第118話 ライムの策略
ドルビィとライムは激しい魔法の応酬をしていた。
本来の実力であれば、魔法の深淵を極めたドルビィを相手にして、Aランク冒険者のライムが太刀打ち出来るはずはない。
しかし、予測出来ないライムの攻撃にドルビィは意外にも苦戦を強いられていた。
「アースシェイク」
ドン
ライムの魔法により激しく大地が揺さぶられると、ドルビィは体勢を崩して地面から足が離れてしまった。
「くっ、今度は詠唱通りの魔法! ライムさんの攻撃が全く読めない! それに……」
即座にライムが次の魔法を発動する。
「呆けている場合じゃないぞ! ロックアーム!」
地面から巨大な岩の手が出現して、空中に浮くドルビィを握りしめた。
「叩きつけろ!」
ドンドンドンドン
ドルビィは頭から何度も地面へと叩きつけられる。
ドカーン
ドルビィの上半身が悪魔の岩山頂上に突き刺さった。
「はははは、中々の面白い芸術作品が出来上がった。悪魔の岩山の新しい名所にでもしたら、観光客に人気のスポットになりそうだ」
ドルビィは地面に埋まった体をゆっくりと引き抜いてライムに向き直る。
「……ライムさんの詠唱がどんどん速くなっています。いえ、最後の魔法は無詠唱で発動しましたね? 無詠唱魔法は使えないと騙されました。こんなにも戦いづらい相手は始めてですよ」
「卑怯なんてことは言うなよ? 格上を相手にしているのだから、なりふり構ってる場合ではないんだよ」
「クックック、そんな野暮なことは言いませんよ。むしろ、私も今までそういった戦いを好んでしてきましたので。己の技量や魔素量を遥かに上回る者を相手取るのであれば、考え抜いた戦術によって相手を上回らなければなりません。ライムさんは本当に戦闘がお上手です。尊敬の念を禁じ得ません」
二人の戦いを見ているミーシャは目を見開いて驚いている。
「なんと…… ライムとはこんなにも強かったのか? ドーラから授かった強化は身体的な外面の強さだけと聞いている。今までの己の人生で培ってきた魔法技術だけで、この星で最強の魔術師と呼べるドルビィを手玉に取るとは…… 日頃のライムのあの自信は、強がりでもなんでもなかったのか。フシュシュシュ、普段は騒がしいリリスもずいぶんと大人しいのう。あのライムの見事な戦いぶりに言葉も出ないのであろう?」
戦いが始まってからリリスは言葉を発していなかった。
ミーシャはリリスが戦いに見惚れているのだと思っていたが、足元のリリスを見下ろして何か違和感のようなものを感じる。
「………」
「リリス?」
ミーシャは無言で足元に佇んでいるリリスに首をかしげた。
「そらそら! もっと手数を増やすぞ! トリプレットロックアーム!」
三本の巨大な岩の腕がドルビィを取り囲んだ。
「更にエンチャントマジック! 岩よ、鋼に変われ!」
パチン
ライムが指を鳴らすと岩の腕が黒く染まり、鋼鉄の腕へと変化をする。
ドドドドド
中心のドルビィへち向けて、一斉に鋼鉄の拳が振り下ろされた。
「エクスプロージョン」
ドカーン
三本の鋼鉄の拳は、ドルビィの唱えた爆裂魔法によって跡形もなく消し飛ばされた。
魔法によって生じた塵煙の中から、ドルビィの笑い声が聞こえてくる。
「……なるほど、そう言うことでしたか。無詠唱での魔法の発動、そしてライムさんの保有魔素量に見合わない上位魔法の三重化。クックック、ライムさんの言葉に騙されていました。はじめから1対1での戦いではなかったのですね?」
「あ、バレちゃった? そりゃあ不自然だよな。戦いが始まってから私の魔素は少しも減っていないだろ? 依り代の人形に移したとは言え、私とリリスちゃんの魔素回路はまだ繋がっているんだよ。私はリリスちゃんの魔素を利用して魔法を使い、魔法の術式もリリスちゃんと私で共有をしている。詠唱と違う魔法が発動するのも、その裏でリリスちゃんに詠唱してもらったからだ。だが、別に私はルールを破ってはいないぞ。リリスちゃんは私が召還をした精霊だ。精霊巫女である私が、召還した精霊と一緒に戦って何か問題でもあるのか?」
「クックック、ライムさんの仰る通りです。勝手な思い込みで右往左往していた私が未熟だったのでしょう。ともあれ、ライムさんの優勢もここまでです。ライムさんとの戦いが楽しくてお付き合いをしていましたが、やはり根本的な私との力の差が大きすぎます。上位精霊である大地の精霊の力を借りようとも、ライムさんの魔法では私にかすり傷さえ付けられません。いえ、たとえ最上位精霊の力を借りたとしても、私を倒せる者などこの世に存在をしません。私はこの世界で最強の力と体を手に入れたのです」
「それは傲慢だな。少なくとも、お前に勝てる存在を私は一人知ってる。いや、違うな。お前が知らないだけで、この世界には強い奴がごまんといるぞ」
「ドーラさんやあの犬コロの事ですか? 確かに、ドーラさんであればこの世界で唯一私と対等に渡り合える可能性があります。ですが、同じ邪神の力に加えて、私はこの世界で最強の体を手に入れました。魔術の深淵を極めたこの私が、それらを操って負ける道理がありません。もちろん、あの犬ころも同様ですよ」
「私にはお前の言っている事が理解できない。お前はドーラの何を知っているんだ? 本当にドーラは邪神なのか?」
「……それ以外の何者だと言うのですか? ドーラさんは今の私と同じ様に、力、心、体のそれぞれが独立した存在で形成されているのです。生命として極めて不健全な状態でありながら、それでいて最も完成された究極の生物の到達点。これ以外に邪神の力を制御する方法はありません」
「それじゃあ、ドーラの心と体は何者なんだ?」
ライムの確信めいた言葉に、ドルビィは一瞬黙り込む。
「……それは分かりません。ドーラさんの保有魔素量からして、最上位精霊の創造した体でないことは確かでしょう。本来であれば生命活動すら難しいであろう魔素量のあの体、おそらくは、未熟な錬金術師が作ったホムンクルスと言った所でしょうね。私も転生術の研究をしていたときに、人造生命体への転生を何度も試みました。しかし、生命の創造とは最上位精霊にのみ行使可能な奇跡の御業なのです。あらゆる魔術を極めたこの私ですら、ホムンクルスへの魔素の定着は困難を極めました。錬金術で作られた肉体では、内蔵できる魔素量に限りがあったのです。きっと、ドーラさんの人生は長くないでしょう。そして、死の間際になればドーラさんの魔素は邪神に侵食をされて……」
「心は? ドーラの持っている魔素は誰のものなんだ?」
ドルビィは言葉につまった。
そんな様子のドルビィを、ライムは鼻息荒く笑い飛ばした。
「ふん、ほら答えられないじゃないか。結局、お前もドーラの事を何にも分かっていないんだよ。ラトが言っていたぞ。お前は魔術に関しての知識は凄いが、単純で思い込みが激しいってな。こうして直にお前と会話をして、ラトの言っていることの意味がよく分かった。お前は理屈で全てを考えすぎて、物事の本質を見ようとしていない。自分の事を賢いと思っているマウント馬鹿ほど、見ていて痛々しいものはないね。見ているこっちが恥ずかしくなる」
ライムはまるで煽り立てるかのように、ドルビィの発言を否定する。
それを聞いたドルビィは、眉間にシワを寄せて不機嫌な表情をしている。
「本質?」
「そうだ! お前ではドーラに勝てるわけがない! その程度の力で悦に浸っている間抜けだからな! 私の魔法ではお前を倒せないないだろう。だが、お前の魔法も私には効かないぞ」
ライムは両手を広げて言葉を続ける。
「魔法を撃ってみろ。お前の貧弱な魔法が通用しないことを見せてやる」
ドルビィは目を見開いてライムを凝視する。
「……エクスプロージョン」
ドーン
ライムを中心にして激しい爆発が発生する。
爆発によって生じた煙が風に流されると、煙たそうに手で煙を扇ぐライムが立っていた。
「ゲホゲホ、効かないねえ。煙たいから精神的ダメージは少しはあったかもな」
「なるほど、ラトさんよりもずっと頑丈ですね。ライムさんはあの犬コロと同等の強化を受けているのですか?」
「聞いているぞ。お前は必殺の一撃をダイフクに耐えられたらしいな。お前に私を倒せる魔法はあるのか? 邪神の力に頼れない魔法だけのこの勝負でな! 魔法だけの勝負に持ち込まれた時点で、すでにお前は詰んでいたんだよ。余裕ぶって私の提案なんかに乗るから、足元をすくわれるんだ馬鹿め。別に良いんだぞ、約束を破ってお前が邪神の力を使ってもな。その場合、この勝負は私の勝ちだ。お前は魔法の勝負から逃げた臆病者になるからな! まあ、私はこう見えて寛大だ。お前が土下座をして謝るのならば、この勝負は引き分けにしてやってもいいんだぞ。ほら、早く膝をつけてごめんなさいをしろ。間抜けなドルビィさんよ」
ライムの挑発を聞いたドルビィは小刻みに肩を震わせている。
「ク、クックック…… お喋りはここまでですライムさん…… あなたに好感が持てると感じたのは、どうやら間違いだったようですね」
ドルビィの足元から巨大な魔法陣が展開される。
「儀式魔法を行います。一度詠唱を始めてしまえば、誰であろうともこの魔法の発動を止めることは出来ません。もちろん、私自身にもです。果たしてライムさんにこれが耐えられるでしょうか? 殺す予定はありませんでしたが、私を馬鹿にした事を地獄でたっぷりと後悔してください。これより自動書記モードに移行をします」
ドルビィの目から光が消え、凄まじい速度で詠唱をはじめる。
「何だ! 儀式魔法だと!」
ボン
ライムの背後で静観していたミーシャがドラゴンの姿に変化をする。
「いかんライムよ! ドルビィの奴め、禁術を使うつもりじゃ! 我の背に乗れ! 急いでこの場を離れるぞ! かつて人族の国を一撃で滅ぼした核撃魔法じゃ!」
「核撃魔法だと? 何だそれ? そもそも、一人で儀式魔法を発動するなんて聞いたことがないぞ?」
「情報生命体のドルビィにだからこそ出来る神業じゃ…… 本来、魔術を極めた高位の魔術師集団の力が必要な儀式魔法じゃが、己の肉体を持たぬドルビィはたった一人で何の負荷もなく、儀式魔法の術式を処理することが出来るのじゃ! あの状態になってしまったら、最早誰にも止められぬのじゃ!」
「はあ? まさか、ドルビィは私と一緒にダークエルフの里までも滅ぼすつもりなのか?」
ブーン
悪魔の岩山全体を巨大な結界が覆った。
「……どうやら滅ぼされるのは我々だけのようじゃの。く、これではこの場から逃げることも出来ぬ…… ライムよ、短い付き合いじゃったの。我は死んでも甦ることが出来る。じゃが、いくらドーラに力をもらったお主であっても、これに耐えることは出来ぬじゃろう。お主の魔素では魔法に対する耐性が低すぎるのじゃ……」
「ぷ、ぷぷぷぷ……」
鬼気迫った表情のミーシャをみて、ライムは必死に笑いを堪えているようだ。
「いやあ、プライドの高い単細胞馬鹿は、本当に扱いやすくて助かるわ。こんなに煽り耐性が低いと、今のこの時代には生きていけないぞ?」
「ラ、ライム? 何を言っておるのじゃ?」
「私は意味もなくドルビィのことを怒らせたんじゃない。確実に奥の手を当てる隙を作りたくて、必要以上にドルビィのことを煽っていたんだよ。いやあ、まさか自身まで動けなくなる儀式魔法を使うなんて本当に馬鹿だねえ。まあ、私の攻撃なんかは効かないと自惚れているから、そんな致命的な判断をしたんだろうけどさ…… う、げほっ……」
ライムは口から大量の血を吐き出した。
「ラ、ライムよ…… もしや、先程のエクスプロージョンが効いておるのか?」
「当たり前だ…… 私はダイフクのように特別な強化は受けていない…… 体の表面の火傷は瞬時に回復をしたが、内蔵はまだボロボロだよ……」
「なんと…… やせ我慢をしておったのか……」
「まあな、おかげで絶好の好機を作り出せた……」
ライムは苦しそうに腹を抱えながら魔法の詠唱をはじめた。
「な、何をする気じゃライムよ? いや、その詠唱…… ま、まさかお主!」
「ミーシャに教えてやる…… 奥の手って言うのはな、本当に相手に有効であるかを見定めなければ使ったら駄目なんだよ…… 大地の精霊が作ったあの体…… ユグドラシルの大樹によって、周辺の大地から強引に集められた魔素で作ったらしいな。いやあ、黒いねえ…… 全身が絶望に染まっていて、恨みをはらせと泣いているように思わないか?」
「馬鹿な! それは聖属性の術式! 聖女の使徒でもないお主が何故その魔法を!」
ライムのかざした掌から光の槍が放たれる。
「ホーリーランス」




