第26話 祝勝会
ドーラはアダマスの街へと続く街道を歩いていた。
本当はディメンションワームを使って街まで移動をしようとしたのだが、フィーネがドーラを迎えに来るために街から出発してしまったのである。
仕方なくドーラはすれ違いにならないように、アダマスの街に歩いて戻ることにしたのだった。
ドーラが街まであと少しという場所に差し掛かると、街方面からフィーネが走って来る姿が見えてきた。
「良かった、ドーラちゃん無事だったのね」
フィーネはドーラの姿を見て安心した表情をしている。
かなり体に無理をして走ってきたらしく、フィーネの足は疲労でガクガクと震えていた。
「はい、大丈夫です。あの後、ちゃんとゴブリンさんたちが森の外まで送り届けてくれました。フィーネさんの方も、ワイルドウルフよりも早くアダマスの街に戻ることが出来て良かったですね」
「え? ふふふ、そうね…… ワイルドウルフの群れはギルドの冒険者達によって撃退されたわ。非戦闘員である私は、街の防衛に何の貢献も出来なかったけどね」
「そんなことないと思いますよ。フィーネさんが急いで報告したからこそ、街への被害を出さずワイルドウルフの撃退が出来たんだと思います」
「ギルド長にも同じことを言われたわ。でも、いざと言う時に何も出来ずに見ているだけってのは辛いわね。だから、今回と同じような事がまた起きた時のために、ギルドでの戦闘講習の回数を増やそうと思っているの。Cランク以上の冒険者への昇格には戦闘の試験もあるからね。今のままの私の実力では、一生Dランクの青腕止まりだわ」
「人それぞれですよ。私なんて本当になんにもしてないですから」
「……そう言えば、ワイルドウルフのリーダーが街の中まで入り込んだらしいわよ。街に待機をしていたマームさんが対応したんだけど、話によると突然黒い靄から手が現れて、そのワイルドウルフは何処かに連れ去られてしまったんだって」
「ドキッ! そ、そうですか…… 何者なんでしょうね?」
「ふふふ…… ドーラちゃんも安全のために装備くらい揃えた方がいいわよ。ドーラちゃんの格好は冒険者と言うよりも、まるで近所の雑貨屋にでも買い物に行く、普通の街娘みたいな感じだからね。ベテランの冒険者だって、そんな格好でアダマスの森には行かないわよ」
ドーラは魔族領を出発した時から、ずっと普段着のままの服装であった。
ワンピース姿で魔物の徘徊する森に行くなど、余程の強者か、とんでもない愚か者だろう。
まあ、おそらくドーラはその両方である。
「そ、そうですね…… 冒険者になったばかりなので、装備を買うのを忘れていました…… ま、まあ、ダイフクが強いので…… ふひひひ」
「そうそう、ダイフクちゃんも薬草を探してると時は、せめて匂いをたどって探さないと怪しまれるわよ。あんな探し方じゃ、まるでダイフクちゃんには始めから薬草のある場所が見えているみたいだし」
「ワ、ワン……」
口元に人差し指を当てながら、フィーネはダイフクに微笑んでいる。
「街が見えてきたわね。私は先に冒険者ギルドに戻って、ドーラちゃんの無事をギルド長に報告をしに行くね。冒険者ギルドの酒場ではワイルドウルフ撃退の祝勝会をやっているから、クエスト達成の報告が終わったらドーラちゃんも行ってみるといいわ。ギルド長が経費を使っていっぱい料理を用意してくれているから」
フィーネは手を振りながら街へと戻っていった。
「んー、なんかバレてる? やっぱりフィーネさんは優秀なんだろうね。まあ、あの様子なら他の人には内緒にしてくれそうだったし、別にいいか。それよりも祝勝会か…… いっぱい料理あるってさ。楽しみだねダイフク」
「ワン」
ドーラは細かいことは気にしないタイプなのであった。
冒険者ギルドへと戻ったドーラは、祝勝会へ行く前に採取してきた薬草を受付で報酬と交換する。
昨日と同じく、薬草十束で銀貨十枚の報酬だ。
ドーラが受付から隣の酒場へ顔を向けると、祝勝会はすでに始まっているようで、大勢の冒険者達が酒を片手に盛り上がっていた。
「わははは、嬢ちゃんが噂のドーラかい?」
ふらふらとした足取りでバウスが話しかけてきた。
相当酔っぱらっているらしく、顔を真っ赤にしながら上機嫌で笑っている。
(えっと、ワイルドウルフとの戦いで冒険者の指揮をしていた人だよね? 名前はバウスさんだっけ? スコープワームでずっと覗いていたから知ってるけど、一応初対面の振りをしないとね)
「はじめまして。新人のドーラといいます」
「俺の名はバウスだ。嬢ちゃんがフィーネと一緒に森のゴブリンから話を聞いたんだってな。嬢ちゃんのおかげで街は助かったし、俺の財布もたんまりと肥らせてもらったぜ。感謝するぜ、わははは」
「被害が少なそうでなによりです」
酒場には怪我を負っている冒険者もいるが、死傷者などが出ることもなく、戦闘に参加した冒険者全員が祝勝会に参加をしているようだった。
「まあ、札付きのこの俺が指揮をしていたからな。ワイルドウルフの群れくらい楽勝だったわ。わははは」
「こらバウス! 街の中までワイルドウルフの侵入を許したくせに、浮かれているんじゃないよ!」
ギルドの入口から両手に料理を持ったマームが入ってきた。
マームがテーブルに料理を並べている横で、バウスは気まずい表情で苦笑いをしている。
「マームさんも祝勝会に来たんですか?」
「ロレンに頼まれて料理を届けに来たのさ。まったく、バウスは毎日酒場で呑んだくれているから、肝心な時に詰めが甘いんだよ。暇を持て余しているのなら、ドーラちゃんを見習ってソロのクエストにでも行ってくるんだね」
「へ、へい…… ごもっともで……」
バウスはマームから逃げるように酒場の奥へと消えていった。
「反省しているのかね、あの怠け者は…… 私はもう帰るからドーラちゃんはゆっくりしていきな。食べ物もいっぱい用意してあるから、好きなだけ食べて帰ってくるといいよ」
「はい、夕食は済ませて帰ります」
マームは手を振りながらギルドから出ていった。
「さてと…… 美味しそうだね。何から食べようかな? ダイフクは何か食べたい物ある?」
「ワン」
「お肉が食べたい? わかった、待っててね」
ドーラは大皿に盛られた肉料理から二人分を小皿に取り、ダイフクと一緒に食べた。
「ムシャムシャ。んー、やっぱりこの国のお肉は美味しいな。味があるお肉って偉大だよね。これはなんの動物の肉なんだろうね?」
「それは鉱山地帯の岩山に生息している黒毛ボアの肉だね」
ドーラが後ろを振り向くと、そこにはギルド長のロレンが立っていた。
「はじめましてドーラ。私はアダマスの冒険者ギルドでギルド長を務めるロレンだ。冒険者になったばかりだと言うのに、今日は色々と大変だったようだね」
「はじめまして、ドーラです。こっちは従魔のダイフクです」
「ワン」
「フィーネから話は聞いているよ。調合前の薬草は匂いが薄いというのに、ダイフクは広範囲に渡って薬草の匂いを探知出来るらしいじゃないか。ドーラは優秀な従魔を持っているんだね」
ロレンは優しくダイフクの頭を撫でた。
「ワン」
ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。
「ところで…… ドーラはアダマスの森でクーニと会ったんだってね。ふふふ、懐かしい名前だ。彼は元気だったかい?」
「元気でしたよ。ギルド長とクーニさんはお知り合いなんですよね?」
「最後に会ったのは百年くらい前になるかな? 私がアダマスのギルド長になる前の、まだ冒険者だった時代のことさ。あの当時でも、クーニはゴブリンとしてはあり得ないほどの高齢だった。フィーネから報告を受けて、いまだに元気にしていると聞いて本当に驚いたよ。さすがは伝説のゴブリンキングと言ったところだよ」
「えー、クーニさんってゴブリンキングだったんですか? ふひひひ、全然そんな風には見えないですね」
ゴブリンキングはその名の通りゴブリンの王である。
数百年前には、たった一人で勇者率いる王国騎士団と渡り合ったと伝えられる伝説級の魔物だ。
その脅威度は最低でもS以上となっており、存在を確認されたゴブリン種の中ではもっとも高くなっている。
ドーラはヨボヨボのクーニの姿を思い出し、子供の頃に本で見た絵姿とのギャップに笑ってしまった。
「ふむ…… ゴブリンキングと遭遇して笑っているとは、どうやらドーラはかなりの大物のようだね」
「あ、いや…… 森で見た姿と伝説で聞く姿との差があまりにも激しくて、つい面白くなってしまいまして……」
「まあ、おそらく戦う力はもう残って無いだろうしね。それに、あの森のゴブリンとは協定みたいなものを結んでいる。彼らが無害な存在なのは保証するよ」
「森でのクエストを安全に続けられそうで良かったです」
ロレンは何かを思い出したかのように手を叩く。
「そうそう。アダマスの森のことなんだが、当面の間はあそこへの立ち入りを禁止とすることになったんだ」
「え?」
ドーラはロレンの前ではじめて動揺した表情を見せる。
「ミミズが大量発生している原因を調査したくてね。近く調査団を派遣して、その原因と安全の確認をしたいんだよ」
(んー、それはちょっと困ったな…… 当分の間は、森での採取クエストをメインにするつもりだったし、あまり森のワームのことも調べられたくない……)
「そういうわけで、ドーラには悪いのだが、調査が終わるまではアダマスの森でのクエストは取り下げるのでそのつもりでいてほしい」
「どれくらいの期間ですか?」
「そうだな…… もうしばらくすれば、遠征中のライムという冒険者がアダマスの街に帰ってくる。彼女はとても優秀なAランクの冒険者でね。特に、トップクラスの土魔法の使い手として周辺国の間でも有名なんだ。ライムが森の調査をして異常がないと判断をしたのなら、アダマスの森でのクエストも再開出来るだろう」
「わかりました……」
ドーラは渋々ロレン方針に了承をした。
「代わりと言ってはなんだが、鉱山のクエストでもやってみたらどうだい? 聞くところによると、ドーラは収納魔法を使えるらしいじゃないか。鉱山では護衛のクエスト以外にも、鉱物の運搬クエストなど色々な依頼がある。貴重な収納魔法が使える君なら問題なくやれると思うよ」
「んー、そうですね。一度掲示板で確認をしてみます」
「分からないことがあれば、さっき話をしていたバウスを頼るといい。彼は鉱山でのクエストをメインに活動をしているからね。何より、いつも酒場で一人お留守番をしていて暇そうにしているからさ。むしろ、ドーラがバウスをクエストに連れていってくれるのなら、ギルドとしては非常に助かるんだよね。彼は誰かが尻を叩かないと真面目に働いてくれなくてさ」
ロレンは笑いながらギルド長室へと戻っていった。




