幕間 ローリーの異世界開拓記2
黒い靄の中にローリーが来てから一日が経過した。
ローリーが師匠と名付けた女性が言うには、現在ローリーのいる森の外には、何も存在しない世界が広がっているという話だ。
この世界での現状を確認するため、一先ずローリーは森の探索から行動をはじめる。
この森はそれ程の広さはないようで、ローリーが数十分も歩くと森の端にまでたどり着くことが出来た。
師匠の言葉通りに、森の外には草すら生えない大地が遥か彼方まで広がっている。
ただし、1ヵ所だけ遠くの方に、大地が盛り上がっている場所をローリーは見つけた。
「あれはなんだ? 山のようにも見えるが……」
「うふふふ、気になりますか?」
ローリーの背後に師匠が立っていた。
「あ、師匠。あの山は何なのですか?」
「うふふふ、あれですか? あれは山なんかではありませんよ」
「山ではない? もしかして、建造物? いや、まともに整理整頓すら出来ない師匠なんかに、そんな複雑なものが作れるとは到底思えない…… そうなると……」
ナチュラルに師匠をディスるローリーであった。
「この世界には私とローリーさんしか存在しません。ですが、だからと言って安全であるとは限らないのですよ」
「安全ではない? それは、あの山に関係することなのですか?」
「そうですね…… 機会があれば、一度見に行ってみると良いですよ。仮に、そこでローリーさんが死んでしまったとしても、私が再びローリーさんの魂をその体に戻してあげますので」
「死ぬって…… そんなことを言われて、私があの山に行くと思いますか?」
「うふふふ、この世界には何もないですからね。肉体に囚われた生命体は、退屈に耐えられなくなると、すぐに好奇心に心を支配されてしまうものです。ローリーさんは、身をもってそれを体感しているのでしょう?」
ローリーは、ドーラを襲った時のことを思い出して気まずそうな顔をしている。
「だからこそですよ! あの時に、私は己の愚かさを十分に思いしらされたので……」
「ともあれ、ローリーさんがこの世界で暮らしていくのであれば、あれとの接触は避けられない運命です。うふふふ。これから先、ローリーさんは何回死んでしまうのでしょうかね?」
ローリーをからかうように師匠は笑っている。
もしかしたら、ディスられたことを根に持っているのかもしれない。
「脅かさないでください…… そろそろ戻りましょう。ドーラ様の私物を整理する計画を立てたいので」
「うふふふ。頼みましたよ、ローリーさん」
ローリーはドーラの私物置き場へと戻って行った。
「まずは、物を入れる棚を作りたいな。師匠、この森の木々を材料に使っても大丈夫ですか?」
「構いませんよ。ドーラ様のワームの力により、この森の大地は非常に豊かな土壌となっています。多少の伐木をしても、すぐに元通りの状態になりますので」
「分かりました。それと、出来るなら作業に使う道具なども欲しいのですが…… まあ、無いですよね。伐木は俺の使える初級の風魔法で何とかなるが、問題は木を切り倒した後にどうするかだな……」
「道具とはどの様な物を使うのですか?」
「道具ですか? こんな感じの物です」
ローリーは地面に絵を描いて説明をする。
「……なるほど、分かりました」
パン
師匠は両手を叩いて柏手を打つ。
すると、地面の土が盛り上がり、ローリーの描いた絵の形へと土が変化をしてく。
「こ、これは……」
「この大地の土に、私の魔素を混ぜて具現化をしたものです。そうですね、私の体の一部のようなものです」
ローリーは土から造られた道具を手に取ると、あまりの神々しさに息をのんでいた。
「す、凄い…… これが土から造られたと言うのか? この刃先、私の持っていたアダマンタイトの剣よりも遥かに強固な刃だ……」
「うふふふ、ローリーさんがあれに襲われた時に、武器として使っても良いですよ。もちろん、無駄だとは思いますが」
「だから、脅かさないで……」
ドサッ
ローリーの背後に何かが落ちる音がする。
「ひっ!」
ローリーは背後から距離を取るようにして、前方の地面へと倒れ込んだ。
「うふふふ、ドーラ様の新しい私物が来たようですね」
「そ、そんな馬鹿な! 何故、何故この武器がこの場所に!」
ローリーは地面に転がる鎌をみて驚愕の表情を浮かべている。
「ローリーさんはこれを知っているのですか?」
ローリーはゆっくりと立ち上がり、呆然とした表情で師匠の質問に答える。
「……これは魔神様の武器です。魔神様とは、全ての亜人種の頂点に立つ御方になります。魔族領の魔王様、エルフの女王、300年以上前に滅んだとされるダークエルフ族のカーラング家といった、大陸中の有力な亜人種をまとめあげる絶対的な支配者です」
「あらあら。その武器がここに来たと言うことは、その魔神とやらはドーラ様に倒されてしまったのでしょうね」
「……いえ、魔神様は決して表舞台には現れません。実質的に亜人種を束ねていたのは、ドルビィ様という魔神様の眷族です。ドルビィ様は、魔神様よりこの大鎌デスサイスの使用を許可された唯一の人物になります……」
「それでは、死んだのはそのドルビィと言う者ですね」
「そ、そんな…… ドルビィ様が…… 何故、あのお優しい御方がドーラ様に……」
ローリーの頬に涙が溢れている。
「その者のことを慕っていたのですか?」
「亜人種でドルビィ様を嫌う者はいません…… 人族の身でありながら、我ら亜人種のために命を懸けて聖女と戦ってくれた御方です……」
「そうですか…… お慕いする者が亡くなるのは悲しいですね」
師匠は地面に落ちている大鎌デスサイスを拾い上げた。
「……なるほど、そういう武器ですか。しかし、これだけでは足りませんね。それに、すでに壊れてしまっているようです」
「壊れている? 大鎌デスサイスがですか?」
「うふふふ、違いますよ。壊れているのは、この鎌が纏っている魔素です」
「魔素が壊れている? どういう意味なのですか?」
師匠は心から楽しそう笑っていた。
「うふふふ、中々に面白いことを考えますね。文明レベルの低い星にあって、その殻を破ろうとする姿勢は高く評価をします。ですが、少々強引な方法のため、魂がそれに耐えられなくなってしまったのでしょうか。これでは、本来の自分というものを失っていたでしょうね」
「いったい師匠は何を言っているのですか?」
「うふふふ、安心をしてください。ドルビィと言う者は、まだ滅んだわけではありませんよ」
「ド、ドルビィ様が! まだ生きているのですか!?」
「生きているのとも違いますね。それに、ローリーさんが認識をするドルビィと言う者は、本当に存在をしていたのでしょうか? ローリーさんが知っているドルビィとは、誰のことなのでしょうか?」
「認識? 存在? 師匠の言うことは難しすぎて、私の頭では追い付かないですよ」
「この後を決めるのはドーラ様です。もしも、運命がこの者を必要とするのならば、ローリーさんも再び会うことが出来るかも知れませんね」
「運命……」
師匠はローリーに大鎌デスサイスを渡した。
「どうやら、ドーラ様からのお呼びがあるようです」
森の上空に黒い靄が出現している。
「うふふふ、大丈夫ですよ。ドーラ様に全てを委ねるのです。ローリーさんがここに居ることも、全てが運命なのですから」
師匠は黒い靄を見上げると、上空へと昇っていった。
「師匠! 待ってください!」
「何ですか?」
「……頭のパンツは脱いでいった方がいいと思います」
「あらあら、うっかりしていました。努力は隠れてやるものですからね」
師匠は頭に被っていたパンツをローリーに渡す。
「うふふふ、それでは行ってきます」
師匠は黒い靄の中へと消えていった。
「師匠はなんて凄い御方なんだ……」
何が凄いのか、常人には理解できない領域である。




