第19話 ミミズ少女とフィーネ
ドーラがクエスト達成の報告に冒険者ギルドへと戻ると、ギルド内にある酒場では二人の冒険者が何やら言い争っていた。
「信じてよ、本当なのよ! アダマスの森でゴブリンに襲われていたら、何もない空間から突然手が飛び出してきて、そのゴブリンのことを取り押さえたのよ!」
(あ、さっきゴブリンに追っかけられてた女の人だ。森での出来事を、他の冒険者に話しているみたいだな。正体がバレないようにして正解だった)
女冒険者は必死にその時の状況を説明しているが、話を聞いている男冒険者はまったく信用している様子がないようだ。
「わはは、ゴブリンに襲われたって? まさかとは思うがお前、そのゴブリンにちょっかいでも出したんじゃないだろうな? アダマスの森でゴブリンに手を出す行為は、ギルドからも厳重に禁止にされているよな? お前、冒険者になって何年目だ? もう一度、赤バンドからやり直した方がいいんじゃねえか? ヒック」
男冒険者は呆れた表情で女冒険者を責め立てると、手に持っている酒の入ったグラスを一気に飲み干した。
何時から酒場にいるのかはわからないが、男冒険者は相当酔っぱらっているようである。
「ちょっかいなんて出してないわよ! いつも通りにやり過ごそうとしたら、何故か今日はいきなり襲いかかってきたのよ!」
「そんな話、誰も信用をしないぞ。納得がいかないのなら、ギルド長に直接報告をすればいい。まあ、そんな駆け出し冒険者みたいなことを報告したら、今後のランク昇格の査定が厳しくなるだろうがな…… ヒック」
「だから私は何も…… はあ、もういいわよ! 年中酒場に入り浸っているポンコツ冒険者のくせに!」
これ以上騒いでも自分の評価が落ちるだけだと悟った女冒険者は、男冒険者に悪態をついて冒険者ギルドから立ち去った。
「何で誰も信用してくれないのよ…… 赤バンドからやり直せだって? 何で私が…… は! そうだ! 赤バンドだ!」
女冒険者は何かを思い付いたらしく、冒険者ギルドへと引き返して一般受付にいるクリスの元へと向かった。
その様子を、申し訳なさそうな表情でドーラは見ていた。
「んー、少し可哀想だったかな? でも、私がやりましたって名乗り出るのは嫌だし、仕方がないよね? それじゃあ、私たちはクエスト報酬をもらって宿屋に帰ろうね」
「ワン」
ドーラは受付でクエストの達成報酬を受け取り、冒険者ギルドを後にする。
宿屋へと戻ったドーラは、森でのことが少し気になったので、夕食の前にゴブリンについての情報をマームに尋ねてみた。
「マームさん。アダマスの森でゴブリンに遭遇した時に、危害を加えていないのに襲われることってあるんですか?」
「アダマスの森で何かあったのかい? そうだねえ…… まあ絶対にないとは言えないねえ。可能性が高いのは、ゴブリンの縄張りに強い魔物が入ってきて、警戒心が高くなっている場合かね。アダマスの森にいる強い魔物っていうと、ワイルドウルフかハングリーベアーなんかがいるね。ただ、そうなった場合でもあの森のゴブリンは侵入者と争うことはせずに、自分らの集落の場所を移動するからね。ましてや、冒険者を襲ってまで縄張りを守るなんてことは聞いたことがないねえ」
「んー、強い魔物か…… 何だろうねダイフク?」
「ワン」
(そんなの決まってるって? やっぱりそうだよね。ちょっと私がやらかしちゃったかな? 明日のクエスト中に、森の様子を少し調べた方がよさそうかな?)
翌朝もドーラは朝日が登る前に冒険者ギルドへ訪れていた。
もちろんやる気があるわけでなく、昨日の依頼中にアダマスの森で寝すぎてしまったので夜に寝れなかっただけである。
ドーラが掲示板の前でクエストを選んでいると、受付から出てきたクリスが声をかけてきた。
「ドーラちゃん、ちょっといいかな?」
「はい、何ですか?」
「今日はドーラちゃんと一緒にクエストに行ってもらいたい冒険者がいるの」
クリスの後ろには、昨日酒場で揉めていたの女冒険者が立っていた。
「はじめましてドーラちゃん。私は採取専門で冒険者活動をしているフィーネよ。ランクはDの青バンドだけど、非戦闘系のクエストならそれなりの経験があるわ」
「彼女は日頃から、駆け出し冒険者の面倒をよく見てくれているのよ。新人のドーラちゃんのことを聞いたら、是非とも力になりたいって言ってきてくれたの」
(これって私に探りを入れてる? 何か怪しまれることしたかな? クリスさんに話を通されてるし、私が断りづらくなるように根回しをしたのかな? んー、なんで私にたどりついたんだろう? もしかしたら、想像以上に優秀な冒険者なのかも知れないな)
「よろしくね」
(……握手を求められてる。んー、これは観念するしかないか。今日はアダマスの森で昼寝は出来そうにないな)
完全に夜型の生活になっているドーラであった。
「新人のドーラです。よろしくお願いします」
フィーネは優しそうな笑顔でドーラと握手をする。
しかし、何やらドーラは不機嫌そうな表情であった。
その視線はフィーネの胸の部分をじっと見つめている。
(不公平だ)
ドーラは厳しい格差社会を味わっていた。
「じゃあ、あとは任せたわよ。ドーラちゃんも分からないことはフィーネに教えてもらいなさい」
「はい!」
ドーラは機嫌良さそうにクリスの胸を見ている。
(んー、クリスさんを見ていると何故か落ち着くな)
謎の共感を感じるドーラであった。
ドーラとフィーネは臨時のパーティーを組む事になり、手頃なクエストを受注してアダマスの森へと出発をした。
アダマスの森へ向かう道中では、フィーネはしきりにドーラの素性を詮索してきた。
ドーラが辺境の村の出身で、過去のことはあまり話したくないと説明をすると、何かを察したフィーネはそれ以上の深入りはしてこなかった。
ただ、会話中にフィーネの視線がドーラの手に向けられることが多々あった。
フィーネが何を疑っているのか、ドーラは自身の手を確認してようやく自分の失敗に気が付くのであった。
(あー、そうか。リストバンドの色か)
昨日ドーラがゴブリンを取り押さえた腕は、冒険者バンドを付けている方の腕だったのだ。
(ほんの一瞬の出来事だったのに見逃さなかったのか。流石はDランク冒険者ってところだな。まあ、新人の面倒をよく見ているっていってたし、当然素性をしらない私のことを疑うよね。でも、これだけでは私だと断定は出来ないし、これ以上のボロを出さないように気を付ければ大丈夫だよね?)
アダマスの森まではまだ距離があるので、ドーラは自身の詮索をされないように話題を変えることにした。
「街と森を繋ぐこの街道には、魔物とかは出てこないんですか?」
「そうね、この辺りに魔物が出ることは少ないわね。まれにアダマスの森から出てきたワイルドウルフが単独でウロウロしている時があるけど、すぐにギルドからクエストが発行されて討伐をされるわ。ワイルドウルフは集団だと厄介な魔物だけど、1匹や2匹くらいなら中堅の冒険者クラスでも対処することは難しいくないわね。まあ、私は採取専門だから魔物と出会ったらすぐに逃げるんだけどね。ドーラちゃんもテイマーの非戦闘員だと聞いているけど、連れている従魔のダイフクちゃんは戦闘は出来るの? 見たところ普通の犬のようだけど」
ドーラが収納魔法を使えることや魔剣を持っていることは、他の冒険者達には秘密になっている。
それらの事は、あまり他人に知られない方がいいとアレクに忠告をされた為だ。
あの時に訓練場にいた冒険者にも口外禁止が言い渡されているため、その他の冒険者にはドーラは非戦闘系の普通の新人テイマーだと伝えられている。
「ダイフクは普通の犬です。でもすごく強いので、何かあれば守ってくれます。そうだよねダイフク」
「ワン」
ダイフクは嬉しそうに尻尾を振っている。
「うふふ、それは心強いわね。よろしくねダイフクちゃん」
「ワン」
何かあった時は、全部ダイフクに丸投げするつもりのドーラであった。




