第114話 酒は飲んでも呑まれるな
「申し訳ありませんが、あなた方の転移陣のご利用は認められません」
悪魔の岩山に続く登山口では、怪しい集団と受付の男が口論をしていた。
「何故じゃ! 転移陣は希望をすれば誰にでも利用が出来るはずじゃろ!」
顔を真っ赤にしながらミーシャが激昂している。
「おっしゃる通りに、悪魔の岩山頂上への転移陣は希望者をする全ての者にその陣を開いております。しかしながら、里の規則によりまして飲酒者による転移陣の使用は禁止となっております。過去にはこのような規則はなかったのですが、転移陣の上で汚物を撒き散らす迷惑な観光客も少なくなく、それに見かねた族長の判断により、数年前より禁止事項となりました」
そうである。
ミーシャは興奮して顔が赤いのではなく、酔っぱらって顔が赤いのであった。
「なんじゃと! 貴様、我が誰じゃか分かっておるのか!」
「カムジさんのお連れの方でも駄目なものは駄目です」
仮面とローブで変装をしているが、さすがに同じ里の住人なのでカムジの存在はバレバレであるようだ。
「お、俺はカムジではないぞ…… 俺は秘密結社ノーメンの…… そう、モブAだ」
カムジは横目でラトの様子をうかがっている。
「おい、カムジ! お前をノーメンの正式なメンバーに加えたつもりはないぞ! あたいと同じ格好で行動をしたいというから、予備の仮面を貸しているだけだ。どうしてもノーメンに加入をしたいのであれば、自分の力でお姉様から許可をもらえ!」
「はい! 申し訳ありません! ドーラ様に認めてもらえるよう、誠心誠意努力をします!」
個人名を交えて会話をしていては、変装をする意味があるのか疑問である。
そんな光景を受付の男は苦笑いをしながら見つめている。
「えっと…… そう言う事ですので、お手数ですが転移陣ではなく徒歩で頂上へと登っていただけますか?」
「分かった、無理を言って悪かったな」
「申し訳有ありません。個人的にはあなた様のご希望には答えたいのですが、決まり事を守る事が出来なければ、住民を守ることも出来ないとの族長の考えですので」
受付の男は深々とラトに頭を下げている。
「……お前の事は覚えている。諜報担当で優秀な奴だったな。この姿のあたいに気が付くとは流石だ。族長の判断は正しい。感情に流されずに状況を判断出来ると言う事は良いことだ。規律正しく行動をするお前を見ることができて、この里に帰ってきて良かったと思っている。これからも里の治安を守ってくれ」
「は! 有り難きお言葉! うう、よくぞお帰りになられました……」
「……泣くな。強がってあたいを安心させてくれ」
受付の男は涙を拭って顔を上げた。
「ふふふ、私にはあなたが誰なの分かりませんよ。おい、そこの酔っぱらいの駄目ドラゴン! 何時までも文句を言っていると、牢屋にぶちこんで一生臭い飯を食わせるぞ!」
「だ、駄目ドラゴン? ……お主、絶対に我の正体が分かっておるじゃろ? 何でそんな酷い言い方が出来るのじゃ?」
「はあ、ミーシャはもう黙ってろ。さあ、元気よく山道から頂上を目指すぞ。このくらいの時間ならば、儀式が終わる少し前にライムのところに辿り着けるだろう」
ラトはミーシャの尻尾を掴んで引きずっていった。
「はあ、何で我がこんな面倒臭いことを…… ドラゴンの姿に戻れば頂上までひとっ飛びなのにのう……」
「観光客で賑わっている頂上にドラゴンの姿なんかで飛んでいったら大騒ぎになるだろ。何百年も火山に引き込もっていたんだからお前も少しは運動をしろ」
「究極の人見知りになるまで引き込もっていたお主に言われとうないわ。ところで、お主らは何故そのような変装をしておるのじゃ?」
「ミーシャにも昨日この仮面を渡しただろ? これは秘密結社ノーメンの正装だ」
「フシュー、そう言えばそんな事を言っていたような気もするのう。じゃが、我はそのような組織への加入を承諾した覚えはないぞ?」
「なんだ、不満なのか? 嫌なら自分でお姉様に断りを入れろ。お姉様は楽しそうだったから、ミーシャに断られたら悲しむかもな。もしかしたら、怒って体中の鱗を剥がされるかもしれないな」
「お、脅すでないわ…… えっと、仮面はどこにやったかのう?」
ミーシャは胸の谷間に手を突っ込んでゴソゴソと探している。
「ミーシャ様の仮面なら私が預かっています。酔っぱらって置き忘れているのを、私が発見して回収をしておきました」
「おー! でかしたのじゃカムジ! 鱗を剥がされてツルツルにされた姿が目に浮かんだのじゃよ」
カムジは荷物入れから仮面とローブを取り出してミーシャに手渡した。
ミーシャは急いで受け取った衣装で変装をする。
「フシュー、これ安心なのじゃ。しかし、こういう格好はどうにも落ち着かぬのう…… 体がムズムズするのじゃよ」
普段のミーシャは極めて肌の露出が高い見た目である。
しかも、ミーシャは衣類を着ているのではい。
大事な部分が鱗で隠れているだけで、実質ミーシャは全裸なのである。
「そうか? あたいはこの格好を気に入っているぞ。あたいの正体がバレないから、これなら人前でも緊張せずにいられるしな」
「フシュー、ラトの社会復帰を鑑みると、この変な格好も悪くはないのかも知れぬのう。もしや、ドーラはそこまで考えてこの変装を用意したのかの?」
ミーシャの中でドーラの好感度が上がった。
もちろん、ドーラがそこまで考えているわけはない。
「きゃー」
ラトたちが他愛もない会話をしながら山道を登っていると、悲鳴のような叫び声とともに大勢の観光客が頂上から走ってきた。
「ん、何事だ?」
ラトは駆け下りてきた男の一人に事情を訪ねる。
「おい、どうしたんだ? 頂上で何かあったのか?」
「テロリストだよ! 怪しい大男が精霊巫女に魔法をぶっ放したんだ!」
「テロリストだと? 何でライムが攻撃されたんだ?」
「知らないよ。でも、精霊巫女と大男は知り合いみたいだったな。最初のうちは大地の精霊を召還する手伝いをしていたんだが、大地の精霊を呼び出したら急に精霊巫女と対立をはじめたんだ。もしかしたら痴情のもつれなのかもな。どっちにしろ、あんたたちも引き返したほうがいいよ。あ、でもその格好は、もしかしてあんたら運営の関係者か? それならば、早くあのテロリストを捕まえてくれよ。あんな危ない奴が里の中をウロウロしていたら、安心して観光も出来ないよ」
「わかった、頂上のことはあたいらにまかせろ」
「頼んだぞ」
男は急いで山道を下りていった。
「……大地の精霊が地上に降りて来ただと? 魔神様の言い付けを破ったのか? いや、その大男って言うのが怪しいな…… なんで呼び出しの術式を知っている? もしかして、ドルビィが絡んでいるのか?」
「なんじゃと! ドルビィが来ておるのか! フシュシュシュ…… ここであったが百年目、腸を引きずり出してけつ穴にぶち込んでくれよう!」
ミーシャは頂上へと走り出そうするが、後ろからラトに首根っこを掴まれて止められる。
「ぐへっ」
「まあ、そう慌てるな。お前はまだ酔っぱらっているんだろ? 今のライムの力なら、そうそう危険な状況にはならないだろう。万が一に大地の精霊が来てしまった時の対策に、アジトから持ってきた依り代をライムに渡してあるからな。それよりも、ミーシャが酔っ払った状態で暴れなんかしたら、里にまで被害が出てしまう恐れがある。お前の酔いを醒ましながらゆっくりと山道を登るぞ」
「お、おえー」
首根っこを掴まれたミーシャは汚物を撒き散らしていた。




