第33話 ダグラス商会
ドーラが逃げるように採掘場から立ち去った後、受付の男からの報告を神妙な面持ちで聞いている人物がいた。
大陸全土に支店を持つダグラス商会の幹部の一人であり、偶然にも取引先の現地視察でアダマスの鉱山を訪れている男だ。
「なるほど…… それはアイテムボックスではないな。おそらく、その少女は収納魔法を使ったのだろう」
「私もそう思います。詠唱や魔法陣の確認は出来ませんでしたが、鉱物が地面に沈んでいくその様子は、収納魔法を使った時のそれと同じでした。そもそも、全自動収納アイテムボックスなんて代物は、今まで一度も聞いたことありませんからね」
怠け者のバウスの目は誤魔化せても、さすがに専門としている業者の目は騙せなかったようである。
まあ、収納魔法ですらないと言うのはこの際は置いておこう。
「新人冒険者の少女か。ダグラス商会からの依頼を受けてくれたのは運が良かったな。収納魔法の使い手は貴重だ。他の商会に目をつけられる前に、ぜひともダグラス商会との専属契約を結んでおきたい」
「本人は否定をしましたが、おそらくはお忍びの貴族のご令嬢ではないかと…… 冒険者とは思えないような服装でしたし、身に付けていた装備品はどれも一級の代物でした。どう考えても新人の冒険者が持てるような装備ではなかったです。何よりも、その少女が醸し出す風格と言いますか…… カリスマ性と言いますか…… とにかく、普通の少女でないのは間違いないです」
確かに貴族令嬢とも言えなくはないが、ドーラは借金まみれの貧乏人である。
まあ、一目でドーラの異常性に気付いたこの男が、極めて優秀な人物であることは間違いないであろう
「良く知らせてくれた。情報を感謝する。その少女は、今日の午後にもう一度この採掘場に運搬に来るのだな? それならば、その時に私が直接その少女を確認するとしよう。場合によっては、どんな手段を用いてもその少女を……」
鉱山で色々と勘違いされているとは露しらず、ドーラはギルドの酒場で呑気に昼食を食べていた。
「本当に午後はドーラ一人で大丈夫なんだな?」
「はい。手順は覚えたので問題ありません」
「まあ、巡回中の冒険者もいるし、ドーラのフライングスネークへの対応は完璧だったしな。無理をしなければ一人でも問題はないだろう」
自分の役割が終わったと知るや否や、バウスは酒場のカウンターに酒を注文しにいく。
受付から向けられている、クリスの呆れた視線には気が付いていないようだ。
ドーラが居なくなった後で説教をされるのは間違いないだろう。
昼食を食べ終えたドーラは、すでにホロ酔い状態になったバウスに見送られながら再び鉱山へ向けて出発をした。
ドーラが鉱山地帯の山道を登っていると、先程レッサーサラマンダーと戦っていた冒険者パーティーが前方から歩いて来る。
「こんにちは」
ドーラは冒険者パーティーに挨拶をする。
「やあ、こんにちは。君は『人形姫』だね。僕らは岩山での討伐クエストをメインに活動をしている『岩山のスカベンジャー』だ」
自身が冒険者ギルドで『人形姫』と言う二つ名で呼ばれていることはドーラも知っている。
可愛い二つ名なので、別に悪い気はしていないようだ。
「新人なのに二つ名で呼ばれるなんて凄いね。僕らなんてパーティー名すらあまり知られていないよ」
「見た目で付けられただけですよ」
「可愛いらしい二つ名じゃないか。知名度が上がれば、指名依頼などを受けられる機会も増える。二つ名は冒険者の顔みたいなものだからね」
「ありがとうございます」
ドーラは褒められてご満悦のようだ。
「そうそう、念のために知らせておこう。何故だか、今日は岩山の至るところにレッサーサラマンダーが出没をしていてね。粗方は討伐をしたんだけど、もしかしたら撃ち漏らしが居るかも知れない。人形姫も気をつけて先に進んでくれ」
「はい、分かりました」
冒険者パーティーは手を振りながらアダマスの街に帰っていった。
一応、警戒のためにドーラはサーチワームを使い周囲の魔素の確認をする。
山道の周辺には魔素の反応は見当たらなかったが、かなり離れた岩山の奥に少し気になるな魔素を見つけた。
「んー、この反応は何だろう? さっきの人達が戦っていたレッサーサラマンダーよりも大きな魔素だな。魔素の位置まではかなりの距離があるし、放っておいても山道まで出てくることはないよね。午後の運搬に遅れたらまずいし、無視して採掘場に急ごう」
「ワン」
運搬のクエスト中と言うこともあり、ドーラは寄り道をせずに採掘場に向かう事にする。
何事もなく採掘場へとたどり着くと、ドーラは受付のある建物に入っていった。
「こんにちは、鉄鉱石の運搬に来ました」
ドーラは受付でクエスト状を出す。
午前中にもいた受付の男は、優しそうな笑顔でドーラに話しかけてくる。
「ご苦労さま。今回はドーラ一人なのかい? 道中には何も危険はなかったかい?」
「はい。魔物に出会うこともなく、特に問題はなかったです」
「それはよかった。そうそう…… ちょうど今、ダグラス商会の人が来ているんだ。この採掘場の管理者だから、ドーラも一度挨拶をするといいよ」
受付の男は食堂に座っている人物を指差す。
細身で整えられた髭を生やした人物が、魔術師と思われる男と二人で食事をしている。
ドーラは言われた通りに、その二人に近付いて挨拶をした。
「はじめまして。アダマスの冒険者ギルドに所属するドーラといいます。この子は従魔のダイフクです」
「ワン」
髭の男は食事の手を止めてドーラに視線を送る。
「おお、君が噂の新人冒険者か。私はダグラス商会のコイルだ。よろしく頼むよ」
ドーラのことはすでに伝わっているらしく、コイルは気さくに対応をしてくれた。
一緒にいる魔術師の男は、ドーラを見るや否や、膝元でコソコソと何かをはじめている。
「慣れない山道は疲れただろう。そうだ、少し休んではどうだい?」
コイルは向かいの席に手を向けて、ドーラに着席を促している。
(んー、座れってことかな?)
ドーラは特に疲れてなどいなかったが、管理者の誘いと言うこともあり席につくことにした。
以外にも、ドーラは空気が読めるのであった。
「ドーラは新人冒険者なのだよね? それにしては、ずいぶんと良い装備をしているじゃないか。それだけの代物を揃えたとなると、かなりの高額だったんじゃないかい?」
「いえ、凄く安かったですよ。このドレスの方が高かったです」
ドーラは両手を広げながら、自慢するように着ているドレスを見せる。
「ほうほう、その装備品よりも高価なドレスか。何か特別な魔術付与でもされているのかな? 可愛いらしいドレスだが、見た目だけで判断をしてはいけないと言うことか。ドーラにとても良く似合っていて可愛いと思うよ」
ドーラはコイルが良い人だと確信をした。
「そう言えば…… ドーラは最新のアイテムボックスを持っているそうじゃないか。この仕事をしていると、珍しいマジックアイテムに目がなくてね。差し支えがなければ、ドーラがアイテムボックスに鉱物を収納しているところを見物してもよろしいかな?」
(んー、午前中に受付の人には見られているし、今さら隠しても遅いよね。コイルさんも良い人そうだしね)
(ワン)
ダイフクも特に反対ではないようだ。
「はい、大丈夫ですよ」
機嫌の良さそうな顔をしながら、ドーラは坑道の入り口へと向かった。
その後ろをついていくコイルと魔術師が何やら小声で会話をしている。
(どうだ? 彼女の魔素量は測れたか?)
(はい。それが、彼女の魔素量は普通の子供よりも少ないくらいの魔素量です)
(普通の子供よりも? 収納魔法を使うとなると、かなり大きな魔素を必要とするはずだ。隠蔽の魔法でも使っているのだろうか?)
(分かりません。もしも隠蔽魔法を使っているとするのならば、魔法を発動した際に魔素に僅かな乱れが生じます。もう少し様子を見ましょう)
(分かった…… そのまま観察を続けてくれ)
ドーラは坑道の入り口に用意された鉱物を指差す。
「運搬するのはこれですよね? それでは収納をします」
ドーラは腰から巾着袋を出して袋の口を開ける。
鉱物の下に黒い靄が現れ、鉱物が黒い靄へと沈んでいく。
(は? 魔法の詠唱は? それにあの黒い靄は何だ? 鉱物があの中に沈んでいったぞ?)
コイルは後ろを振り向いて、魔素に乱れはあったかどうか魔術師に確認をする。
しかし、コイルの予想に反して魔術師は首を横に振っていた。
(違う? 魔素に乱れはなかった? 魔法陣の確認は出来なかったが、一見したところ収納魔法に見えなくもない…… しかし、あの様な黒い靄は見たことも聞いたことも…… まさか、本当に全自動収納アイテムボックスなんていうものがあるのか?)
混乱した顔のコイルを見てドーラがどや顔をしている。
「ふひひひ、どうでしたか?」
「あ、ああ…… 凄いアイテムボックスだな…… 長年、色々なマジックアイテムを見てきたが、こんな凄いアイテムボックスがあったなんて驚いたよ」
(……どちらにせよ、彼女を囲っておく必要があるな)
ことの真意は分からなかったが、どうやらコイルの考えは決まったようだ。
「ドーラに提案があるのだが、ダグラス商会との専属契約をしてもらうことは出来ないか?」
「専属契約?」
「そうだ。勿論、報酬は冒険者ギルドのクエストよりも多く支払わせてもらう。専属契約が無理だとしたら、アダマスの鉱山でのクエストを受ける時に限り、ダグラス商会からの依頼を優先すると言うのはどうだろう?」
(んー、鉱山でのクエストは一時的なつなぎに考えているしな。でも、報酬が高いのは魅力的だし……)
(ワン)
(そうだね。暇なときなら依頼を受けてあげてもいいかな)
「そうですね。私は森での採取クエストもやっているので専属は無理ですが、鉱山でのクエストはダグラス商会さんを優先すると言うことでしたら大丈夫ですよ」
「ああ、それで構わないよ。契約成立だ。これからよろしく頼むよドーラ」




