第30話 アダマスの人形姫
ドンゴに頼んでいる装備品の受け取りの日がやって来た。
宿屋で毎日ゴロゴロと自堕落な生活を送っていたドーラは、先日雑貨屋で買ったドレスを着て、アダマスの街の裏通りにあるドンゴの武器屋へと再び足を運んだ。
「おう、ドーラか。今日はまた一段と可愛らし格好をしてるじゃないか。がははは、良く似合っているぞ」
「ふひひひ、ありがとうございます」
褒められたドーラは機嫌が良さそうに、両手を広げながらドンゴにドレスを見せている。
「約束した武器と防具の手直しは終わっているから、試しに一度装備をしてみろ。ドーラの体にしっかりと合うように、細かい最終調整をしないとな」
ドンゴはカウンターの上に、胸当て、籠手、短剣の三つの装備品を出した。
どの品もミスリルで作られた一級品の代物で、もしも同程度の装備を新品で揃えるとすればかなりの高額になるだろう。
「ありがとうございます。支払いはいくらですか?」
「そうだな、全部で金貨一枚をもらおう」
「え、それは少し安すぎませんか? 素人の私から見ても、相当高価な武器なのは分かりますよ?」
ドンゴは豪快に笑う。
「がははは、そんなことは気にするな。使用者もいなくなって、店の倉庫でほこりを被っていた代物だ。俺からすれば、その辺に転がっている廃棄武器とたいした違いはない。それに、クリスから聞いたぞ。ドーラはギルドに借金があるらしいじゃねえか。何をやらかしたかは知らんが、元気があって俺は気に入ったぜ」
借金のことに触れられるとドーラは弱かった。
普段なるべく思い出さないようにしていたが、唐突に現実へと引き戻されたようで、ドーラはうなだれて肩を落としている。
「あ、ありがとうございます…… そう言ってもらえると助かります……」
「まあ、元気を出せや」
落ち込んでいるドーラの後ろから、ドンゴが胸当てを装備させていく。
前回ドーラが店に訪れた時に体の寸法を図っているので、胸当てはドーラの体にしっくりと収まった。
「ふむ、サイズに問題ないようだな。後はクエストに行く時には、ドレス姿ではなく、もっと動きやすい服装に着替えれば見た目は一端の冒険者だな」
「え?」
「ん?」
二人の間にひとときの静寂が流れる。
気を取り直してドンゴは話を続けた。
「この胸当てには身体硬化の魔法が付与されてる。守られている箇所以外に攻撃を受けても、ある程度まではダメージを軽減できるだろう。籠手には腕力強化の魔法が付与されてる。危ないから馴れるまでは力の加減に気を付けろよ。短剣には魔法による能力付与はないが、そのぶん念入りに鍛えてあるから切れ味は抜群だぞ」
装備品の質でいえば、ベテランの冒険者ですらこのレベルの武器をもっている者は稀であろう。
明らかに新人冒険者には不釣り合いな上級装備だ。
何よりも、真っ赤なドレスの上にミスリス製の胸当てと籠手を装備したその様は、率直に言って派手である。
そんなことは気にもせず、ドーラは鏡に写る自分の姿に満足しているのだった。
「今日はありがとうございました。また今度お邪魔しますので、その時には何かお土産を持ってきますね」
「がははは、それは楽しみだ。ドーラも気を付けるんだぞ。新人なんだから無茶だけはするなよ」
ドンゴの店をあとにしたドーラは冒険者ギルドへと向かった。
特に用事があるわけでもないが、新しい服と装備を誰かに見てもらいたいようである。
ドーラが冒険者ギルドに入ると、掲示板でクエストを探している冒険者や、昼間から酒場に入り浸る駄目冒険者達の視線が、派手な服装でやって来たドーラへと向けられる。
ざわざわ
ドーラが冒険者ギルドに加入をしてまだ日は浅いが、年端もいかない少女であることや、先日の祝勝会でギルド長のロレンと親しげに会話をしていたりと、思いの外に注目をされる存在になっていた。
冒険者の中では隠れファンも出来ていたりするようで、アダマスの冒険者ギルドでは今をときめく有名人なのであった。
「あの新人の嬢ちゃん、ずいぶんと派手な格好をしているな」
「あんな格好でクエストを受けるつもりか? まるで、お城のパーティーに行く貴族みたいだな」
「いや、あの装備をよく見てみろ…… どれもこれも、かなりの業物の装備品だぞ。よくもまあ、あれ程の代物を揃えられたものだ」
「ギルド長に目をかけられているようだし、わけありの貴族の令嬢なのかもしれないな」
「冒険者というよりも、まるでお人形さんみたいだな」
冒険者達は皆、興味深そうにドーラのことを観察している。
「人形姫……」
誰かがそう呟いた。
「お、あの嬢ちゃんの二つ名か? 良いんじゃないか? あの見た目にピッタリな呼び名だ」
ここに冒険者『人形姫』が誕生した。
「こんにちはクリスさん」
「あら、ドーラちゃん。今日はドンゴさんの所で装備品を受け取るって聞いてたから、てっきりギルドには来ないのと……」
言葉をつまらせたクリスの表情が固まっている。
「はい、ちゃんと受け取って来ました。どうですか? 似合ってますか?」
ドーラはくるりと一回転してクリスに新しい衣装を見てもらった。
「え、ええ…… よ、よく似合っているわよ……」
クリスの言葉にドーラは無言で見つめ返している。
どうやら、もっと褒めろと催促をしいるようだ。
「と、とても可愛いわよ。まるでお人形さんみたいね」
「ありがとうございます」
褒められて上機嫌のドーラは、その場でクルクルと回っている。
「まあ、ドーラちゃんは討伐クエストとかはやらないだろうし、動きにくい服装でも構わないかな。ちょっと、冒険者とは思えない格好だけど……」
「アイテムボックスも買ってきました」
ドーラは腰に下げていた巾着袋を手に取り、クリスの前に差し出した。
「アイテムボックス? あ、なるほどね。収納魔法の存在を隠すための袋ってことね。ええ、いい考えだと思うわよ」
「これで準備は出来たので、明日から鉱山のクエストをやろうと思います」
「運搬のクエストね。それじゃあ先に説明をしておくわね。運搬クエストには二種類あって、ギルドから発行されるクエストと、直接商会から指名をされるクエストがあるわ。商会からの指名依頼は、基本的に運搬作業と運搬中の護衛がクエストの内容になっているわね。ギルドから出されるクエストの場合は、運搬以外にも採掘場での警護も含まれているわ。運搬だけだとクエスト報酬が低いから、その分は現場での警護でまかなう感じね。ただし、警護と言ってもアダマスの鉱山には強い魔物はいないから安心をして。採掘場に魔物が現れることはほとんどないわ」
「アダマスの街と採掘場を繋いでいる山道には、魔物とかは出てこないんですか?」
「討伐クエストを専門としている冒険者がいて、毎日魔物の駆除をしているからね。山道から外れたりしなければ、魔物に出会うことは滅多にないわ。もし山道で魔物を見かけても、無闇に近付かないようにね。面倒だけど、しばらく待てば岩山を巡回している冒険者が来て討伐をしてくれるわ」
「わかりました」
「初めてだと分からないこともあるだろうし、明日はバウスに一緒についていってもらうわね。彼から、現場での業者との手続きの仕方などを教わりなさい。あの人、いつも酒場に入り浸っているから、ギルド長が仕事をさせろってうるさいのよ…… どうせ明日の朝も酒場で酔い潰れているだろうから、もし寝ていたら叩き起こしていいからね。ドーラちゃんも寝坊をしないようにね」
「はい、よろしくお願いします」
クリスからクエストの説明を一通り受けて、ドーラは宿屋へと戻っていった。




