第36話 ミミズ少女とレイス
ドーラが鉱山での運搬クエストを始めてから一週間ほどが過ぎた。
ワイバーンによる襲撃事件があって以降は特に問題が起きることもなく、鉱山では平穏な日々が続いていた。
「んー、飽きた」
来る日も来る日も、同じ山道を登り下りするだけの退屈な作業に、ドーラは少し食傷気味な気持ちになっていた。
ドーラは飽きっぽいのだ。
アダマスの森での立ち入り禁止はまだ解除されていないが、ドーラは気分転換に冒険者ギルドのクエスト掲示板を眺めていた。
「何か面白いクエストでもないかな? ワイバーンの討伐クエストとかあれば最高なんだけどな」
ドーラの目が¥になっている。
「あ、廃坑のアンデットの討伐クエストってのがある。んー、でも募集は神官系の冒険者だけか」
以前、鉱山の山道でバウスから聞いた、アンデットの一掃浄化というのをやるのだろう。
もちろん、ドーラには神官の祈りも癒しの魔法も使えない。
実体のない魔物に対する攻撃手段がないので、ドーラにはこのクエストに参加する資格はなかった。
「どうせクエストで討伐をされるのなら、浄化される前に一度廃坑に行ってみようかな? ドルビィさんから貰った大盛デカライスなら、実体がないレイスへの攻撃手段として有効かも知れない」
正確には、ドルビィが忘れていった物を勝手に貰っただけである。
ドーラは迷惑なほどの前向きな性格なのだ。
その日の夜、ドーラはレイスに会うために、ダイフクを連れて廃坑へと向かうのであった。
深夜の時間を見計らって廃坑へと訪れたため、辺りは静まり返っており、暗闇に包まれた廃坑は不気味な様相を漂わせている。
魔族領にいた頃のドーラは、深夜によく魔の森を散歩していたので、こう言った暗闇での探索には慣れていた。
「さてと、どんな魔物がいるのかな? 楽しみだねダイフク」
「ワン」
ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。
ドーラがサーチワームで廃坑内の魔素を探知してみると、洞窟の中には魔物とみられる複数の魔素の反応があった。
「以外と沢山の魔物がいるね。一番奥の方に一つだけ大きい魔素の反応があるけど、この廃坑のボスみたいな魔物かな? それ以外には特に強い魔素の反応はないな。この中に、実体のないレイス系の魔物とかが居るといいんだけどね。それじゃあ、中に入ってみよう」
「ワン」
ドーラ達は廃坑の中へと入っていった。
廃坑の中では月明かりも届かないので、洞窟内は完全な闇に包まれている。
「んー、真っ暗で何にも見えないな。ダイフクはどう? 鼻を頼りに暗闇の中を進める?」
「ワン」
「色んな匂いが混ざりあってて無理? あー、ゾンビ系の魔物は凄く臭いからね。ふひひひ、それではダイフクに暗闇での歩き方を教えてあげよう」
「ワン」
ダイフクはあまり期待をしてない様だが、一応嬉しそうに尻尾を振っている。
「サンダーワーム」
ドーラの指先から現れたサンダーワームが激しい稲妻を轟かせると、前方の暗闇の中に小さなプラズマの球体を発生させた。
球体の放つ激しい光が廃坑内を隅々まで照らし渡す。
「うん、これで奥までよく見える。どう? 簡単でしょ? 暗闇ではこうやって歩くんだよ」
「ワン」
「え? 無理? 参考にならない? そっか、ダイフクにはサンダーワームをあげてなかったね。んー、サンダーワームは扱いが難しいからな。小さい頃によく父を殺しかけて怒られたんだ。扱いに慣れるまで少し危険だから、今度アダマスの街から離れる機会があればダイフクにもあげるね。その時にサンダーワームの使い方を練習しようね」
「ワン」
ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。
プラズマの球体で照らされた廃坑の中には、無数のゾンビがところ狭しと蠢いていた。
「廃坑にいる魔物を倒しちゃうと、こっそり入ったのバレちゃうから、なるべく戦わないように奥まで進むよ」
「ワン」
ドーラはゾンビを無視しながら廃坑の奥へと進んでいった。
何故だか、ゾンビ達はドーラから逃げるように離れていくが、向こうから避けてくれるのなら好都合なので、ドーラは特に疑問を抱くことなく廃坑内を歩いていく。
しばらくすると、何か悲しい悲鳴のような叫び声が、ドーラの耳に聞こえて来た。
「ひーひー」
「あ、これってレイスの泣き声っぽいね。あっちの方向から聞こえるから、さっきサーチワームで探知したボスっぽい魔素の魔物の声かな? でも、何かさっきより魔素が小さくなってる? なんでだろう? ダイフク行ってみよう」
「ワン」
レイスは脅威度Fという魔物の中でも最弱クラスに弱い魔物だ。
実体を持たない魔物であるため、通常の攻撃方法でレイスにダメージを与えることは出来ない。
しかし、レイス側からも直接的に物質に干渉をすることが出来ないため、この世界の生物に危害を与えることは稀である。
レイスの主な攻撃手段は、レイスの嘆きによる精神攻撃となる。
対象に不快感を与えたり、恐怖心を煽ったりする程度の能力なので、人々からは害虫のように嫌われている魔物だ。
高次元生命体である精霊も実体を持たないが、こちらは人々からは守り神のように崇拝されることが多い。
レイスはあくまでも魔物なので、存在としての格が精霊とは比べ物にならないのであった。
目的の魔物がいたことにドーラは安堵をしたらしく、軽やかなステップを踏みながら叫び声のする場所へと向かった。
「ひーひー」
「いた、やっぱりレイスだ」
プラズマの光の照らす先に、灰色の靄のような物体が空中を漂っている。
ドーラがその靄に近付いていくと、レイスの叫びがより一層大きくなっていった。
「ひ、ひー! くるなー!」
「なんか凄い怯えてる?」
ドーラは周囲がよく見えるように、プラズマの光をさらに強くして廃坑内を照らす。
「ひ…… からだが…… きえる……」
プラズマの光に照らされると、レイスの体はみるみるうちに薄くなっていった。
「あれ? もしかして、レイスってプラズマの光に弱い? なんかプラズマの光で、レイスの体が分解されてるみたいだな」
魔族領の魔の森には、多くのゾンビが発生をしていた。
しかし、レイスのような実体を持たないアンデットが発生することは珍しく、ドーラは滅多に遭遇をすることがなかった。
そのため、レイスのことをプラズマの光で照らしたのは、今回が初めてなのであった。
「……なんだ。意外と簡単に対処が出来たんだな」
予想外の結果にドーラは拍子抜けをしている。
レイスへの対処法は分かったが、せっかく夜の廃坑へと訪れたので、ドーラは試しに大盛デカライスでも攻撃をしてみることにした。
「どうなるかな? ほい」
シュ
ドーラは大盛デカライスでレイスを斬りつけた。
「う…… うおおおおおおお!」
大盛デカライスの刃先がレイスの体を通り抜けると、レイスは狂ったように絶叫をする。
次の瞬間、薄い灰色をしたレイスの体が次第に黒く染まっていく。
「うお! うお! 力があああ! 注がれるうううう!!!」
「あ、何か魔素が大きくなった」
灰色だったレイスの靄は漆黒の色に染まり、安定していなかった靄の形が、次第に人の形へと形成されていく。
そして……
「クックック、なんて心地のよい気分なのでしょう。まるで、生まれ変わったみたいですねえ」
何処かで見たことのある姿と、聞いたことのあるしゃべり方だとドーラは思った。
「……もしかして、ドルビィさんですか?」
「ドルビィ? 誰ですかそれは? 私の名は、名は…… つかぬ事をお伺いしますが、私は誰ですか?」
(……なんかよくわからない状況だな)
「あなたはこの廃坑をさまよっていたレイスです。この鎌であなたのことを斬ったら、魔素が大きくなって今の姿になりました」
「おお、そうです。その鎌から溢れんばかりの魔素が私に注がれたのです」
ドーラは持っている大盛デカライスに目を向けると、今まで鎌が漂わせていた妖しい魔素がなくなっていることに気がつく。
「よく分からないけど、もしかして鎌に残っていたドルビィさんの魔素がレイスさんに注がれた? 姿や性格もドルビィさんの魔素に引っ張られている?」
ドーラは自身が小さな魔素しか持たないため、魔素に対しての知識をあまり持っていなかった。
それでも、大盛デカライスには魔素を吸収したり、与えたりすることが出来る能力があるのだと理解をしたようだ。
(んー…… そう言えば、魔素は希望と絶望に分かれているとかドルビィさんは言っていたな。魔素が他の存在に移ったりすると、本来の持ち主の影響とかを受けたりするのかな? そうなると、これはレイスさんなのか、ドルビィさんなのか…… んー、どっちなんだろう?)
「クックック…… 私が誰であるのかなど、そんなことは些細な問題なのでしょうね。今の私がやるべき事とは、この溢れ出る欲望にこの身を委ねるだけなのです!」
「……何をするつもりなんですか?」
「お嬢さん、パンツを見せて頂けますか?」
(こ、これは…… ほぼドルビィさんだ……)
ドーラはプラズマの光を強くした。
「ひ、ひー! やめろー! その光はおれにきくー!」
(あ、レイスさんぽくなった)
ドーラは少しだけ罪悪感に苛まれていた。
何の罪もないレイスのことを、自分の実験のせいでロリコンへと変えてしまったのだと。
「はあ、分かりました…… このまま、あなたのことを消すのも気が引けるので、最後にそのくだらない願いを叶えてあげます」
ドーラはレイスの正面でドレスの裾を掴んでたくしあげた。
「クックック…… なんと… なんと素晴らしい光景なのでしょう…… ですが、違います…… そうではないのです! あなたは何も分かっていません!」
「え? 何をですか?」
「……」
「……」
廃坑の中を沈黙が支配する。
「あ、あの…… そろそろドレスを降ろしてもいいですか? さすがに、この状態でいるのは私でも恥ずかしいのですが……」
意外なことに、ドーラにも恥じらいという感情があったらしく、ドレスをたくしあげながら、恥ずかしそうに足をモジモジとさせている。
「そうです! 恥じらいがなければエロスは完成しないのです!」
ピカー
両手を広げ歓喜に震えるレイスの体が、漆黒の色から純白の色へと変化をしていく。
「クックック、この世界は素晴らしい。なんと希望に満ち溢れているのでしょう」
「こ、これは…… レイスさんの魔素が希望に染まったの?」
レイスは膝を付きドーラに平伏をしている。
「至高にして偉大なる御方よ。願わくは、我を僕の末席へと加えては頂けないでしょうか?」
「え…… ロリコンはちょっと嫌です……」




