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第25話 魔神の降臨

 ドサッ


 ワイルドウルフのリーダーである角付きは、アダマスの森にある赤毛の洞窟の前に放り出された。

 突然の出来事に何が起きたのかを理解できず、角付きは酷く混乱をしているようだ。

 それも当然である。

 自分はアダマスの街で戦っていたはずなのに、辺りには見慣れた森の風景が広がっているのだから。


「ほっほっほ。どうやら、まだ生きておるようじゃの」


 クーニはボロボロになった角付きの顔を覗き込んだ。


「ギャ、ギャウ……」


「よいよい、無理にしゃべるではない。それにしても、ずいぶんと派手にやられたようじゃのう。聞くところによると、お主が戦った人族の女性はワイバーンよりも強いという話じゃ。ドーラ孃は街の子供を助けたのではなく、お主のことを助けたのじゃよ。リーダーであるお主が居なくなってしまうと、この森でのワイルドウルフ達の説得が面倒になるからのう。ほっほっほ、どうやら命拾いをしたようじゃのう」


「フゴフゴ」


 あまりの角付きのやられっぷりに、普段は仲の悪い赤毛も心配そうな顔で見ている。

 角付きは力なく地面に横たわっているが、その眼光はいまだ鋭く、頭上から覗き込むクーニのことを睨み続けていた。


「別にお主の事をどうこうしようというのではない。こちらのドーラ嬢からお主に頼み事があるのじゃよ。怪我をしているところで悪いのじゃが、少し話を聞いてやってくれんかの?」


 ドーラは角付きの前まで移動すると、しゃがみ込んで話しかける。


「こんにちは。えっと、角付きさんでいいですか? 実はですね…… と言っても、私じゃ言葉は伝わらないか。クーニさん、また通訳をお願いできますか?」


 クーニはドーラのこと、森に溢れかえったミミズのこと、これまでの経緯などを角付きに説明する。

 クーニの言葉は角付きに伝わっているようだが、あまり友好的な反応ではなさそうであった。

 途中でドーラがワームを見せると、明らかに敵意を剥き出してドーラを睨みつけている。


「……と言うわけじゃ。どうかの? 納得してくれんかの?」


「フゴフゴ」


 赤毛も一緒に説得しているようだ。

 時折ときおり、赤毛はチラチラとダイフクの様子を気にしている。

 どうやら完全に上下関係が出来上がっているらしい。


「ワン」


 ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。


「グルルル」


 しかし、話を聞き終わっても角付きからの敵意が消えることはなかった。

 ワイルドウルフの特殊個体である角付きは、脅威度で言えばB以上という赤毛に並ぶこの森の王者だ。

 多くの特殊能力を有しており、支配下においた者の能力を引き上げる『王者の貫禄』という特殊バフも持っている。

 日頃から、己こそがこの森の絶対的な王だと自負をしているため、突如として現れた人族の姿をした少女などに、この森で好き勝手をされるなど許せるはずはなかった。


「ふむ、やはり言葉だけでの説得では無理じゃったか。こうなると、こやつにもドーラ嬢の力を示す必要があるのう」


 クーニの言葉を聞いて、ドーラはあからさまに嫌な表情をする。


「えー、いまの状態の角付きさんにですか? さすがに怪我をしてる相手と、圧倒的に格上のダイフクを戦わせるのは気が進まないですよ」


「ワン」


 ダイフクも弱い者いじめはしたくないらしい。

 ドーラは他に方法がないかと考えている。


「んー。戦わずに力を示す方法となると…… 例えば脅しとかですか?」


「ふむ、よいかもしれぬぞ。ドーラ嬢は何か派手な魔法などは使えぬのか?」


「そうですね…… あまり派手なことしてこの森に被害を出したくないし、とりあえずインパクト重視でやってみます。危険ですので皆さんは少し離れていてください」


 クーニと赤毛は、ドーラから距離を取って見守っている。


「それじゃあ、角付きさんには少しだけ私の力を見せてあげますね」


 ドーラは自身を中心にして、広範囲に黒いもやを出現させる。

 次の瞬間、直径数十メートルを越えるであろう巨大な柱がドーラを乗せ、まるで雲にまで届くかのように空高く伸びていった。


 ゴゴゴゴゴゴ


「な、なんじゃこの巨大な柱は!」


「フゴ!」


「ギャフ!」


 唖然としたクーニ達が空を見上げていると、その柱はまるで生きているかのようにうねりはじめ、今度は柱の先端が地表に向かって近付いてくる。

 クーニ達は眼前へと迫る柱の先端をみて、ようやくそれが柱などではなく、あり得ない程に巨大なミミズなのだと理解をした。

 その巨大なミミズは、恐ろしいほどに鋭利えいりな牙を覗かせて、狂暴な口を大きく広げながら角付きの眼前へと迫ってき。

 ワイバーンですら容易たやすく噛み殺してしまいそうなその凶悪な風貌ふうぼうに、角付きは涙目で完全に戦意を喪失するのであった。


「ふひひひ、どうですか? 私の力が少しでも伝わりましたか?」


 ドーラはワームの頭の上に仁王立をしながら、なんとなく威圧用に出した大盛デカライスを片手に持ってドヤ顔をしている。


「な、なんという巨大なミミズなんじゃ…… まるで、この世界すらも滅ぼしてしまうような…… それにあの鎌は…… もしや、あれが噂にも聞いた、魔神様が使っていたと言う武器なのでは?」


 クーニは通常のゴブリンの寿命を遥かに越える、信じられないほどに長い年月を生きている。

 アダマスの森で数百年以上を暮らして来た間にも、出会った多くの冒険者から様々な知識を得ていた。

 ドーラの持っている鎌は、まさしくクーニの思い描いていた魔神の武器、大鎌デスサイスそのものであった。


「フ、フゴ……」


「ギャ、ギャフ……」


 赤毛と角付きも、巨大なミミズの迫力と鎌の異様さに目を丸くしている。


(ふひひひ、みんな驚いてるな。なんの能力もない、ただの大きくなりすぎたワームだけど、見た目の迫力だけはあるからな。ちゃんと怖さは伝わったみたい…… って、あれ? クーニさん何してるの?)


 角付きや赤毛だけではなく、クーニも地面に頭をつけてひれ伏していた。


「あの…… 皆さん、何をしてるんですか?」


 クーニは震える声で口を開く。


「ま、魔神様とはつゆ知らず、た、度重たびかさなる不敬ふけいなる振るまい、恐縮至極きょうしゅくしごくに存じます……」


「フゴー」


「ギャフン」


 クーニたちはドーラの前で、一様いちよう平伏へいふくをしている。


「え? なに難しいことを言っているんですか? それに私は魔神ではありませんよ? 私は新米冒険者のドーラです」


「し、しかし…… これほどの力にくわえ、その鎌は…… はっ!? そ、そうでしたな…… 普通の人族として暮らすために、この国へといらしたのでしたな。御方おんかたはドーラ様です。それ以上でもそれ以下でもありません」


「んー、何かよくわかりませんが、納得してくれたのならよかったです」


「ワン」


 ダイフクも良く分かっていないが、取り敢えず尻尾を振って嬉しそうにしている。


「まあ、角付きさんも納得をしてくれたようですし、これでワームのことも片が付いて一件落着ですね」


「この森でドーラ様に従わぬ者など存在しません」


「……あの、クーニさん? さっきから話し方が変じゃないですか? ちょっと話しづらいんですけど?」


「申し訳…… ほっほっほ、そうじゃの。普通の冒険者にたいして、この話し方はちと不自然じゃったの。それに、わしも硬い言葉はよくわからんわい」


 クーニは無理をして使っていた言葉使いを止めると、とても優しい顔でドーラに笑いかけた。


「ところで、アダマスの街はどうなったのかの?」


「戦いは終わったようですよ。角付きさんが居なくなって、残っていたワイルドウルフも撤退をしていきました。もう少しすれば、アダマスの森に帰ってくると思います」


「あいわかった。ドーラ嬢はこの後どうするのじゃ?」


「そうですね…… フィーネさんが心配をしていると思うので、私はアダマスの街に戻ります。皆さんは森にいるワームの事をよろしくお願いします。何か問題があった時は、スコープワームを森の各地に配置しておきますので、それで知らせてください」


「あいわかった」


「フゴ」


「ギャフ」


 ドーラは本日の目的を完遂し、ご機嫌な様子でアダマスの街へと帰っていった。

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