第17話 ロレンとアレク
「なんだドーラ、ギルドに借金作ったのか? てっきり、お腹が空いて死にそうなのかと心配したぞ」
ダイフクに乗っているリサがほっとした顔をしているが、どう考えても借金の方が重大であろう。
「ま、まあ…… お腹も空いているんだけどね……」
「宿に戻ったら夕御飯があるぞ。マームの料理は旨いから楽しみにしろ」
「美味しい料理か…… 楽しみだな、えへへへ」
ドーラは現実逃避をして、涎を垂らしながら歩いている。
一方その頃、冒険者ギルドのギルド長室では激しい口論が繰り広げられていた。
「おい、いくら何でもありゃ可哀想だろ」
ギルド長室に訪れたアレクは、不機嫌そうな顔をしながらソファーに腰をかけている。
秘書に出された紅茶で喉を潤すと、責めるような口調で言葉を続けた。
「もう少し待てば、クエストで遠出をしているライムがギルドに帰ってくる。あの程度の外壁の修復なんて、あいつの土魔法があれば簡単に終わるだろう。あんな子供に借金を背負わせるなんて…… これだからエルフ族ってのは好きになれないんだ。お前は他とは違うと思ってたんだけどな、ロレンよ」
アレクの厳しい追及に、無言で書類に目を通していたギルド長のロレンは重たい口を開いた。
「大鎌デスサイスを持った少女を野放しにしておく訳にはいかないだろ? 少なくとも、彼女が無害であると確信が出来るまでは、冒険者ギルドに縛っておく必要がある。凄い破壊力だったじゃないか。隕石でも落ちてきたのかと思ってビックリしたよ。さすがは魔神様の使っていた武器だね」
「以前、王都で見た文献の絵に似ていただけだ。彼女の言う通り、大盛デカライスという見た目が似ているだけの武器かもしれんぞ」
大盛デカライスと言う銘を聞いてロレンは笑っている。
「ふふふ、大盛デカライスか…… 中々に奇抜なネーミングセンスだね。嫌いじゃないセンスだよ。どっちにしろ、危険なものを持っていることには違いがない。それに、私も鬼ではない。請求も彼女がこの街にいる限りは、返済の期日利息なしと請求書に書いてある。あくまでも、彼女の素性を探る為の手段だ。仮に借金の返済がなされたとしても、彼女がアダマスの街を出る時には全額を返すつもりでいるよ」
「まったく、心配しすぎだ。そんなに気になるのなら、明日にでも直接ドーラに見せてもらえ。お前なら実物を見たことあるんじゃないのか? 300年前の聖魔大戦の時代に、お前はエルフ族の戦士として魔神軍に参加をしていたんだろ?」
「魔神様との親交が深かった魔族とは違い、我々エルフ族は半ば強引に魔神軍への参加を強要されていた立場だからね。特に、私のような当時下っ端だった若者では、一度すら魔神様の姿を見ることはなかったよ。ふふふ…… もしかすると、そのドーラという少女が魔神様本人なのかもしれないね」
ロレンはまるで悪戯をする子供のような表情で、楽しそうに話をしている。
「魔神は滅ぼされたはずだろ? それに魔神の性別は男だと伝わっている。まあ、神話に伝わる魔神があんな可愛らしい少女だったのなら、世の中は争いのない平和な世界なんだろうがな。それよりも、怪しいとすればドーラではなく、大鎌デスサイスを持っていたという仮面を被った変態ロリコンおやじだろう。ロレンはそいつについて何か心当たりはないのか?」
「ははは、間違いなく魔神様の眷族だろうね。私が知っている魔神様の眷族は、当時魔神軍の指揮を任されていたドルビィ様という御方になる。唯一、魔神様から大鎌デスサイスの使用を許可されていたらしく、表だって活動をしていた魔神様の眷族もあの方だけだった。私のような下っ端にたいしても、何かと気にかけてくれてね。とても優しい御方だったよ。確かに子供好きな方ではあったが、私の印象ではロリコンなどではなかったはずなんだが…… この300年で目覚めてなければね……」
ロレンは書類に顔を埋めて必死に笑いを堪えている。
「ドルビィも魔神と一緒に滅んだはずだろ?」
「それは人族が勝手に言っているだけだよ。今でも多くの亜人種の間では、魔神様は必ず生きていると信じられている。事実、魔神様の死を裏付けるものは何もない。ドルビィ様だって同じさ。あの方が魔神軍でなんて呼ばれてたか知っているかい?」
「知らんよ」
「不死身のドルビィ…… 腹を切り裂かれようが、首を落とされようが決して死ぬことはないらしい。ドルビィ様がいつの時代から生きているのかはわからないが、人族の身でありながらエルフ族よりも遥かに長い時を生きているという話だ」
「ふん、魔神もドルビィも滅んでるに決まっている」
「それなら、彼女に大鎌デスサイスを渡した人物は誰だと思うんだい?」
「……知らんよ」
「何にせよ、何者かに利用されている可能性もある。彼女のことはしっかりと見張っててくれよ、アレク教官」
「そう言うのはあまり好きじゃねえな…… それと、昔がどうだろうが、今のお前はこの街の冒険者ギルド長だということを忘れるなよ」
飲み終えたティーカップをテーブルに置き、不満そうな顔でアレクはギルド長室から出ていった。
「さて…… 鬼が出るか蛇が出るか…… ふふふ、ドーラか。君はいったい何者なんだろうね?」
ロレンは窓の外の破壊された外壁を見つめている。
不気味に笑うロレンの後ろで、蔑むような表情をしながら秘書はティーカップを片付けている。
その頃、ドーラは街の住人にゾンビと間違われながらも、なんとか宿屋への帰還を果たしていた。
「どうしたんだいドーラちゃん? まるでギャンブルで有り金全部溶かしたちゃったような顔してるじゃないか」
魂が抜けたような状態でいるドーラに変わり、リサがマームに冒険者ギルドでの出来事を説明した。
「はあ? ロレンの奴は何を考えていえるんだい! 外壁の修理なんてライムにやらせればいいだろうに! 待ってなドーラちゃん、今すぐギルドに乗り込んでロレンの馬鹿をぶん殴ってきてやるさ!」
あまりのマームの剣幕にドーラは正気を取り戻した。
(マームさんって意外と好戦的なのかな? 私のために怒ってくれるのは嬉しいけど……)
「ありがとうございます。でも外壁を壊したのは事実ですし、これからクエストを頑張って少しずつ返済していきます」
「そうは言ってもねえ…… 金貨1000枚はさすがに馬鹿にしすぎだろ。私はあの性悪エルフの顔を殴ってやらないと気が済まないよ」
「やめとけ、マームに殴られたらロレン死んじゃうぞ」
今にも飛び出しそうなマームの手をリサが掴んでいる。
「マームさんって強いの?」
「マームは強いぞ。元勇者候補だったからな」
「昔の事さ」
勇者とは人族の超越者に与えられる称号だ。
魔族領で英雄と呼ばれていたドーラの父と対になる存在である。
武勇に秀でた者の中でも特に優れた力を持つ者ひとりが、代々選ばれることとなっている。
そして、その称号を授かった者は、任命と同時に己の名を捨てなければねならない。
強すぎる個には己の名を捨てさせ、国への忠誠を示させると言う習わしのためだ。
大昔に聖女と魔神が対立をはじめた時に、互いが己の名を捨てた事にあやかっているとも言われている。
魔族領ではドーラの父の他に、統治者の魔王が名を捨てている。
それに対し人族は幾つもの国に分かれている為、その国の王が名を捨てることはない。
その代わりに、人族の国では勇者の他には魔術を極めた賢者などが名を捨てている。
「もしかして、マームさんって冒険者だったんですか?」
「まあね。これでも現役時代はSランクの冒険者さ。引退したとは言え、軟弱なギルド長くらい一発でギャフンと言わせてやるさ」
マームは腰に手を掛けて笑っている。
「何で引退したんですか?」
「名無しになんて成りたくなかったからね。勇者就任への要請を断る口実に、冒険者を引退してこの街で宿屋をはじめたのさ」
(なるほどな。マームさんの魔素が大きい理由はそれだったのか。私の父と同列の存在だったんだ)
グー
盛大にドーラのお腹の音が鳴り響いた。
「マーム、ドーラが腹が減って死にそうだぞ」
「おや、そうだったのかい。夕飯は出来てるから下で食べていきな」
「はい、ありがとうございます」
マームは準備していた料理を食卓へと運んできた。
今まで嗅いだことのない美味しそうな料理の匂いに、ドーラの目が釘付けになっている。
「それじゃあ食べようかい」
「いただくぞ」
「いただきます」
「ワン」
ドーラはシチューをすくって口に運ぶ。
「う……」
「どうしたんだいドーラちゃん? もしかして口に合わなかったかい?」
バターン
ドーラはパンツを丸出しにしながら後にひっくり返った。
「う…… うまい…… ガク」
「おい、ドーラ。どうした? し、死んでる」
はじめて食べた人族の国の料理は、死ぬほど美味しかったようである。




