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第23話 防衛準備

 ワイルドウルフに出遅れて森を発つことになったフィーネは、アダマスの街へと続く街道を全速力で走っていた。

 非戦闘員であるフィーネではワイルドウルフのスピードに追い付けるはずもないが、ワイルドウルフの群れが真っ直ぐに街へと向かったとも限らない。

 街道から外れて寄り道をしている可能性も考えられるので、少しでも早くこの事態を冒険者ギルドへと報告をする必要があった。


「はあはあ…… 間に合ってよね……」


 フィーネは途中に幾度となく足を痙攣させながらも、やっとの思いでアダマスの街の正門にまでたどりついた。

 アダマスの街と森をつなぐ街道では、フィーネはワイルドウルフの群れに遭遇することはなかった。

 そのことに一抹いちまつの不安を感じていたが、普段と変わらず閑散かんさんとした街の様子を見て、フィーネは胸を撫で下ろすのであった。


「はあはあ…… どうやら間に合ったようね…… い、急いでギルドに報告をしないと!」


 フィーネは一直線に冒険者ギルドへと向かい、建物に入る否や、受付で作業をしているクリスの元へと駆けよった。


「ギルドに緊急の報告があるわ!」


 今までに見たことのないフィーネの焦りように、クリスは唖然とした表情で仕事の手を止める。


「ど、どうしたのフィーネ? そんなに慌てるなんて、あなたらしくないわよ? あれ? ドーラちゃんは一緒じゃないの? まさか、アダマスの森でドーラちゃんに何かあったの?」


 クリスは一緒にクエストに向かったはずのドーラがいないことに不安げな表情を浮かべている。


「ドーラちゃんは無事よ。信頼できるゴブ…… ある人物に預けているわ。その人からの情報によると、ワイルドウルフの群れがアダマスの森から外に出ていってしまったらしいの! 興奮をしてとても攻撃的になっているらしく、アダマスの街に向かってる可能性もあるわ。急いで冒険者を集めてワイルドウルフの襲撃に備えなければ、街の中にまで被害が出るかもしれないのよ!」


 フィーネはゴブリンのことについては敢えてぼかして説明をした。

 先日、他の冒険者にゴブリンのことを話したときに、まったく信用をしてもらえなかったからだ。

 しかし、街の安全に関わることをクリスが有耶無耶な説明で納得をするはずがなかった。


「ワイルドウルフの群れですって? その話を聞いた人物って誰なの? 今日はあなたとドーラちゃんの二人しか、アダマスの森でのクエストを受けていないわよ?」


「い、いや…… あ、あの、人っていうか…… その、森で会った…… ゴ、ゴブリンから聞いて……」


「ゴブリンから? ちょ、ちょっと待って…… もしかして、あなたドーラちゃんをそのゴブリンに預けて来たの?」


 クリスは信じられないという表情で目を見開いている。


「だ、大丈夫よ…… 高齢で優しそうなゴブリンだったし…… 危険はないと…… 思う……」


 その様子をギルド内にある酒場から見ていた冒険者が、フィーネをからかうように大笑いをしながら近付いてきた。


「わははは、ようフィーネ。昨日はゴブリンに襲われたって言ってなかったか? 今日はゴブリンに話を聞いたって? お前、頭は大丈夫か? もしかして、森で変なキノコでも食べたんじゃないのか?」


「嘘じゃないわ! 人族の言葉をしゃべる上位種のゴブリンから聞いたのよ! そうだ! ギルド長なら信じてくれるわ! そのゴブリンはギルド長と知り合いのようだったのよ!」


「フィーネ落ち着いて。すぐにギルド長に確認をしてくるから、あなたは少し休んでいなさい。全身が汗まみれで足も痙攣しているじゃない。それとバウス。仕事もせずに昼間から飲んだくれているあなたに他人を笑う資格はないわよ」


「へい、すみません……」


 フィーネに酒場で休むようにとうながして、クリスは二階にあるギルド長室へと向かった。

 フィーネが酒場の椅子に腰を掛けると、反省をしたバウスが水を持ってやってくる。


「まあ、これでも飲んで落ちつきなって」


「……ありがとう」


 フィーネは渡された水を一気に飲み干す。

 一息ひといきついて緊張の糸がほぐれたらしく、椅子の背もたれに体をゆだねると呼吸も落ち着いてきたようだ。


「お前、森からずっと走ってきたのか? 体力もないのに無茶をしやがって。それにしても喋るゴブリンねえ…… その話が事実だとしても、ゴブリンの言うことなんか本当に信用が出来るのか?」


「とても知性的なゴブリンだったわ。私もはじめは驚いたけどね。それでも、私にはそのゴブリンが嘘をついているようには見えなかったわ」


「……まあ、冒険者足るものは、常に不足ふそくの事態に備えて行動をするものだからな。念のため、俺は街に残っている冒険者達に声をかけてくるわ」


 そうフィーネに告げて、バウスは冒険者ギルドから出ていった。


「ありがとう……」


 しばらくすると、受付の奥からクリスがギルド長のロレンを連れてやって来る。


「少しは落ち着いたかいフィーネ? 君が持ち帰った報告とやらを詳しく教えてくれないか? クリスは急いで冒険者を街の正門の前にあつめてくれ」


「分かりました」


 ロレンの指示を受けたクリスはその場から離れていった。

 フィーネはアダマスの森で体験したことや、ゴブリンから聞いたことをロレンに説明をする。


「なるほどね、クーニのやつはまだ生きていたのか。それに森の中にあふれかえったミミズね…… 私がアダマスの冒険者ギルドに来てから百年以上が経つが、そのような現象は今まで聞いたことがないな。いや、それよりもまずはワイルドウルフの対処が先だな。助かったよフィーネ。君からの報告がなく、何の対策も講じられないでいれば、ワイルドウルフに街の中への侵入を許す恐れがあった。本当にありがとう」


 ロレンはフィーネに頭を下げている。


「頭を上げてくださいギルド長。聞きたいのですが、ギルド長はあのゴブリンとどういった関係なのですか?」


「私がまだ冒険者だった頃の話になる。アダマスの森でのクエストの最中に、クーニと遭遇をして戦闘になったことがあるんだ。クーニは強かったな。戦闘がはじまってすぐに相手がゴブリンの上位種だと分かり、私は全力を出して戦ったんだけどね。最終的に決着はつかず、お互いの痛み分けと言うかたちでその戦いは終わった。ふふふ、その戦いの後にお互いに意気を投合してね。今後、アダマスの森では無闇に争わないと、クーニと約束を交わしたんだ」


「嘘…… 元Sランクのギルド長でも勝てなかったんですか? あのゴブリンってそんなに強いんですか?」


「まあ、百年以上も昔の話になるがね。長寿のエルフ族である私とは違い、ゴブリンの寿命なんて精々50年かそこらだ。私と戦った当時でさえ、彼はゴブリンとしてはあり得ない程の高齢だったよ。もしも、クーニが全盛期の時に戦っていたのならば、間違いなく私は殺されていただろうね。その後、しばらくの間は彼との交流もあったのだが、いつしかアダマスの森で彼を見かけることはなくなっていった。高齢と言うこともあり、すでに亡くなっているんだろうと思っていたのだが、彼がまだ生きていると聞いて本当に嬉しいよ」


「あのゴブリンがですか……」


 フィーネはヨボヨボの老ゴブリンの姿を思い出して苦笑いをしている。

 次第にギルド内が騒がしくなり始めると、役目を終えたクリスが酒場へと戻ってきた。


「ギルド長。正門に冒険者達を集めました。非戦闘員と駆け出しの冒険者を除いて、札付きが五人と青腕が十三人になります」


「ふむ、意外と少ないな…… この時間ではクエストに出ている者も多いし仕方がないか。私も準備が出来次第すぐに正門へ向かうから、それまでクリスが現場のまとめを頼むよ」


「わかりました」


 指示を受けたクリスは正門へと向う。


「フィーネはここで休んでいなさい。君もDランクの青腕だが、採取専門の非戦闘員だからね」


「ありがとうございます」


 ギルド長室へと準備に戻るロレンを見届けると、フィーネはゆっくりと目を閉じるのだった。


 __アダマスの街の正門では、武装をした冒険者達がクリスから招集をされた説明を受けている。


「なるほどね。ギルド長の確認が取れたのなら、フィーネの話は本当だったんだろうな」


 酒場でフィーネと話をしていたバウスが、クリスからの説明を聞いて納得をしている。


「詳細な群れの数は不明ですが、これだけの冒険者がいれば充分に対処は可能だと思います。この中ではバウスが経験もランクも一番高いので、今回の臨時パーティーではあなたが指揮を取ってください」


「わははは、まかされた。で…… 報酬はどうなるんだ? 今回はギルドからの緊急クエストになるんだろ?」


「報酬に関しては、ワイルドウルフ撃退の後にギルド長と精査せいさをします。群れでのワイルドウルフの脅威度はC以上なので、最低でもCランクのクエスト以上の報酬を保証します。アダマスの森では、特殊個体のワイルドウルフの目撃例もありますので、気を抜かずに対応にあたってください」


「了解した。リーダー手当ても頼むわ」


 バウスは、札付きと呼ばれるBランクの冒険者である。

 普段は『鉱山ハイカー』というパーティーで活動をしているが、今日の彼はお留守番中なのであった。

 鉱山でのクエストには、採掘場の警備から鉱物の運搬など様々なクエストが存在する。

 バウス以外のパーティーメンバーは、彼を一人残して鉱物の運搬クエストに向かっていた。

 鉱山での運搬クエストは危険も少なく報酬が安いこともあり、その都度つどパーティーメンバーを調整しているらしい。

 彼が残されているのは、けっしていじめではない。

 むしろ、バウスは怠け者としてアダマスの冒険者ギルドでは有名な存在であり、仲間が働いている時に飲む酒を嗜好の喜びとしているのだ。

 そう、彼は駄目人間なのである。

 そんなバウスは、ちょっとした臨時収入にありつけそうなことに、内心ガッツポーズをしているのだった。


「わははは、残り者には福があるってな。しばらくは酒代に困らなくても良さそうだ」


 バウスは満面の笑みを浮かべながら、他の冒険者たちとの打ち合わせをはじめる。

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