第115話 効果は絶大だ
ムロは肩で息を切らせながら、悪魔の岩山頂上へと登って来る三人を睨みつけている。
(はあはあ…… あの仮面の三人…… おそらくはカムジさんとレッドドラゴン、もう一人はあの背格好からしてドーラと言う少女か? ライムさん一人にすら全く歯が立たないのに、この世界の上澄みの強者が三人…… どうすればいい? 会話で時間を稼ぐか?)
仮面の一人が頂上の様子を見渡して、溜め息混じりに口を開いた。
「はあ…… おい、ライム。ここに来る途中の山道で、観光客から頂上で騒ぎが起こっているとクレームが来たぞ。そこの男はお前の知り合いか? お前のプライベートに口を挟むつもりはないが、個人的な私情ならよそでやりやがれ」
ラトの言葉を聞いたライムが不機嫌そうな顔をする。
「後から遅れて来たくせに、勝手に私の責任にするんじゃない。事情は私にもよく分からないが、どちらかって言うと魔神の眷族が絡んだ問題のようだぞ。よく見てみろ、ラトはあれを探していたんじゃないのか?」
「はあ? それはどう言うことだ?」
ラトは首を傾げながら再びムロへと視線を向ける。
その視線をうけたムロの額から汗が流れ落ちた。
(ラトだと? ドーラではないのか? そう言えば、砂漠のバザーで連れていた犬の姿も見当たらない。邪神だと聞いている彼女がいないのは、この場の状況的には悪くないのか? いや…… どちらにせよ、あの面子に交ざっていると言うことは、あの人物も危険な存在なのは間違いないだろう…… 目を合わせてるだけで足がすくんでしまう……)
得体の知れない人物の出現に、ムロは警戒心を高めながら相手の出方をうかがっている。
「……あの男の足元にある人形、あたいがライムに渡した依り代の人形だな。中身は大地の精霊か? ん? あの人形が持っているのは叡智の仮面…… はあ、そんな予感もしていたが、やはりドルビィが悪魔の岩山に来ていたのか…… タイミング的に最悪だな」
ラトは横目でミーシャのことを見つめる。
ミーシャは全身を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
「フシュ…… フシュ…… フシュシュシュ…… 見つけたぞドルビィ!」
ドーン
ミーシャは人化の法を解いてドラゴンの姿へと戻った。
本来の姿であるドラゴンの巨体で悪魔の岩山を踏みしめると、その衝撃により岩山全体が激しく揺さぶられる。
「フシュー。おい、そこの依り代の人形…… お主はリリスじゃな? その手に持っている仮面を、大人しく我に渡すのじゃ。もたもたしておると、一辺すらも残さずにお主の魔素もろともその体を消し去ってくれようぞ」
(ミ、ミーシャ様! ミーシャ様までここに来るなんて、そんな話うちは聞いてへんで! あかん、転移魔法の詠唱を止めな言い訳が出来へん。ど、どないしょう…… って阿呆か、ちゃうわボケ! こんなんで迷うことないわ! アイドルに困難は付き物なんや! やると決めたら最後までやり抜くんや! それがアイドル魂やでえ)
リリスは怒髪天を衝くかのように睨みつけるミーシャを無視して転移魔法の詠唱を続けた。
「フシュシュシュ、我の言葉を無視するとは良い度胸じゃ。いや、愚かじゃのう。よかろう、遺言は要らぬと言うことじゃな」
ドーン、ドーン
悪魔の岩山頂上を揺らしながら、ミーシャはゆっくりとリリスに近付いていく。
「ま、待ってくれ!」
ムロが両手を広げてミーシャの前に立ち塞がった。
進行を遮られたミーシャは、目を細めてムロへと冷徹な視線を向ける。
「……なんじゃお主は? お主もドルビィの仲間か? 我の前に立ち塞がると言う事が、どう言う結末になるか分かっておろうな?」
ミーシャの視線は、一切の慈悲を感じさせない非情なものであった。
それでも、ムロは必死に震える口を動かす。
「レ、レッドドラゴンよ。俺にお前と戦えるほどの力が無いことは理解をしている。それでも、ほんの少しだけで良いから、俺と話をしてくれないか?」
「話じゃと? フシュー、見え透いた時間稼ぎじゃな。そこのリリスは何の魔法を詠唱しておるのじゃ? 話し合いがしたいのであれば、リリスの詠唱を先に止めるのが筋じゃろう。お主は信用をできぬわ」
ドーン、ドーン
ムロの悲痛な訴えにも取り合う素振りを見せずに、ミーシャはリリスへと歩みを続けた。
ミーシャの説得は不可能だと悟ったムロは、すがる気持ちで周囲へと助けを求める。
「カ、カムジさん! 助けてください! レッドドラゴンを止めてください!」
「お、俺はカムジではない…… 秘密結社ノーメンのモブAだ。それに、そんなことを言われてもな…… 俺にはミーシャ様を止める力などないぞ。そもそも、ムロは一体ここで何をしているんだ?」
全く状況を理解できてないカムジは、困ったように頭を掻いている。
「フシュシュシュ…… 情けない男じゃのう。そのような半端な覚悟でこの場に立っておったのか。どうやら、この期に及んで己が死なないとでも思っているようじゃの。お主のような軟弱者は、頭からまるごと食らいつくしてくれようぞ」
ミーシャは凶悪な歯を光らせてムロを噛み砕こうと大口を開ける。
「ま、まって……」
あまりの恐怖にムロは腰から地面へと崩れ落ちた。
そんなムロの姿を見て、ライムはため息混じりにうつむく。
「はあ、駄目だこりゃ。外見の圧力だけで完全に戦意を喪失している。さっき私に見せた気合いはどこにいったんだよ。まあ、魔素も使いきっているようだし、これ以上は何もできないか。仕方がないな、私が助けてやるか…… あれ? ムロの奴、まだ何かやるのか?」
ムロは口を開いているミーシャに向けて、震えながら手を付きだしていた。
「フ…… フリーズアロー」
ムロは僅かに残っている魔素を絞り出して、最下位の氷系魔法を唱えた。
しかし、先ほどライムに放ったアイスシャリベンにより魔素不足となっているために、氷の矢はおろか一握りほどの氷塊しか放たれなかった。
ポン
パク
口を大きく開いていたミーシャが氷塊を飲み込む。
「う…… う…… うわああああ!!! あ、頭が割れるのじゃあああ!!!」
バターン、バターン
ミーシャが巨大なドラゴンの体でのたうち回っている。
「うわ…… ミーシャは冷たい食べ物に弱すぎだろ…… しかし、最後まで諦めない姿勢は良かったぞ。レッドドラゴンを相手にして、見事に一矢報いやがった。後輩の成長が見れると言うのは、やっぱり嬉しいもんだね」
ライムは感極まったように腕を組みながら頷いている。
「呆けるなライム! ミーシャのことを取り押さえるぞ! ドラゴンの巨体のままで暴れられたら、悪魔の岩山が崩れて里にまで被害が出てしまう!」
「え? あ、ああ、わかった!」
ラトとライムは必死にミーシャを押さえ込んでいる。
シュ
転移魔法の詠唱を終えたリリスが悪魔の岩山頂上から姿を消した。
「ははは…… も、もう駄目だ…… これ以上は意識を保てない…… 後のことは、俺はもう知らんからな……」
リリスの転移を確認したムロは、満足そうな表情を浮かべてその場へと倒れ込んだ。




