前だけでもさらって行くか。大人しくしていろよ。献上品には傷をつけたくないからな」


「一応聞いておきますが、野営場にいた冒険者達はあなたの仲間ですか?」


「さあね。どっちだろうとお前には関係のないことだ」


(まあ、どっちだろうとダイフクがいるから大丈夫だけど)


 会話をしていた男が、ゆっくりとドーラに近付いて来る。


「へへへ、お利口さんだ。そのまま、大人しくついてくるんだな」


 男はドーラの腕を掴んで、体を引き寄せようとした。


 パフ


「あれ?」


 ドーラを引き寄せようとした男だったが、何故か逆にドーラの胸に顔をうずめている。

 まるで、地中に根を生やした巨木のようなドーラの体に、男は腰がくだけて体制を崩してしまったようだ。


「……あの、どこに顔をうずめてるんですか? もしかしてロリコンですか?」


「へ?」


「ぎゃははは、何をやってんだお前。まさか、そんなガキに欲情でもしたんじゃねえだろうな?」


 一体どうして、自分はこんな状態になったのかと男は戸惑ったが、仲間の笑い声を聞いて慌てて平静をよそおった。


「ば、ばか野郎! ちょっとつまずいただけだ! くそ、恥をかかせやがって…… 早くこっち来い! 色気もろくにねえ、まな板の糞ガキが!」


 ピク


 ドーラの目から光が消えた。


「な、何でだ! こいつ全く動かねえ!」


 男は幾度となくドーラの腕を引っ張るが、その場から一歩も動かすことが出来ないでいた。

 だんだんと状況の異常さを感じてきた男は、ドーラから手を離して距離を取ろうとした。


「あ、あれ? 手が離れない?」


 まるで、自身の腕がドーラの腕にくっついてしまった様に感じた男は、ゆっくりと自身の手元に視線を落とした。


「ひい!」


 ドーラの服の下から現れた無数のワームが、絡み付くようにして男の腕を拘束している。


「……私はまな板じゃありません。同年代と比べて、ほんのちょっと小さいだけです…… 柔らかい感触はしなかったですか?」


 一切の感情を感じさせないドーラの目と言葉に、一瞬で男は恐怖に支配される。


「あ、ああ…… すまなかった…… その通りだ。お嬢ちゃんはまな板なんかじゃない。柔らかくて凄く気持ち良かったさ。良く見たら、お嬢ちゃんえらいべっぴんさんだな。こんなに可愛いらしい子は見たことないぜ」


 真っ青な顔をして震える男は、全力でドーラのことを褒めまくっている。

 あまりにも異質なドーラの雰囲気に、絶対に怒らせてはいけない存在だと理解をしたのだ。

 どうやら、男の必死の努力が実を結んだらしく、次第にドーラの顔に笑みが浮かんでくる。

 ドーラは褒められるのが大好きなのであった。


「ぎゃははは、普段は貧乳には人権はないって言ってる癖に、今日はずいぶんとお優しいじゃねえか?」


「ば、ばか野郎! お前らこのミミズが見えてないのか!」


 冷やかすように嘲笑う仲間のことを男は止めようとするが、ドーラはピクピクと体を震わせて爆発寸前になっていた。


「へえ、貧乳に人権はないんですか…… そうですか…… あなた方に比べれば、ロリコンとの方が仲良く出来そうですよ……」


 ゆっくりとドーラが口を開けると、口の中から無数のワームがうねうねとうごめきながら現れた。


「ば、化け物!」


 ドーラの口から飛び出したワームが、男の口から体内へと侵入をする。


「あばばばばば」


 男は激しく体を痙攣させると、白目を剥きながら後方へと倒れた。

 突然倒れた男の姿を見て、仲間の二人は顔を見合せている。


「おい、どうした? 何があった?」


 ブシュー


 倒れた男の腹部が盛り上がると、腹を食い破りながら無数のワームが飛び出してくる。


「うわあああ!」


 血まみれのワームが、血の跡を引きながら残りの二人へと迫っていった。

 二人は慌てて逃げ出そうとしたが、何かに頭を捕まれて動くことが出来ないでいる。


「な、なんだこの手は!」


 二人は頭上の黒い靄から現れた手に捕まっている。


「もう一度聞きます。野営場にいた冒険者は仲間ですか? あなた達の他に仲間はいますか?」


「……」


「質問に答えないのなら、このまま殺しますよ?」


 二人は観念をしたのか、持っていた剣を手から離してゆっくりと口を開く。


 カチ


 口の中で何かを噛む音がすると、二人はその場に倒れて血を吐きながら死亡していた。


「え? 自害したの?」


 思いもよらなかった二人の行動にドーラは驚いている。


(クックック。どうやら何者かに口封じの術式をかけられていたようですねえ。ほんの僅かですが、自害をする直前に魔素に乱れがありました。私にでさえも、微かにしか感じられないほどの小さな乱れです。これは相当な使い手の魔術師ですねえ)


 ドーラの影の中から状況を見ていたレイビィが、冷静にこの場の分析をする。


「レイビィよりも魔術師として上?」


(クックック、これくらい私なら造作もない術式ですよ)


「んー、口を封じたってことは、まだ仲間がいるってことだよね? そうなると、やっぱり野営場の冒険者が怪しいな…… あ、しまった。勢いでつい殺しちゃったよ。これじゃあ、今から中に送っても遅いよね。まあ、このまま死体を放置は出来ないし、もう使えないけど中に片付けておこう」


 ドーラは三人組の死体を黒い靄の中に放り投げて、ライムの待つ野営場へと戻って行った。

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