第4話 ミミズ少女の旅立ち
夜の魔の森は静けさを取り戻していた。
ローリーを処分したドーラは自宅へと帰り、急いで旅立ちの準備を進めている。
「魔の森に散らばってるワームはどうしようかな? このまま置いていくわけにもいかないし、別の場所に移動をさせないと駄目だよね? んー、何処かいい場所は…… 仕方がない…… 取り敢えずあの場所を使わせてもらおう」
「ディメンションワーム」
ドーラの指先から胴体まで口の裂けたワームが現れると、前方に向けてその凶悪な口を開いた。
ワームの大きな口から、黒い靄のようなものが吐き出されていく。
空間を操る能力を持つワームだ。
収納魔法やアイテムボックスといった魔道具などのように、この世界とは別の異空間にアイテムなどを入れることが出来る。
ディメンションワームで創られる異空間は、収納魔法などで使われる異空間とは異なる存在になっている。
ドーラにしか使えない異空間だ。
その収容量は、一般的な収納魔法とは比べ物にならない程に膨大である。
さらに、その中を通って過去に訪れたことのある場所に移動をすることも可能となっている。
ドーラ自身が訪れたことがなくても、あらかじめドーラの生み出したワームを移動させておけば、その場所まで移動をすることが来るのでとても便利な能力である。
魔の森に散らばっていたワーム達は、暗闇に浮かぶ黒い靄の中へと次々に入っていく。
スー
ワームの群れが黒い靄に入っていく途中で、靄の中から一人の女性が姿を現れた。
腰まで伸びた美しい黒髪をしており、その容姿は見る者全てを魅了する美しい女神のような女性である。
「お久しぶりです、ドーラ様」
現れたその女性は、即座にドーラへと跪く。
「あ、どうも。勝手にあなたの土地にワームを送り込んでごめんなさい。急遽引っ越しをするのことになったので、一時的に魔の森のワームをあなたの土地に移動をさせても良いですか?」
「御身のままに。私はドーラ様によって救われた身。私の全てはドーラ様のものです。あの土地もご自由にお使いください」
「私はあなたを救った覚えなんてないですよ?」
「ドーラ様の意思に関係がなくとも、結果的に私はあなた様に救われたのです。その時から、私はドーラ様への変わらぬ忠誠を誓いました」
「ふーん、好きにすれば良いんじゃないですか? あ! 父に言われていることがあります。あなたの存在は世間にバレないようにしろと言われています。なので、あまり外に出てこないようにしてもらえますか?」
「畏まりました」
「……」
「……」
「……何か言いたいことがあるんですか?」
「先程、男の死体が落ちてきました」
「あー、迷惑でしたか? 適当に処分をしていいですよ?」
「であれば、あれを貰っても宜しいでしょうか?」
「え? 別に構いませんが、死体なんか貰ってどうするんですか?」
「最近、ドーラ様の私物が中に増えてきています。それ自体は何の問題もないのですが、私一人ではどうにも整理が出来ません。そういった作業は今までしたことがないので、何をどう分ければ良いのか…… あの死体に働いてもらえば整理も捗るかと……」
「もう死んでいますよ? アンデットにでもするんですか?」
「幸いにも、あの男が事切れたのは中に入ってからです。本来であればその魂は輪廻の輪に取り込まれ、この世界での役割を終えていたでしょう。その行き場のない魂を体に戻して私の魔素で繋ぎ止めれば、仮初めの命を与えることも可能です」
「へー、そんなことが出来るんですか? よく分からないけど凄いんですね。ローリーさんはロリコンだから、あなたに変な気を起こすこともないか。良いんじゃないですか? また今度ロリコンを見つけたら、中に送ってあげますね」
「幸甚の極みです」
謎の女性は優し微笑みを浮かべると、ドーラに一礼をして黒い靄の中へと戻っていった。
ドーラに恩義があるというこの女性は、どうやらこの黒い靄の中で生活をしているらしい。
何やら、わけありの人物のようだが……
ワームの収納を終えたドーラは、黒い靄の中に入ってある場所へと移動をする。
ドーラが黒い靄から外に出ると、そこは魔族領の街にあるローリーの屋敷の一室だった。
「念には念をいれて、私のパンツもローリーさんの机の中に入れておこう。そうすれば私が魔族領から居なくなっても、ローリーさんの毒牙にかかった被害者だって思われるよね? ちゃんと私のパンツだと分かるように名前も書いて……」
ガバガバな理論であるが、最終的にはドーラの思惑通りにことは進むであろう。
キュキュ
ドーラはパンツを脱ぐと、持ってきたペンで自信の名前をパンツに書いた。
「ふひひひ、特別サービスですよ。脱ぎたての私のパンツが貰えるなんて、ロリコンのローリーさんには良い冥土の土産になるかな? あ、生き返ったから冥土には行っていないんだっけ?」
引き出しの鍵はローリーが肌身離さず持ち歩いていたので、あらかじめワームを使いローリーの死体から回収をしていた。
ドーラは机の引き出しを開けると、大量に隠された女児用下着の中に自身の名前付きパンツを加える。
「使い終わった鍵はどうしようかな? んー、机の花瓶にでも入れておこう。ここなら直ぐに見つかるよね? 最悪、家族の誰かが無理やり引き出しをこじ開けるでしょ」
ローリーの屋敷での用事を終えたドーラは、再び黒い靄を通って魔の森にある自宅へと戻った。
「これで出発の準備は全部終わったかな。それじゃあ、夜が明ける前に魔族領を離れよう」
忘れずにドーラは新しいパンツに履き替えてから自宅の外へと出た。
「あれ? こんな時間にどうしたんですか?」
家の前に一人の男が立っていた。
「やあ、夜分遅くにすまないね。ドーラが魔属領を出ていく準備をしていると聞いてね。大急いで別れの挨拶に来たのさ」
ドーラの視線の先は目の前の男ではなく、男の後方の暗闇を見つめているようだった。
「……そうですか。おじさんには今まで色々とお世話になりました」
ドーラは男に対してお辞儀をする。
「気にする必要はない。私とドーラのお父さんとの仲だからね。それに、ドーラが外の世界に興味を持っていることは、君のお父さんからも聞いていたしね。遅かれ早かれ、こうなるだろうと思っていたよ」
「そうですか。あ、そうだ。さっきローリーさんを処分しましたので、おじさんには知らせておきますね」
「え! 本当に? 殺しちゃったの? ドーラが意味もなく命を奪う子ではないのは知っているけど、魔族軍の英雄と部隊長を同時期に失うのはちょっと痛いな……」
「私のパンツをローリーさんの机に入れておきましたので、アリバイ工作はバッチリです」
「ドーラのパンツを? 言っていることの意味はわからないが…… まあ、後の事は私が何とかしておくよ」
「それじゃあ私は出発をしますので、お二人もお元気で」
ドーラはディメンションワームで黒い靄を出した。
「もし旅に飽きることがあれば、いつでも帰ってきていいからね。城の者達にも伝えておくから、その時は魔王城まで顔を出してくれ」
男の言葉に手を振りながらドーラは黒い靄へと姿を消した。
「……本当に行かせてしまっても宜しかったのですか?」
男の背後の暗闇から一人の女性が姿を現す。
「ドーラが望んだことさ。いったい誰が彼女のことを引き留めることが出来るんだい?」
「……気まぐれで、この世界が滅ぼされるかもしれませんよ?」
「ははは、心配性だな。まだ幼いところはあるけど、ドーラはそこまで悪い子に育っていないよ」
「……良い子でもないですがね」
「そんなにドーラのことが気になるのなら、君も一緒に旅についていけばいい。予定していた計画とは少し狂うけど、新しい魔族領の英雄には君ではなく他の者を任命するとしよう」
「……何年も彼女の監視役を任されていた私に、これ以上のことを求めないで下さい。いつ、彼女の気まぐれで殺されるか…… 日々怯えならが震えて過ごしていた私の気持ちが魔王様に分かりますか?」
「まあ、君が思っているよりも、ドーラは君の事を嫌っていないと感じるけどね。さっきも、名残惜しそうに君の事をじっと見ていたじゃないか。もしかしたら、一緒に旅について来て欲しかったのかもよ?」
「……」
魔王の問い掛けに女性は無言で答える。
ドーラの視線の意味を理解しているのか、女性は足を震わせていた。
何故ならば、女性は見てしまったからだ。
監視役にも拘らず、主たる魔王にすら報告をしていないドーラの秘密を……
(言えるわけがない…… 私だって自分の命は大切だ…… 魔王様は何処まで知っている? はあ…… 私には、魔王様と英雄殿の考えが全くわからない…… この無責任馬鹿コンビは、この平和な世界でいったい何をしようとしているんだ? 駄目だ…… 魔王様への殺意が押さえきれない……)
「……もういいです。夜が明ける前に城まで戻りまよ。この場で私に殺されたくなければ、大人しく私の指示に従ってください。魔王様が勝手に外出をしたのがバレると、小言がうるさい大臣のうざ絡みが面倒臭いんですからね」
「え? ちょっと怖いんだけど…… 私は上司だよ? 暴力反対だよ?」
「黙れ、報連相も出来ない無能魔王が。殴られたくなければ、私の前で二度とその臭い口を開くな」
「……はい」
ポカ
女性は魔王のことを殴り倒すと、取り出したスクロールを広げて頭上へと放り投げる。
二人の周囲に魔法陣が出現し、光の中へと二人の姿は消えていった。
愛と憎しみは紙一重だ。
この二人は、決して仲が悪いわけではない。
そう言う関係なのである。
人族の国は魔の森を挟んだ魔族領の反対側にある。
魔の森は広大だ。
歩いてこの森を越えるとなると、大人の足でも半月以上の日数がかかる。
しかし、ワームのテリトリーである魔の森の中であれば、ドーラは何処にでも移動することが出来るのであった。
国境に面した魔の森の外れに黒い靄が出現する。
その中から一人の少女が出てきた。
「ここら先が人族の国か。魔族領との国境沿いだけあって何にもないな。ディメンションワームでの移動が出来るのはここまで。はじめて行く場所は、自分の足で歩いて行かないとね」
正確にはドーラが生まれたのは人族の国だが、物心つく前の記憶にない場所にはディメンションワームでの移動が出来ないらしい。
記憶にないと言うことは存在しない現実なのだと、ドーラは納得をしているようだ。
魔の森の外には荒れ果てた荒野が広がっていた。
その乾いた大地は、生を拒むかのように静寂に包まれている。
ドーラは黒い靄から父の残したガイドブックを取り出すと、現在地と一番近い街の場所を確認した。
「えっと…… ガイドブックによると、ここはランゲル王国という国なのか」
ひとつの種族で団結している魔族領とは異なり、人族は幾つもの国に分裂をしている。
ランゲル王国はその中でも特に強い武力を持った国家であり、数百年前には聖女と呼ばれる人物が存在したとされている。
王都ミリアにある大神殿では、今でも聖女が信仰の対象として崇められているようだ。
同様に聖女のことを信仰している隣国とは、何かと揉め事が絶えないらしい。
「へー、この国は魔族領との戦争以外にも、隣国とも争いを繰り返しているんだ。あまり平和な国ではなさそうだな」
ちなみに、このガイドブックには食べ物の情報以外にも色々と旅の助けになる情報が書いてある。
そっちが本題で食べ物はおまけなのだが、ドーラは食べ物以外の情報にはあまり興味がなかった。
「取り敢えず、ここから一番近い街へ向かおう…… うわ…… ここから歩くと、一月以上もかかるの? あー、なるほど。この辺りの街は、魔族領との戦争で無くなっちゃったのか。その時に避難をした人達が作った村なら幾つかあるな」
魔族領と接している国境沿いのこの近辺は、戦時において最前線の戦場となっていた。
もっとも、ゾンビが闊歩する魔の森とは勝手が違い、日の光を遮る木々のないこの荒野にはアンデットが発生することは少ない。
まさに不毛の大地なのである。
ガイドブックによれば、さほど遠くない距離に小さな集落が存在するようだ。
手持ちの食料もあまり用意をしていないので、ドーラは一先ずその村へと向かうことにした。
「サーチワーム」
サーチワームには周囲の魔素を探知する能力がある。
種族や個体差による違いもあるが、基本的に魔素の大きさで魔物の強さを図ることが可能だ。
サーチワームは探知する範囲によってその精度も変わる。
より正確に魔素を探知するためには、サーチワームの範囲を狭めなければならない。
この辺りは魔物も少なそうなので、ドーラは広範囲に魔素の存在だけがわかるようにする。
「小動物らしい反応は幾つかあるけど、この辺りには魔物や人族の魔素は見当たらないな。こんな荒れ果てた大地じゃ食べる物もないからね。まあ、トラブルもなく先を進めそうだし、夜が明けるまでに村のある場所まで移動しよう」
サーチワームが探知した通りに、道中でドーラが魔物と遭遇することはなかった。
しばらくして、目的の村がサーチワームの探知範囲へと入る。
「一つだけ魔素の反応がある…… 村に一人で暮らしている…… なんて事はないよね。と言うことは、この反応は魔物の魔素かな? もしかして魔物に滅ぼされた村? 食料とかの補充をしたかったけど、これは期待出来そうにないかな」
その時、ドーラはある重大な事実に気が付いた。
「あれ? 良く考えたら、私って人族の国のお金を持ってないな…… 魔族領のお金なら少しあるけど、これって人族の国で使えるのかな? 敵国のお金なんて出したら、牢屋に入れられちゃったりしない?」
致命的である。
無一文で旅をするなんて問題外、自殺行為だ。
勿論、魔族領の貨幣はこの国では使えない。
まあ、それで捕まるなんてことはないのだが。
その事実に気が付いたドーラは目の前が真っ白になり、まるでゾンビのように魂の抜けた様相で歩いていた。
しばらくして……
「はっ! 思考が止まっていた! って、もう村の前についてる!」
意識を取り戻したドーラは、慌ててサーチワームの索敵を範囲重視から精度重視へと切り替える。
「この反応は…… 魔物じゃなくて小動物かな? 他に魔素の反応は……」
先程と同じように、この村からは一つしか魔素の反応はしなかった。
「やっぱり廃村だったのか……」
ドーラは少しがっかりした顔をするが、探知した魔素の正体が気になるので、魔素の反応を示す場所へと向かってみた。
荒れ果てた村の中をしばらく進むと、崩壊した家の前で伏せている一匹の小動物を発見する。
「……魔素の正体はただの犬か」
そこには、ガリガリに痩せ細り、今にも死にそうな姿の黒い老犬がいた。




