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第3話 ミミズ少女と魔の森

 ローリーは僅かな月明かりを頼りにしながら、深い闇に覆われた魔の森を走っていた。

 魔族軍の部隊長という地位にまで上り詰めたローリーであったが、今の彼には恥も外聞がいぶんも気にする余裕はない。


「はあ、はあ…… くそ、足が重い……」


 大量に水分を含んだローリーのズボンは、まるで彼の歩みを阻むかように重く足に纏わりいている。

 

「はあ、はあ…… ドーラは…… 化け物だった……」


 心の奥底から際限さいげんなくき出す嫌悪感。

 絶対にこの世界に存在してはならない、邪悪の化身そのものにローリーは感じていた。


「あれは駄目だ…… 私個人でどうにか出来る範疇はんちゅうを越えている…… 一刻も早く街へと戻り、魔族軍の全勢力をもってして対応にあたらなくては!」


 疲労と緊張により思うように走れないローリーは、次第に苛立いあらだちをつのらせていく。

 しかし、ローリーの行く手を阻むのはそれだけではなかった。

 ふと、ローリーは何かに足をとられるような感覚を覚えて、その場に立ち止まった。


「はあ、はあ…… な、何だ? 急に地面が沼地のように不安定に……」


 夜の闇に包まれている魔の森は、ローリーの視界をさえぎるかのように深い霧まで発生していた。


「ん? 何かが動いた? くそ、霧が濃くてよく見えない……」


 しきりに足元を気にしているローリーを嘲笑うかのごとく、霧の奥から少女の笑い声が聞こえてきた。


「ふひひひ…… まだ、こんな所でウロウロしていたんですか? あまりにも遅いので、迷子になったんじゃないかと心配をしましたよ? あれ? どうしたんですか? 汗で体がびっしょりですよ? 特に下半身がビショビショですね? 大丈夫ですか? 替えの下着は持っていますか?」


「はあ、はあ…… お、追い越されていた?」


 動揺を隠しきれないローリーの足元で違和感がさらに強くなっていく。


 ゴゴゴゴゴゴ


「な、何だ! じ、地面が動いている?!」


 ローリーは波打つように揺れる地面へと目をらす。

 そして、違和感の正体を認識して愕然がくぜんとした表情を浮かべる。

 ローリーの足元には、地面を埋め尽くしたおびただしい数のワームがうごめいていたのだ。

 隙間なく埋まったワームの群れが、ローリーの足元一面に広がっていたのだ。


「な、何だこの夥しい数のワームは! いつの間に取り囲まれていたんだ!」


「ふひひひ……」


 驚愕と恐怖に体を震わすローリーは、不敵ふてきな笑みを浮かべるドーラへと目を向ける。


「取り囲まれた? 違いますよ、ローリーさんが勝手に入ってきたんですよ」


「わ、私が入っただと? ど、どういう事だ?」


 困惑しているローリーを嘲笑あざわらうかのように、ドーラは両手を広げながら楽しそうに説明をする。


「私がこの魔の森に来てから十年以上もの間、女王ワームは私の体に卵を産み続けてきたのです。こんな小さな私の体に収まりきれるわけないじゃないですか。この魔の森には幾く千、幾く億と言う、溢れかえる程のワームの群れが所狭しと散らばっているのです」


 ローリーは絶望の顔をしている。

 この魔の森の中には、一体どれほどの数の化け物ワームが存在するのだと。

 ローリーの足元では、あっという間に彼の膝を隠すほどの高さにまでワームが群がっていた。

 この場に居るのは小さなワームだけではない。

 離れた木々の影からは、信じられないほど巨大なワームが蠢いている姿が見える。


「ち、ちくしょう!」


 身動きの取れなくなったローリーは、持っていた剣をドーラ目掛けて投げつける。


 ガン


 先程と同じように、剣はドーラの体を傷付けることなく弾き返された。


「はあ、無駄ですよ。ローリーさんの攻撃は通用しないと理解が出来なかったのですか?」


 ドーラは弾かれて宙を舞う剣の刃先を指でまんだ。


 パキ


 ドーラがほんの少しだけ指先に力を入れると、その刃は小枝のように真っ二つに砕かれてしまった。


「くそ、アダマンタイトで作られた最高級の剣だぞ! そんな簡単に折れるはずがない! 半魔は病弱で非力なはずだろ!」


「女王ワームの体液は魔素の代わりになるだけでなく、寄生した者の身体能力を大幅に上昇させます。魔族領の英雄とたたえられていた父でさえ、幼い頃の私相手に片手でねじ伏せられてましたよ」


 ドーラの言葉を聞いたローリーは、力なく両腕を垂らしてうつむいている。


「どうしたのですか? もう諦めがついたのですか?」


「……」


 一時の沈黙がふたりの間を支配する。

 意を決したローリーは、震えた声で重い口を開いた。


「と、取引をしないか? お、お前の正体は誰にも話さない。ワームのことも、その力のこともだ! だ、だから見逃してくれ! お、お願いします! 俺はまだ死にたくない!」


「……その取引は、私に何の利益があるのですか? そもそも、誰にも話さないとか言われても、親を失ったばかりの少女を襲う、ロリコンの言葉が信用されると思ってますか?」


 ローリーの必死の命乞いはあっけなく拒絶をされた。

 それでも、わらにもすがる思いでローリーはドーラへの懇願こんがんを続ける。


「そ、そうだ! 先輩を殺した奴を教えよう! もし私を見逃してくれるのならば、直ぐにでも犯人を君の前に連れてくると約束をする! だから頼みます! 許してください! 何でもしますから!」


「ん? 今何でもすると言いました?」


「え、いや…… 何でもはやっぱり……」


 たいした覚悟もないのに、往生際おうじょうぎわだけは悪いローリーなのであった。


「はあ…… 無駄ですよ。ローリーさんが父殺しの犯人を知らないことを私は知っています。それに、犯人のことは別に探さなくてもいいかなと私は思っているので」


「探さなくてもいいだと? お前の父を殺した相手だぞ?」


「んー、なんででしょうね? 私には、父は自ら死を受け入れたんじゃないかと感じます。何か理由があるんじゃないですか? ぶっちゃけ、あまりそのことに興味はないです」


「……化け物には愛情はないのか」


 ドーラへの説得は無理だとさとったローリーは、うって変わって高圧的な態度へと変わる。


「い、いいのか? もしも私のことを殺したら、お前は魔族軍から追われることになるんだぞ! そうなれば、必ずお前は討伐とうばつをされるだろう! たとえこの魔族領から逃げ出しても、お前には一生平穏な生活は訪れないんだ! 残りの人生、死ぬまで追っ手におびえながら暮らしたいのか!」


(んー、なんか飽きてきたな。そろそろ帰って旅の準備をしよう)


 少し苛ついた表情をしながら、ドーラはある事実をローリーへと突き付ける。


「残念ですが、ローリーさんの思惑通りにはならないと思いますよ? もしも、ローリーさんの行方が分からなくなった場合、家族の方があなたの部屋を調べるでしょう。そうなれば、鍵のかかったローリーさんの机の中身が発見される」


「な、何故それを知っている!!!」


 ローリーの鼓動こどうが最大にまで高まった。

 誰にも知られてはいけない、自分だけの秘密の引き出しの中身を……

 何故、森に引きこもっていたこの少女が知っているのだと。


「ここ最近、魔族領の街では下着泥棒の被害が多発しているようですね。それも、被害にあうのは幼い子供のパンツばかり。森でひっそりと暮らしていた私は、暇潰しに色々と街の様子を観察していたんですよ」


 ドーラの指先から鋭い眼光をしたワームが現れる。


「これはスコープワームと言います。このスコープワームと視界を共有すれば、どんなに離れた場所でも私はその光景を見ることが出来るのです。そして、このスコープワームは魔族領全域にまで散らばっています。ふひひひ…… ローリーさんの机の中には、貯めこんだお宝がいっぱい溜あるようですね? お宝の中には、自分の娘のパンツまであるじゃないですか。そんな物が発見されたら、魔族領の皆はどう思うんでしょうね? 時を同じくして、天涯孤独てんがいこどくとなった、何の力も持たない病弱な半魔の私も姿を消す。きっと、私は何か事件に巻き込まれてしまったのだと判断されるんじゃないですか? 父と交流のあったローリーさんは、日頃から足蹴あしげなく私の家へと通っていた。そう、ずっと犯行のチャンスを狙っていたのだと!」


 推理小説の主人公のように、指を突き出しながらドーラはどや顔をしている。


「お、終わった……」


 ローリーは力なく項垂うなだれた。

 自分はもう助からない。

 生物的にも社会的にも死ぬのだと……

 全てを諦めたその目からは光が消え失せていた。

 そしてローリーは語りだす。


「いつからこうなってしまったのだろう…… 昔の私は、魔族領の輝かしい未来だけを願い、先輩の指導のもと必死に軍に従事じゅうじをしていた。人族との休戦条約が交わされ、平和となった時代のなか、魔族軍の部隊長を任されるにまでになっていた。しかし、私は弱かった…… 私が出世を出来たのも、争いのない平和な時代になったからだ。言うなれば、誰でもよかたのだよ。そんな劣等感を抱くうち、次第に私は自分より弱い存在に性的興奮を覚えるようになっていった。はじめは下着だけで満足をしていた。そして下着では満足出来なくなっていた時、先輩が亡くなった知らせを聞いたのだ。……チャンスだと思ってしまった。ふふふ、ここで君に止めてもらうことが出来て良かったのかもしれない。幼い子供を襲うなんていう、最低な行為をせずに済んだんだ。なあ、ドーラ…… 最後にひとつだけ、私の願いを聞いてくれないだろうか?」


 ……いや襲っただろ。


 と、つっこみたい気持ちのドーラであったが、早く帰りたかったのでその事はあえてスルーした。


「……一応、聞いてあげます。何ですか?」


「君がどんな存在であろうと構わない…… 最後に一度だけ…… 君のパンツを見せ……」


 グチャグチャグチャグチャグチャ


 ローリーは願いの言葉を言い終えることなく、無数のワームに押し潰されながら姿を消していった。


「はあ…… 何を感動的な雰囲気で最低なことを言ってるんですか…… やっぱりロリコンは駄目だな。見つけたら必ず殺すことにしよう」

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