第28話 ミミズ少女のお買い物
アダマスの森が立ち入り禁止となった翌日、ドーラはダイフクと一緒に街の大通りを歩いていた。
ドーラはアダマスの森でのクエストが再開されるまでの間の、代わりに鉱山でのクエストを受けようと思っている。
ただし、その前にフィーネからの忠告に従って、冒険者としての必要最低限の装備を揃えるために買い物に来たのだった。
とは言っても、ワームの力があるドーラにはそんな物は必要ないので、実用性などは重視せずに、出来る限り安価な装備を買うつもりであった。
借金の返済があるため、ドーラは無駄遣いが出来ないのである。
「えーと、冒険者ギルドでクリスさんから聞いた店は…… あそこを裏通りに入った場所かな?」
アダマスの街には多くの武器屋がある。
鉱山の街とも呼ばれているこの街は、装備品などの製造業がとても盛んに行われているのだ。
ドーラはアダマスの街で一番安く装備が揃えられる店を、冒険者ギルドの受付でクリスから教えてもらっていた。
街の裏通りに入ってしばらく進むと、ドーラの前方に目的の武器屋が見えて来る。
「ここかな? 思ってたよりも小さい店だな」
ここまでの道のりで見かけた武器屋の中でも一際小さなその武器屋は、まるで廃棄でもされているかのように、店の外にまで雑然と商品が陳列されていた。
店の前には、新人の冒険者らしきパーティーが商品を物色している姿も見える。
この武器屋は非常に安価な装備品が手に入るので、駆け出しの冒険者達にとても重宝されているのだ。
ドーラも店の前に並べられた商品を覗いてみるが、フルプレートの鎧やロングソードの剣など、前衛職用の装備ばかりでドーラが使えるような品は置いてなかった。
「外にある装備品は私には向いていないな。店の中に入ってみようか。ほら、従魔用の装備もあるって書いてあるよ。安い装備があったらダイフクにも買ってあげるね」
「ワン」
ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。
ドーラは扉を開けて店の中に入っていった。
外から見た外観の通りに、店内はとても狭く、床には沢山の武器や防具が散乱していて足の踏み場もない状況だ。
「んー、これは酷いな。ここの武器屋の店主さんは、凄く大雑把な性格なんだろうね。魔の森に住んでた頃の私の部屋よりも汚れている。まあ、私は私物なんかはディメンションワームの中に適当に放り込んでいるから、そのうち中の人に怒られそうだけど。そう言えば、ダイフクは中の人とは会ったことがないよね? 今度、紹介してあげるね。ローリーさんが、ちゃんと働いているかも心配だし」
「ワン」
ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。
ドーラは足元に落ちている短剣を拾ってみた。
「これは売り物? こんなにボロボロで使えるのなか?」
「使えるわけねえだろ。そりゃただのゴミだ」
店の奥から小柄な男が出てきた。
「がっはっは。うちの店には、お嬢ちゃんのような可愛い子が着るような服なんか売ってねえぞ」
現れた店主の男はドワーフ族のようである。
小柄ながらも全身に鎧のような筋肉を纏っており、鍛冶で傷だらけになった太い腕を笑いながら回している。
ドーラは即座にこの店で買い物をすることに決める。
どうやら、可愛いと誉められてドーラは嬉しかったようである。
「これください」
「だから売り物じゃねえって言ってるだろ。お嬢ちゃん、見ない顔だが新人冒険者か? そんな目利きをしていたら、冒険者をやっていく上でこの先苦労をするぞ」
店主はドーラから短剣を取り上げると、刃先を指先でつまみ軽く折り曲げた。
パキ
「ほらな、こんなガラクタを持ってクエストに行ったら、命がいくつあっても足りやしねえ。お嬢ちゃん、名前は?」
「ドーラです。この子は従魔のダイフクです」
「ワン」
「俺はドンゴだ。ドーラはテイマーか? この店には後衛職向けの装備品は置いてないんだがな」
ドンゴの言う通り、この店に置いてある武器は前衛の戦士職が使うような代物ばかりだった。
「何で後衛職の装備が置いてないのですか?」
「俺の店は冒険者が捨てていく、古い装備なんかを修理して売っているからな。軽装備のように細かい装備は、手直しが面倒なんだよ」
「ドンゴさんは新しい武器は作らないんですか?」
「今はもう作ってないな。そんな意欲はとうに消え失せたよ」
ドーラは考えた。
(んー、私が使えない武器しか売ってない店を、何でクリスさんは勧めたんだろう? そう言えば、私が大盛デカライスを持っているところをクリスさんに見られていたっけ。もしかしたら、私がそういう強い武器を探しているのだと勘違をしたのかな?)
「一応、何か装備をしてみてもいいですか?」
「うちのような店じゃなく、大通りのでかい店にでも行けば、嬢ちゃんでも使えるテイマー用の装備なんかいくらでも売ってるぞ?」
「クリスさんから勧められたのでこの店がいいです。私もドンゴさんのことが気に入りましたし」
ドンゴは面倒くさそうにため息をつく。
「はあ、まったくクリスのヤツはどう言うつもりだ? 俺がもう武器を作ってないのは知ってるくせに……」
置いてあったブカブカの兜を被っているドーラの姿を見て、ドンゴは観念をしたのか呆れたように天井を見つめる。
「さっきも言ったが、うちにはドーラが使えるような装備品は置いていない。まあ、クリスの紹介だしな…… 確か、倉庫の何処かに娘が若い頃に使っていた装備があるはずだから、それをドーラにも使えるように手直しをしてやる。今回だけだぞ。うちの店で買ったなんて言いふらすなよ。後衛職の装備は手入れは面倒くさいんだ」
「ありがとうございます」
「何年も倉庫で埃をかぶっている古い装備だ。手直しには少し時間がかかる。そうだな、五日後に受け取りにこい」
ドンゴとの契約を交わし、ドーラはギルドへと戻っていった。
「お帰りなさいドーラちゃん。どうだった? 良い装備は買えた?」
クリスはニヤニヤとした表情でドーラを見ている。
「……クリスさん少しいいですか?」
「どうしたの? あまりいい装備なかった?」
「いえ、装備はドンゴさんの娘さんが昔に使っていた物を用意してくれるらしいです。五日後に受け取りに行く約束をしました。それよりも、どうしてクリスさんは私にドンゴさんのお店を勧めたんですか?」
クリスは笑いながらドーラの質問に答える。
「ふふ、汚い店だったでしょ。以前はあんな感じじゃなかったんだけどね。あれでもこの街で一番の凄腕鍛冶職人だったのよ」
ドンゴは年期の入った傷だらけの両腕をしていた。
それは素人のドーラでさえ、一目で鍛冶職人としての実力が伝わるほどだった。
「燃え尽き症候群ってやつ? 数年前に王都からの依頼で、勇者の武器を作ったことがあるのよ。今では入手が困難な、貴重なアダマンタイト鉱石を使ってね。それは立派な剣を作ったわ。でも、それがいけなかったのね……」
クリスは頬杖をつきながらため息を吐く。
「普通の鉱石では満足できなくなっちゃったのよ。今のアダマスの街で入手できる鉱石は、精々ミスリル鉱石が限界だわ。まあ、ミスリルも悪い素材じゃないんだけどね。でも、アダマンタイト鉱石を使った国宝級の仕事と比べるとね…… 最高の素材を叩いた手の感触が忘れられず、次第に鍛冶を打つことがなくなってあんな店になっちゃったの」
「へー、勇者の武器を作ったんですか? そんな仕事を任されるなんて、ドンゴさんって凄い鍛冶士なんですね。でも、それと私にあの店を勧めることに何か関係があるんですか?」
「ドンゴさんの娘さんは数年前まで冒険者をやっていてね。彼女の装備していた装備は、ドンゴさんの最高傑作とも言われる逸品だったわ。今のドーラちゃんよりも年齢はずっと上だったけど、ドワーフ族ということもあり小柄でドーラちゃんと同じくらいの背丈だったのよ。もしかしたらドーラちゃんに会って、ドンゴさんもまたやる気だしてくれないかと思ったのよ」
ドーラに娘の装備を譲ったのは、冒険者時代の娘の姿を重ねていたのかもしれない。
「その娘さんはもう冒険者をやってないんですか?」
「ええ、いまは結婚をして王都で道具屋をやっているみたいよ。年に数回アダマスの街に帰って来るけど、店でだらけているドンゴさんを見ていつも喧嘩をしてるわ。彼女は元Aランク冒険者だったから、その度にドンゴさんは冒険者ギルドの酒場へと逃げて来てるわよ」
「そうだったんですね。んー、貴重な鉱石か…… じゃあ何処かで鉱石を見つけたら、お礼にドンゴさんに持っていってあげようかな?」
「ワン」
ダイフクはいつも嬉しそうに尻尾を振っている。




