第37話 ミミズ少女とレイヴィ
ドーラはディメンションワームで黒い靄を出すと、レイスから逃げるようにしてアダマスの街の宿屋へと移動をした。
「んー、参ったな。あれはちょっと相手にしていられない。でも、あの場の雰囲気であのレイスのことを消すのは、何かちょっと気が引けるし、面倒くさいから後のことはギルドの討伐隊に丸投げをしちゃおう」
「クックック、それはあまりにも酷い話ではありませんか」
ドーラの背後から不快な笑い声が聞こえてくる。
額に手を当てながらドーラが後ろを振り返ると、そこには廃坑から転移魔法でついて来たレイスが立っていた。
「はあ…… そう言えば、ドルビィさんは転移や探知の魔法が得意だったな…… 自分の名前すら覚えていないのに、なんであなたはドルビィさんの魔法が使えるんですか?」
「ふむ、何故でしょう? 理由は分かりませんが、私は膨大な数の魔術を、詠唱なしで扱えるようですね」
「記憶がないのに魔法は使えるって、ちょっとおかしくないですか? もしかして、記憶喪失のふりとかしていません?」
「滅相もございません。私が御方を偽ることなど、決してあり得ません。今の私は、言うなれば生まれたばかりの赤子のような存在です。過去の記憶がないのは自明の理になります」
「ぐぬぬ…… 難しい言葉を使われると反論が出来ない…… 生まれたばかりの赤子と言っても、何処からどう見てもおじさんの姿じゃないですか! 全然可愛くないですよ! 迷惑なので、この部屋から出ていってください!」
ガクッ
レイスは床に手をついて項垂れている。
「そ、そんな…… この世に誕生した直後だというのに、生みの親たる御方から育児放棄をされるなんて…… これから私は、どうやって生きていけばいいのですか…… 右も左も分からぬ私では、きっとすぐに死んでしまうことでしょう」
「……あの、私の方が悪いみたいな雰囲気を醸し出すの止めてくれませんか? そもそも、あなたはアンデットなので、はじめから生きていませんから。死を心配する必要なんてありませんので。はあ、こう言う面倒くさいところはドルビィさんそのものだな……」
ドーラは頭が痛くなってきた。
(……もう消しちゃおうかな)
「雑用でも何でもいたします。何卒ご慈悲を……」
「私は普通の冒険者として、目立たずにこの世界で暮らしていきたいんです。レイスなんかと街を歩いていたら、絶対に怪しまれるじゃないですか」
「……見たところ、御方はテイマーで在らせられるのではないですか? それならば、レイスの私が従魔としてお仕えしていても、特に不自然なことではないと思いますが?」
「ぐぬぬ…… 私は一人でいるのが好きなんですよ! 見た目がおじさんのあなたに四六時中側にいられたら、落ち着いて生活も出来ません!」
「なるほど…… 分かりました。それでは、私は御方の影の中から見守りいたしますので、ご用の時にお呼び頂くと言うのはどうでしょうか?」
レイスは滑るようにドーラの影の上に移動をした。
「失礼いたします」
レイスはドーラの影に沈み込むように消えていく。
「これはレイスの能力? まあ、これなら…… 確認ですが、影の中から外の様子は見れるんですか?」
(クックック、勿論です。一時も目を離さずに、御方の姿を見守らせてもらいますよ)
「お風呂の時も?」
(クックック、勿論です)
「トイレの時も?」
(クックック、勿論です)
「……覗いたら即座に消すから」
ドーラは指先でプラズマを光らせた。
(ひ、ひー! のぞきませんー!)
「はあ、もう疲れたのでそれでいいです。まあ、確かに私が作っちゃったみたいな存在だし、仕方がないかな。えっと、あなたのことはなんて呼べばいい? レイスさん? ドルビィさん? んー、両方合わせてレイビィでいいか。いいことレイヴィ。私が呼ぶとき以外は影の中で大人しくしてること。もし約束を破ったら、即座にあなたのことを消すからね。心得ておきなさい」
レイビィは影から出るとドーラへと跪く。
「は! 素晴らしい名付け、恐縮至極でございます。このレイビィ、誠心誠意ドーラ様のために御使いしましょう」
色々と面倒くさくなったので、ドーラは諦めて寝ることにした。
疲れているのか、不貞腐れているのか、ドーラは翌日の昼過ぎになってもぐっすりと寝ている。
そんな一向に起きる気配のないドーラのことを、ダイフクが肩を叩いて目覚めさせた。
「ワン」
「……ん、どうしたの? 私が寝ている時に、レイビィが何か変なことでもしようとした?」
「ワン」
「え、違う? クーニさんが怪我をした?」
ドーラはベッドから飛び起きると、急いでドレスに着替えてアダマスの森へと移動をした。
ゴブリンの集落では、クーニを囲むようにしてゴブリンたちが集まっている。
「何があったんですか?」
「ウガー」
ドーラに気がついたゴブリンが一生懸命に説明をするが、ドーラにはゴブリンの言葉が分からなかった
クーニの傷は思ったよりも重傷のようで、力なくぐったりと地面に横たわっている。
「んー、このままだと多分死んじゃうね。仕方がないか…… スレイブワーム」
ドーラの指先から現れたスレイブワームが、クーニの耳から頭の中に入っていく。
程なくして、クーニの髪と髭が赤茶色から白色に変わっていく。
クーニの傷が癒えたのを確認して、ドーラはスレイブワームを回収した。
「う、うう……」
「クーニさん、大丈夫ですか?」
「な、何が起こったのじゃ? け、怪我が治っている…… 体に力が溢れている……」
目を醒ましたクーニは、怪我が癒えている事よりも自身に生じた体の変化に驚いていた。
まるでクーニの全盛期、いや全盛期を遥かに凌駕する力が全身にみなぎっていたのだ。
まさに、全身が鋼のような筋肉に包まれていた。
「怪我の治療はしましたので、もう大丈夫です。いったい何があったんですか?」
「ドーラ嬢か…… なるほど、わしは選ばれたのじゃな……」
「?」
クーニの言っていることの意味がよく分からなかったが、ドーラはあえて聞こえなかったふりをする。
クーニはもう高齢のゴブリンだし、たまにおかしなことを言っても仕方がないと思ったようだ。
「実はの、冒険者ギルドから派遣された森の調査団と、少々揉め事を起こしてしまったのじゃ。どうにも看過できない状況になってしまったので、あやつらを森から追い返そうとしたのじゃが…… ほっほっほ、見事に返り討ちにあってしまったわい」
「調査団とですか? むこうが何かをしてきたのですか?」
クーニは険しい表情でその時の状況を説明する。
「今朝の出来事じゃ…… 調査団の中に今まで見たことのない者がおっての。昨日までは、森の中を歩いて調査するだけだったのじゃが、今日はそやつが土魔法を使って地中を掘り返し始めたのじゃよ」
「あー、なるほど。森のワームには、地中から出てこないように指示をしているけど、土の中まで掘り返されちゃうと流石に隠しきれないか」
「あやつは土の中からミミズを掘り出すと、持っていた篭の中にミミズを捕獲してしまったのじゃよ」
「私のワームを篭で? んー、確かに地中にいるのは能力なしの普通のワームだけど、篭なんかで捕獲が出来るとは思えないけどな……」
「おそらくは土魔法で硬化をした特別製の篭じゃの。相対して即座に理解をしたわい。あれは相当な使い手じゃ……」
「あー、思い出した。そう言えば、冒険者ギルドに土魔法が得意な人がいるってアレクさんが言っていたな。クエストで遠くに出掛けているから、今はアダマスの街にいないって話だっけ。その人がクエストから帰って来たのか。んー、それでも私のワームを捕獲出来るほどの篭か。ちょっと信じられないな。もしかして、大人しくしていろって指示をしたから、捕まっても抵抗をしなかったのかな?」
クーニは立ち上がると自身の体の変化を確認する。
年老いて小さく痩せ細っていた体は、全盛期のように太く逞しい肉体へと変化をしていた。
まさに、伝説のゴブリンキングに相応しい出で立ちだ。
「ほっほっほ、これならどんな相手にも遅れをとる事はないの。ドーラ嬢はここで待っておれ。今度こそ、あやつに捕らえられたミミズを解放してくるわい」
ドーラは考える。
(んー、今のクーニさんなら冒険者ごときに負けることはないと思う。でも、クーニさんと冒険者が争うことになると、今後のアダマスの街と森との関係が悪くなってしまわないかな?)
ドーラはサーチワームを使い、ワームを捕らえている冒険者の魔素を探知した。
「……まあ、あの程度の冒険者なら問題はないかな? クーニさんは動かないで大丈夫です。後の事は私の仲間が対処をするので。ふひひひ、早速だけど働いてもらうよ。出てきなさいレイビィ」
ドーラの呼び出しに応じ、レイビィが影の中から現れる。
「レイビィ参りました」
「この森に来ている冒険者を懲らしめてきなさい。間違っても殺さないように気を付けてね。捕らえられているワームを解放して、この森から追い出すだけでいいからね」
「クックック、御身のままに」
レイビィは霧が散るかように、その場から姿を消した。
「今の御仁は?」
「新しく従魔にしたレイスです。えっと、一応は魔神の眷族ってことになるのかな? そんな感じなので結構強いですよ」
「ほっほっほ、なるほどの。わしの先達ということかの」
「?」
クーニの誤解がさらに大きくなった。
(よく分からないけど、高齢者の言うことだしな。確か、こういう場合は否定をしちゃ駄目なんだよね。適当に笑って流しとこう)
「ふひひひ」
ドーラの誤解もさらに大きくなった。




