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第21話 ミミズ少女とゴブリン

「ウガー」


 茂みの中から現れたゴブリンは、二匹のゴブリンが一匹のゴブリンを守るような隊列でドーラ達に近付いてきた。

 守られている後方のゴブリンは、赤茶けた髪と髭を生やしており、かなりの高齢になっている個体に感じられる。

 ただし、高齢のゴブリンは杖をついて屈んだ状態でいるにもかかわらず、明らかに先行する二匹のゴブリンよりも大きな体をしていた。


「しまった! 会話に夢中になりすぎて、ゴブリンの接近に気が付けなかった! ドーラちゃん! 私が時間を稼いでいる間に、あなたは急いでこの場から逃げるのよ!」


 フィーネはゴブリンの前に立ちはだかると、勢いよく腰から剣を抜いて身構えた。

 ドーラを逃がす為に、一人でゴブリンと戦う気である。


「昨日はゴブリン一匹に逃げ出しちゃったけど、今日は戦闘を想定して準備をして来たんだからね! さあ、かかってきなさい! 私が相手になるわよ!」


 懸命に声を張り上げて自身を鼓舞しているフィーネだが、明らかにその足は震えて顔色も青くなっていた。

 ゴブリンは脅威度きょういどFランクの最下級の魔物である。

 脅威度とは、その魔物と戦闘をする場合の目安になっている。

 脅威度Fのゴブリン一匹の討伐には、Fランクの冒険者パーティーが推奨されている。

 単独で冒険者が対処をする場合には、パーティーでの推奨ランクよりひとつ上の冒険者ランクが求められている。

 フィーネはゴブリンの脅威度Fよりも高いDランクの冒険者だが、彼女は採取専門の非戦闘員であるためこの指標には当てはまらない。

 本来なら一匹でもフィーネでは敵わないゴブリンが三匹である。

 決死の覚悟でフィーネがゴブリンと対峙をしていると、高齢のゴブリンは制止を求めるかのように、手をかざしながら語り始めた。


「ほっほっほ、そう警戒をせんでもらえるかのう、人族のお嬢さんや」


「え? 人族の言葉がしゃべれる? まさか、上位種のホブゴブリン?」


 予想もしなかった上位種ゴブリンの登場に、フィーネは驚きと戸惑いの表情を浮かべている。


「わしらは人族と争う気はないでの。少しだけわしの話を聞いてはくれんか? 昨日のことなんじゃが、ある事情があって仲間が人族の冒険者を襲ってしまったのじゃ。もちろん本意ではない。事が大きくなる前に謝罪をしようと、わしらはアダマスの冒険者を探しておったのじゃ」


「え、昨日襲われた冒険者って私のことだわ…… 謝罪? 事情ってどういうこと?」


 老ゴブリンの言葉にフィーネが混乱していると、老ゴブリンは二匹のゴブリンを後ろに下げて フィーネの前に歩みよってきた。


「おお、お主がその冒険者であったか。先日は、わしらの仲間がお主を襲うようなことをしてしまい本当にすまなかった」


 老ゴブリンはフィーネに対して深く頭をさげている。


「え? あ、はい…… 本当は襲うつもりはなかったと言うことですか? それじゃあ、もうゴブリンが冒険者を襲うことはないのですね?」


「うむ…… 人族と敵対をしても、弱い魔物のわしらでは冒険者に討伐されてお仕舞いじゃからの。他の森ではどうだか知らぬが、この森のゴブリンはアダマスの冒険者と事を構えるような真似はせん。古い友人のロレンとの約束でもあるからの」


「ロレン? もしかして、うちのギルド長のことですか? あなたはギルド長のことを知っているんですか?」


「ほっほっほ、まあ腐れ縁ってやつじゃよ。このアダマスの森の中では、互いに対立をしないと約束をしているのじゃ」


「ゴブリンとそんな約束があったなんてはじめて知ったわ…… だからギルド長は、この森のゴブリンを攻撃してはならないって皆に指示をしていたのね…… でも、それなら何故昨日は私を襲うようなことをしたんですか?」


「うむ…… それがのう…… 昨日の出来事じゃ。突然、この森の中におびただしい数のミミズがあふれ出したのじゃよ……」


(んー、やっぱりそれが原因か)


 ドーラはダイフクのお腹を撫でながら、退屈そうに二人の話を聞いていた。

 ドーラは難しい話と長い話が苦手なのである。

 しかし、自分が原因でこの森に混乱が起きているのは理解しているようだ。


(まあ、見たこともないよそ者に、ある日突然森全体を占領されたらパニックになるよね。今はフィーネさんがいるから説明出来ないけど、後でゴブリンさんには事情を説明しよう。無害だから安全ですよって言えば許してくれるよね?)


「ミミズ? 土の中にいるあのミミズですか?」


「うむ、そうじゃ。何の前触れもなく、突如として森のいたる所に現れたのじゃ。わしらも気味が悪く思い、何とか排除をしようと試みたのじゃが、いくら踏みつけようが火で燃やそうが、何をしようとも傷ひとつ付けることが出来なかったわい」


(ふひひひ、私のワームは強いからね。能力無しの普通のワームでも、ワイバーンよりも強いからな。並大抵の魔物では歯が立たないだろうね。まあ、私が指示をしなければ誰かを襲うような危険もないけどね)


「発生の原因すら分からずに混乱をしている時に、お主がわしらの縄張りに入ってしまったのじゃよ。気が立っていた若い仲間が、お主が異常の原因だと勘違いをして襲ってしまったのじゃ。まったく、少し考えればこんなことが出来る者など存在しないと分かるものを…… これは人災ではなく、何かしらの要因で発生した自然災害じゃろう……」


「そんな事があったんですか…… それでは、あなた方の傷もそのミミズにやられたんですか?」


 三匹のゴブリンは負傷をしていた。

 体のいたる箇所に何かに引き裂かれたような傷を負っている。


(んー、私のワームじゃないよね? 森にいる魔物を襲えなんて指示は出してないし……)


「いや、これはワイルドウルフの群れにやられた傷じゃよ。あやつらの縄張りにもミミズが大量発生したらしく、興奮したグループが縄張りから出てきてしまったのじゃ。少し前にあやつらと鉢合わせしてしまってな。わしらは何とか逃げきることが出来たが、そのせいで今アダマスの森は大混乱じゃよ」


「ワイルドウルフの群れですって! その群れはいま何処に!」


「それがの…… 森の外に出ていってしまったのじゃ…… もし、ミミズの大量発生がアダマスの冒険者の仕業だと誤解をしているのならば、今頃はアダマスの街へと向かっているかもしれん……」


「そ、そんな! ワイルドウルフの群れがアダマスの街に侵入したら大変だわ! 急いでギルドに報告をして、ワイルドウルフが街に来る前に対応をしないと!」


(ワイルドウルフって確か脅威度Dランクの魔物だよね? 常に群れになって行動をするから、実際の脅威度はCランク以上ってマームさんが言っていたな。んー、これは急いで街に知らせないと不味いよね?)


「フィーネさんは急いで街に戻ってください。私と一緒に移動をするより、フィーネさん一人の方が速く街に戻れると思います」


「で、でもドーラちゃんを一人で森に残していくわけには……」


「ダイフクがいるから平気ですよ。このゴブリンさんたちも危険な魔物ではないようですし」


「ワン」


 ダイフクは尻尾を振って嬉しそうだ。

 フィーネは心配そうに老ゴブリンの目を見つめる。


「ほっほっほ、大丈夫じゃよ。このお嬢さんを襲うようなことはせん。責任もってわしが森の外まで送り届けると約束をしよう」


 フィーネは抜いていた剣を鞘に収めると、アダマスの街の方へと体を向ける。


「ごめんねドーラちゃん。森の外に出てもワイルドウルフに注意をしながら街に戻るんだよ」


「はい、フィーネさんもお気をつけて」


 フィーネはアダマスの街に向けて走って行った。

 腰に付けている荷物袋の隙間から、スコープワームが顔を出しているのには気が付いていないようだ。


(さてと…… 私も今日の本題をやらなくちゃね)


「えっと、ゴブリンさん。少しお話があるのですが……」


「ん? どうしたのじゃお嬢ちゃん?」


「この森にワームをばらまいたの私です。驚かせてごめんなさい」


 老ゴブリンは首を傾げて固まっている。


「ほ、ほっほっほ…… な、何の冗談かのう? 森で起きているミミズの異常発生は、ただの自然災害じゃと説明をしたじゃろ?」


 ドーラの突拍子のない発言に、老ゴブリンは髭を撫でながら無理やり笑顔を作っている。

 後ろの二匹のゴブリンも、顔を見合せて困惑しているようだ。


「では、これでどうですか?」


 サー


 ドーラが手を上げて合図をすると、茂みの中から無数のワームがドーラと三匹のゴブリンを取り囲むように集まってきた。

 ゴブリン達はその異常な状況に唖然として一歩も動けないでいる。

 あっという間に、足の踏み場もないほどのワームの群れが辺り一面に広がっていた。


「ひ、ひゃあ! な、なんじゃ! 何が起きたのじゃ!」


「この子たちは私の…… まあ、家族みたいなものです。昨日、この森でのクエストをしている時に、薬草を探すため森の中に散らばってもらいました」


「ほ、本当にお主がこれをやったのか?」


 老ゴブリンは目を見開いて辺りを見渡している。

 後ろの二匹のゴブリンは地面に手をついて、完全に腰が抜けているようだ。


「はい。この森の魔物さんを怯えさせるつもりはなかったんですが、結果的に森を混乱させることになってしまいました。本当にすみません」


「お主はテイマーなのか? これ程の数のミミズを、たったひとりで使役しておるのか?」


「いえ、私はテイマーではありません。あ、冒険者ギルドでは一応テイマーと言うことになっていますが、この子たちは使役しているのではなく、私が産んだ子供みたいなものかな?」


「う、産んだ? ミミズを? お主は人族ではないのか?」


「人族として暮らすためこの国に来たので、その質問にはお答えできません。でも、私は普通に暮らしたいだけなので、心配はしなくても大丈夫ですよ」


 あまりにも現実離れをしたドーラの発言に、老ゴブリンは言葉を失っている。

 ただ、ドーラから敵意を感じられないのは理解しているようだ。


「ふむ…… つまり、わしらに危害はないと言うことかの?」


「はい。私が指示をしない限り、ワームが誰かを襲うようなことはないので安心してください。ただ、私がアダマスの街にいる間は、冒険者としてこの森でのクエストをするつもりなので、出来ればこのまま森の中にワームを配置させておいて欲しいのですが」


「ふむ、事情はわかった…… いや、疑問はいっぱいあるが、一先ずそれは置いておこう。ともあれじゃ…… わしらゴブリンがそれを許可したとしても、この森の他の魔物がそれを許すかどうかは別じゃの……」


「ワイルドウルフやハングリーベアーですか?」


「強い魔物ほどプライドが高いからのう。素直に頼んでもきっと拒絶をされるじゃろう。どうしてもあやつらを納得させたいのなら、お主があやつらを納得させるだけの力を示す必要がある」


「んー、要するにそれは私にこの森のボスになれってことですか?」


「ほっほっほ、その通りじゃ」


(んー、あまり目立つことはしたくないんだよな。こうなったら、何かあったらダイフクに丸投げ作戦でいくしかないか)


「力を示すのは私ではなく、従魔のダイフクでも大丈夫ですか?」


「ふむ…… 別にそれは構わぬが、その者はただの犬のように見えるのじゃが?」


「ただの犬ですよ。でもダイフクは強いので大丈夫です」


「ワン」


 ドーラにお腹を撫でられながら、ダイフクは任せろと言っている。


「よかろう、お主をハングリーベアーの縄張りまで案内をしよう。しかし、アダマスの街の危機は放って置いても構わぬのか? アダマスの街に向かった群れを率いているのはワイルドウルフのボスじゃ。あやつは、極めて危険な特殊能力を持っているワイルドウルフなんじゃよ。事態を解決出来るだけの力を持っているのに、お主は街を助けには行かぬのか?」


「あ、大丈夫です。ちゃんと監視用のスコープワームで見張っていますから。何かあったらこの森の中から手助けをします。それに、あの街にはワイバーンよりも強い人が居ますし、心配はないと思いますよ」


「この森から…… もしや、昨日わしの仲間を取り押さえた謎の手と言うのはお主の力かの?」


「そうです」


 ドーラはディメンションワームで黒い靄を出して、靄の中に手を突っ込んだ。

 老ゴブリンは後ろから肩を叩かれる感覚を覚えて慌てて振り返る。

 そこには黒い靄の中から伸びるドーラの手があった。


「なんと! これは驚いたわい! 転移魔法の応用かの? 長年生きてきたが、このような事が出来る者など見たことないわい!」


「危ないと思ったら、この手で強引にワイルドウルフを森に連れ戻します」


「まったく、とんでもないお嬢ちゃんじゃの……」


 ドーラはサービスで老ゴブリンの肩を揉んであげた。

 老ゴブリンは一瞬びっくりしていたが、だいぶ凝っていたのか気持ち良さそうに目を瞑っている。


「それと、私のこの力は冒険者ギルドでは秘密にしているので、もしアダマスの冒険者に出会っても、私の力ことは内緒にしておいてもらえますか?」


「あいわかった、この身にかけて約束をしよう! それではハングリーベアーの縄張りまでお嬢ちゃんを案内するとしようかの。ほっほっほ、あやつのビックリする姿が見れるのが楽しみじゃわい」

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