第31話 ミミズ少女とバウス
早朝、ドーラが冒険者ギルドへと赴くと、ギルド内の酒場では死んだようにテーブルに頭を伏せているバウスの姿があった。
どうやら昨日も遅くまで酒場で飲んでいたらしく、そのまま酔い潰れて酒場で朝を迎えているようだ。
ドーラが肩を揺すりながら声をかけると、バウスは欠伸をしながら眠そうな目で顔を上げる。
「バウスさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「ふあ…… おはようドーラ…… なにも律儀に定刻通りにギルドへ来なくとも良かったんだぞ…… 急いで採掘場に行っても、午前中じゃ作業もまだ終わっていないだろうしな。まあ、焦らずにのんびりと出発しようや」
「採掘場の警護とかはしなくていいんですか?」
「ああ。今日はドーラに手順を覚えてもらうだけでいいと、クリスから言われているからな。午前中の採掘作業が終わるまでに、現場に到着をすれば問題はないよ」
バウスは面倒臭そうにクエスト受付へと手続きに向かった。
ギルドから恒常的に発行されている鉱山での運搬クエストは、昼と夜の二回に分けて、採掘場からアダマスの街まで鉱物を運搬するというクエスト内容である。
基本的に、運搬のクエストは二回の作業をまとめて受注することになっている。
報酬は二回の運搬作業で銀貨十五枚と、現場での警護報酬に銀貨五枚が上乗せされる。
薬草の採取クエストよりも報酬は高いが、荷馬車を引いて鉱山を二往復するので、女性の冒険者には人気がないクエストになっていた。
バウスは、ドーラがアイテムボックス持ちだと言うことをクリスから伝えられているので、ドーラの体力面などの心配はしていないようである
受付での手続きを終えたバウスが酒場に戻ってくる。
「ドーラはアイテムボックスを持っているんだよな? 何処で手に入れたかは知らんが、貴重なアイテムボックスを持っているなんて羨ましいぜ。ドーラの持っているアイテムボックスは、どれくらいの収納量があるんだ?」
本物のアイテムボックスの容量がよく分からないので、ドーラは適当に答えてみた。
「んー、だいたい荷馬車1台分くらいだと思います。無理をすれば、もう少し入るかもしれません」
「おお、かなりの収納量だな! それだけ入れば十分すぎるだろ! 運搬をメインにしている俺のパーティーにだって、そんなに大容量のアイテムボックスを持ってる奴はいないぞ。普通の冒険者が持っているアイテムボックスなんて、精々手荷物が入るくらいの収納量だからな。俺のパーティーでは荷台も併用して運搬をしているから、でかいアイテムボックスを持ってるドーラが羨ましいぜ」
(本当は森いっぱいのワームを入れても余裕なくらい、私のディメンションワームは無限に収納が出来るんだけどね。適当に答えたけど、怪しまれないくらいの大きさで良かった)
「ほんじゃま、ぼちぼち出発をするか」
「はい」
ドーラ達は鉱山へ向けて出発をした。
目的の採掘場は、街を出てからアダマスの森とは逆方向に一時間ほど歩いた場所にある。
十五分ほど平坦な街道を進んで行くと、ドーラ達は鉱山地帯へと差し掛かった。
それまでの道とは一転して、鉱山地帯は高低差の激しい山道となっており、荷馬車を引いていたとすればかなりの体力が必要であったであろう。
バウスはドーラの体力を気にしつつ、鉱山地帯の山道を登っていった。
「ふああ、それにしても…… ドーラはずいぶんとお洒落な格好をしているな。可愛い新人冒険者がいるってギルド内でも噂になってたぞ。わははは」
バウスは顎に手をあてて、ドーラの服装を見ながら笑っている。
「ふひひひ、どうですか? 似合ってますか?」
「ああ、よく似合っていて可愛いぞ。女性の冒険者は、装備に気を使う者も多いからな。王都の冒険者ギルドに行けば、もっと派手な格好をした冒険者もいっぱい居るぞ。それこそ、お前は露出狂かとつっこみたくなる様な奴もいるしな。まあ、男の俺からすれば目の保養になって嬉しいけどな。わははは」
(もっと派手な……)
自分よりも派手な冒険者がいると聞いて、何故か対抗心が沸くドーラであった。
「自分がする装備だけじゃなく、テイマーの冒険者だと従魔の装備にも凝った奴がいるぞ。従魔に奇妙な服を着せて、お前はこれから何と戦うつもりなんだってな。その点、ドーラはダイフクには何も装備をさせてないんだな? まあ、戦闘用の従魔じゃないからそんな必要もないか。わははは」
(ダイフクの装備……)
(ワ、ワン……)
ドーラからの不穏な視線を感じて、ダイフクは不安な気持ちになっていた。
ドーラ達が山道の半ば付近に差し掛かると、何かの鳴くような声が時折岩山に響いていた。
「遠くの方から何か聞こえますね。魔物ですか?」
「ああ、おそらくはレッサーサラマンダーの鳴き声だ。鉱山を巡回している冒険者が、何処かで戦っているのだろうな。レッサーサラマンダーの魔石はいい値段で売れるから、鉱山では人気の討伐クエストになっている。もしもドーラが山道で遭遇をした時は、無理に進もうとはせずに巡回の冒険者が来るのを待つんだぞ。まあ、岩山の奥地に入らなければ、遭遇することは滅多にないがな。それ以外の山道沿いで注意が必要な魔物となると、フライングスネークとかがいるな。道を少し外れた大きめの岩影とかによく潜んでいる。岩の隙間から突然飛びかかってくるから気をつけろよ」
「ゴブリンとどっちが強いですか?」
「単純な強さでいえばゴブリンだな。フライングスネークは小型の魔物だから、攻撃をされても致命傷になることはほとんどない。ただ、岩山は隠れる場所が多いため不意を突かれやすく、その点での注意が必要だ」
フライングスネークの脅威度はFである。
魔物の脅威度としては最低ランクであり、巣穴に近付いた小動物などを襲う習性をしている。
噛まれると痛いが特に毒などはなく、巣穴に近付くことさえしなければ、さほど警戒をする必要がない魔物だ。
レッサーサラマンダーはそれよりも強く、脅威度Dと若干危険な魔物になる。
威力は弱いが炎のブレスを吐くため、山道まで出てこないように頻繁に討伐クエストが発行されている。
バウスが山道から外れた岩を指差した。
「例えば、あの並んでいる岩の間に隙間があるのだろ? あんな感じの場所に不用意に近付いたりすると……」
バウスは短剣を抜いて岩の前に歩いていく。
短剣を抜いて身構えたバウスであったが、しばらく待っても何も起こらなかった。
「ま、まあ…… 今回は何も起こらなかったが、こう言う場所には油断をせずに注意をして……」
ピョン
ガブリ
「うぎゃ!」
油断をしていたバウスの後頭部にフライングスネークが噛みついた。
堪らずバウスはフライングスネークを払い落として、短剣でその体を両断する。
ピュー
バウスの頭から血が吹き出していた。
「……油断はするなよ、ドーラ」
「は、はい……」
ドーラは周囲を見渡して岩影に隙間を見つける。
「あんな感じの場所ですか?」
ドーラは怪しい岩影を指差すと、無防備にその場所へと近付いて行った。
「ドーラ! 不用意に近付くな!」
バウスの呼び声にドーラが振り向いた瞬間、岩影の隙間からフライングスネークがドーラの背後に襲いかかる。
シュ
バウスの耳に風を切る音が届くと同時に、フライングスネークの体が真っ二つに両断された。
「え? バウスさん、今何か言いましたか?」
「……へ? い、いや…… み、見事な反応だったぞ。クリスからは採取専門の非戦闘員だと聞いているが、訓練をすればドーラは討伐系のクエストもやれるんじゃないか? 身に付けている装備も上等だし、今の攻撃なんかは中々のものだったぞ……」
「ふひひひ。これでも一応森育ちなので、これくらいなら問題はありませんよ」
バウスにはドーラの太刀筋が全く見えなかった。
Bランクの札付き冒険者で戦闘経験も豊富なバウスであったが、新人冒険者の動きが見えなかったことに衝撃をうけている。
「参ったな…… ちょっと最近サボりすぎだったかな?」
「バウスさんはいつも酒場でサボってると、ギルド長やクリスさんが愚痴を言ってましたよ?」
「わははは、ぐうの音も出ないな。新人にカッコ悪い姿は見せられないし、一度しっかりと鍛え直す必要があるかもな」
ほんの少しだけ、バウスは心を入れ直すのであった。
採掘場へ向けてさらに岩山を進んでいくと、山道から外れた場所に多数の封鎖されている坑道が見えて来る。
「あそこにある封鎖された坑道は、今はもう採掘をしてないんですか?」
「ああ。この辺まで来ると、ああいった閉鎖された坑道が多い。間違っても中に入らないように気をつけろよ。あのような封鎖された坑道には、魔物が住み着いたりアンデットが発生したりしてダンジョン化をしているからな」
「アンデットの討伐はしないのですか?」
「年に数回はギルドからの討伐クエストが出ている。放っておくと上位のアンデットなどが発生して、アダマスの冒険者ギルドだけでは手に負えなくなるからな。ただし、アンデット系の魔物は討伐が面倒だ。だから、普段は立ち入り禁止にして、神官系の冒険者をまとめて集められる時に一掃浄化をしている」
ドーラが育った魔の森にもよくアンデットが湧いていた。
人族と魔族が戦争をしていた時代には、魔の森が戦いの最前線となっていた為である。
そういった大きな古戦場ほど、争いが終わった後にはより多くのアンデットが生まれるのであった。
肉体があるゾンビ系のアンデットは問題ないのだが、ドーラには実体を持たないレイス系のアンデットの倒し方が分からず、魔の森で見かけても無視をしていた。
レイスの攻撃もドーラには効かないので、とくに問題に感じることはなかったようだ。
「レイスなどの肉体を持たない魔物って、どうやって倒すのですか?」
ちょうど良い機会なので、ドーラはバウスに質問をしてみる。
「神官に頼むのが一番いいのだが、それ以外で倒すとなると結構難しいな。聖水などのアンデットに有効なポーションを使うか、もしくは聖属性の力が付与されている特殊な武器が必要だな。まあ、そんな貴重な武器は、教会でも司祭クラスしか持っていないけどな。噂では、この世のあらゆる魔を浄化する力を持つ、聖女様が残した聖杖なんていう代物が隣の法国にはあるらしい」
特殊な武器と聞いて、ドーラの頭に大盛デカライスが浮かんだ。
聖属性というより魔属性の武器だが、もしかしたら肉体を持たないアンデット系の魔物にも有効な攻撃手段になるかもしれないとドーラは考える。
(んー、ちょっと気になるな。ドルビィさんが使っていた時とか、何か凄いオーラみたいなのが出てたしな。一度どこかで試してみたいな。そうなると廃坑か……)
バウスから入ってはいけないと注意されたばかりなのに、早速ドーラは廃坑への好奇心にそそられていた。
「お、目的地が見えてきたぞ」
二人の視線の先に、ようやく目的の採掘場が見えてきた。




