第35話 ミミズ少女の臨時収入
鉱山へと来襲したワイバーン騒動が一段落したその後、この日の採掘場での作業は急遽中止となった。
作業員の安全のため、坑道内に崩れている場所などがないかを確認するためだ。
当日分の手当はダグラス商会が負担するということで、作業員や冒険者達は安堵をした様子で帰宅の途に就いた。
平穏な日常を取り戻した採掘場の食堂では、コイルと魔術師が神妙な面持ちで話をしている。
「それにしても驚いたな。まさかワイバーンを一撃とは…… ダイフクの強さは、脅威度Sクラスの魔物にも匹敵するかもしれぬな」
「正直、今でも信じらられません。あの従魔の犬の魔素量は、普通の犬と比べても際立った差はありませんでした。いえ、むしろ老犬のような弱々しい魔素をしていましたからね」
「……ドーラが何かしていると?」
「収納魔法の件もありますし、ワイバーンの巨体を軽々と運ぶ怪力も不自然です。確かに、彼女の身に付けている籠手には、腕力強化の魔術付与がされていました。ですが、物には限度があります。魔法による強化などではなく、彼女自身に何か人には言えない秘密があるのでは……」
「そこまでだ」
コイルは魔術師の言葉を遮った。
「下手に不信感を持って彼女と接してはいけない。我々ダグラス商会は、何としてもドーラとの友好関係を築かねばならん。何も、そんなに気にする必要などはないだろ。超越者が現れる時というのはいつも突然だ。早い段階で彼女と出会えたのは、我々にとって幸運な出会いだったのだよ。それに、実に可愛らしくて良い子だったじゃないか」
コイルはとても楽しそうに笑っている。
「私はこれから用事があるので、一旦王都の本店に戻らなければならない。お前はこのままアダマスの街に滞在をして、ドーラのことを秘密裏に監視をするんだ。もしも、ドーラに何か困っていることがあれば、それとなく手を貸してやれ。いいか、無理に接触をしようとはするよ。我々に悪い印象をもたれないように、あくまでも遠くからドーラのことを見守っていろ。そうだな…… 確か、お前がまだ宮廷魔術師だった時代に、アダマスの領主とも交流があったと言っていたな? 何か知っていることがあるかも知れぬから、少し探りを入れてみてくれ」
「分かりました」
「お前のような優秀な部下がいてくれて私は嬉しいよ。よろしく頼むぞ、元賢者候補のヘイガスよ」
話を終えたコイルは、ヘイガスを鉱山に残して王都へと戻っていった。
そんなコイル達の思惑など知ったことではないドーラは、何事もなかったかのようにアダマスの街へと帰還をする。
「お帰りなさい、ドーラちゃん。一人でもクエストは問題なかった?」
冒険者ギルドに戻ると、ドーラを見つけた受付のクリスが話しかけてくる。
運搬クエストでは特に問題はなかったが、採掘場で起こった出来事をドーラはクリスに報告をする。
「ワイバーンが鉱山に現れたですって? レッサーサラマンダーの様子が変だったのは巡回中の冒険者から報告があったけど、ワイバーンが原因だったとはね…… それで、鉱山に現れたワイバーンはその後どうなったの?」
(んー、採掘場での出来事はコイルさんや冒険者達にも見られているし、ここは正直に報告した方がいいよね)
「坑道の中に避難をしたのですが、ワイバーンがブレス魔法で攻撃をしてきたので、怪我人がでないようにダイフクが処理をしました」
「ダイフクちゃんが? 処理って何したの?」
「倒しました」
「ドーラちゃんが、じゃなくて?」
クリスはドーラが冒険者登録に来た日の様子を見ている。
そのため、ドーラが収納魔法を使えることや、外壁を破壊するような魔剣を所持していることを知っていた。
ギルド長のロレンの要請により、そのことは他の冒険者には秘密とされているが、本当はドーラが強いと言う事を知っている数少ない人物の一人なのである。
外壁を破壊した大盛デカライスであれば、ワイバーンを倒せる可能性があるとクリスは思ったのだ。
「はい、ダイフクは強いので」
「ワン」
ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。
「一応、ワイバーンの死体は持ってきました。コイルさんも、ワイバーンを倒したダイフクの主人である私に、素材の権利があると言っていましたので」
ドーラはクリスからの指示を待たずに、腰から巾着袋を取り出した。
「ちょ、ちょっと待って、ドーラちゃ……」
クリスは慌ててドーラを制止しようとしたが、間に合わずにワイバーンの死体が受付の前へと出現した。
ざわざわ
突如として現れたワイバーンの死体に、ギルド内は騒然としている。
「おい、あれワイバーンじゃないか?」
「本当だ、誰が討伐したんだ?」
「人形姫がアイテムボックスから出したみたいだぞ」
「マジかよ、人形姫って可愛いだけじゃなかったのか?」
「あのギルド長が目を付けてるんだ。やはりただ者ではなかったんだな」
「誰だよ。ギルド長はロリコンの変態エルフで、権力をかさにして人形姫を狙っているとか言ってた奴は?」
ワイバーンの死体のまわりに冒険者達が集まって、大騒ぎをしている。
その様子に、クリスは額に手を当てながら俯いている。
「はあ、奥の訓練場で出して欲しかったんだけど…… まあいいわ…… ワイバーンの頭が無いみたいだけど、いったい何をどうしたらこうなったの?」
「ダイフクが吹き飛ばしました」
「ワン」
冒険者達の視線が一斉にダイフクへと注がれた。
ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。
「そうなんだ…… ダイフクちゃんも凄いのね。頭からも貴重な素材が取れるからあった方がよかったけど、吹き飛ばしちゃったのなら仕方がないわ。残っている部位だけでも、ギルドが高値で引き取るから期待をしなさい。頭が無いこと以外は、完璧な状態の死体だからね。査定は訓練場で行うから、もう一度アイテムボックスでワイバーンの死体を運んでもらえるかな?」
ドーラはアイテムボックスにワイバーンを収納して、冒険者ギルドの裏にある訓練場へと移動をさせた。
「それじゃあ査定をするわね。少し時間がかかるから、ドーラちゃんはギルドの酒場で待っていて」
「わかりました」
ギルドの酒場にドーラが入ると、酒場は普段以上の賑わいの様相をみせていた。
どうやら、鉱山から戻ってきた冒険者達が、ワイバーン討伐の状況を酒場の皆に説明をしているようだ。
「お、主役のご登場だな。話は聞いたぞドーラ。大活躍だったそうじゃないか。ドーラには素質があると感じていたが、いきなりワイバーンの討伐とは本当に驚いたぞ、わははは」
相変わらずバウスは酒を片手に酔っぱらっているようだ。
(バウスさんは昼間からずっと酒場にいるのかな? これが駄目な大人っていうのか。何か、バウスさんはどことなく父に似ているかも)
どうやら、ドーラの父は駄目な大人のようである。
「倒したのはダイフクです。私はアイテムボックスで死体を運んで来ただけですよ」
「従魔の手柄はテイマーの手柄だろ? まあ、ワイバーンを倒せる犬なんて聞いたことがないがな、わははは」
機嫌良さそうに酒を飲んでいるバウスであったが、受付からクリスが近付いてくるのを察知すると、一目散にその場から離れていった。
「おまたせ、ドーラちゃん」
クリスは持ってきた袋をドーラに渡す。
「これがワイバーンの素材の引き取り金額ね。金貨10枚になるから確認をして」
「き、金貨10枚! そんなに貰えるんですか!」
「凄く状態の良い死体だったからね。頭もある完全な状態の死体なら、もっと高値で引き取ったわよ」
「ゴクリ…… 高値っていくらですか?」
「そうね…… 最低でも金貨20枚ってところかしら」
ドーラの目が¥になっている。
(ワ、ワイバーン1匹で金貨20枚…… 50匹討伐をすれば、金貨1,000枚! あっという間に、借金も完済!)
どうやら、ドーラはお金の計算には頭がまわるようだ。
そしてこの日から、ドーラにはワイバーンのことがお金にしか見えなくなってしまった。
(そう言えば、数年前に魔族領で倒したワイバーンの魔石とか爪とか羽とか持ってるな。父が解体をしてくれて、ディメンションワームの中に放り込んだままだった。でも、今日倒したワイバーンとなんか違うみたいだし、多分ワイバーンでも強い個体だったんだろうな。買い取ってもらいたいけど、売るとしたら別の場所でこっそりと売った方が良さそうだな)
思わぬ臨時収入に、ご機嫌のドーラなのであった。




